表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「僕を忘れろ」と言った義兄が忘れられません【連載版】  作者: 矢井瀬 月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/47

29.壊された“兄”の影


 ゲイルを避けるため、かつてエル兄の現れた茶屋には近づけなかった。エル兄の“雇い主”に関して、ロイが数人見当(アタリ)をつけてくれたが、その屋敷の周辺を張り込んでも、彼を見つけることは叶わなかった。捜索は難航し、手がかりらしい手がかりもないまま日々が過ぎていた。


 けれど、時は来た。

 その日はジルベール王の生誕祭だった。街道では華やかなパレードが行われ、町は人々のざわめきに包まれていた。本気で祝おうとしている民は皆無だが、礼を尽くさねば不敬とされる。街道沿いを埋め尽くす人並みの中に──私は彼の、背中を見た。


 私は息を呑んで駆け出した。


「……エル兄!」


 ざわめきの中を縫うように、追いかけて、追いかけて。裏路地の突き当たりでふと気配が薄くなった影の腕を、荒く息をつきながら掴み取る。


「……気配は消したつもりなんだけど」

「何回……ッ、かくれんぼしたと思ってるの、エル兄と!」


 今日も彼は瞳だけが見えるように外套を身体にまとわせている。けれど、怪訝そうに眉を寄せたのが雰囲気でわかった。じっと私を見つめたあと、エル兄は思い出したように声を発した。


「……アンタ、あの時オッサンと話してた女か」

「やっぱり、記憶……ないの?」 

 

 想定していた最悪のパターンだ。私の心に冷たいものが走った。


「“オレ”を追ってきて、なんのつもり?」

「エル兄を迎えに来たの! 一緒に帰ろう? 私、アリシアだよ。エル兄……エルネスト・レジェの妹だよ!」


 必死に名を呼ぶ。しかし返ってきたのは、突き放すような声だった。


「……人違いじゃないの? オレには家族なんていない」


「違う、見間違えるわけない! エル兄は私の父さんに引き取られたの。イヴォン・レジェ。覚えてない? エル兄はずっと私を護ってくれてたの……!」


 私の訴えにもエル兄はこめかみを押さえ、顔をしかめるだけだった。


「うるさ……頭、痛ぇ。……てかアンタ、貴族かなんか? 護衛2人もはりつけて。まぁ今は撒かれたみたいだし、大した能力でもなさそうだけど。オレ、貴族って大ッキライなんだよね。金くれるなら、なんでもするけどさ」


 その軽薄な言葉が、かつての誇り高く、優しい兄の面影と一致することはない。けれど私は11(ウィレイズ)18(ウィアード)を知っていた。『彼らのように、エル兄が貧民のまま暮らしていたら』──その視点をくれたのは、クラージュ様だ。


「もしかして、23(ヴァズリー)?」


 その言葉に、エル兄ははたと動きを止めて、私をじっくりと見つめた。


「あれ? 知ってんの」

「エル兄の、昔の名前」


 ふーん、と呟いたエル兄が薄く笑った。


「ホントなんだ。記憶がない時期のオレ、貴族に飼い慣らされてたのかよ、ダッセェ」


「飼ってたわけでも、貴族として暮らしてたわけでもないよ! 私たちは平凡……とはいえないかもしれないけど、ちゃんと家族として……」


「家族ねぇ……、クソ喰らえ。“ちゃんと家族として暮らしてた”なら、何でオレは今、こうなってるんだよ。どうせ、アンタらが生活に困って捨てたんだろ」


「違……っ」


 否定したいのに。弁解の言葉がうまく出てこない私を、ぐっと睨んだその目は、昔の面差しを残していながら知らない色を帯びていた。苛立ちと、冷淡と、どこか諦めたような影。

 そして、私の必死さを嘲笑うように、彼はふっと息を吐いた。


「ホント、バカみてぇ。アンタ、家族として“オレ”が好きだったんだ?」

「当たり前でしょ! 記憶がなくたって、エル兄は私のお兄ちゃんだもん。過去形じゃない、今だって大好きだよ」


「──じゃあ、アンタの大好きな“エル兄”。ブッ壊してやるよ」


 その声と同時に、エル兄の鼻から下を覆っていた布がするりと外される。露わになった口元を懐かしむ間もなく、彼の端正な顔が目の前に迫った。

 頬を固定され、抵抗する暇もなく、唇が重なる。


「……っ!?」


 熱く鋭い衝撃が、触れた瞬間に胸の奥まで走った。

 強引で荒っぽいのに、頬を包む指に懐かしい優しさが微かに混ざっていて、心臓がギリギリと、痛く絞られる感覚に襲われる。


「キレーな顔して、偽善述べてるやつが一番むかつく」


 低く囁く声が、唇の隙間に熱を落としていく。


「そんなにオレといたいなら、アンタも汚いとこに堕ちればいい」


 切なくて苦しい、今までに感じたことのない胸の痛みに、私は息をすることすら忘れかけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ