27.操り人形
暗がりを進むと、灯りがひときわ眩い通りに出た。この花街の一帯は、王族や有力貴族も出入りするため、贅沢を許された特別な空間となっている。
サフィアさんはクラージュ様を擁立し、父の密偵を務めると決めた折に、この高級娼館『クロエ』を立ち上げたそうだ。その甲斐あって、彼女の顧客には高級官僚や権力者が多い。
サフィアさんの経営する館の扉をくぐった瞬間、香と絢爛な装飾に包まれ、まるで楽園を描き出したように世界が一変する。
「ようこそお出でくださいました、お客様。お名前を頂戴しても?」
「おう、ゲイルだ。今夜はたっぷり遊ばせてもらうぜ。この子は俺につけてよ」
私を指差したゲイルはすっかりご機嫌で、両腕に娼婦たちを絡ませて奥へと進んでいく。私は控えめにサフィアさんへと歩み寄り、声を掛けた。
「私を見習いとして、途中まで同席させて下さいませんか。あの男にいくつか聞きたいことがあるのです」
サフィアさんは、ふっと笑んで頷いた。
「よろしいですわ。名前は伏せていらっしゃいますね? 今日のあなたは“ミュゲ”。酒の注ぎ方くらいは覚えておいて損はありません」
そうして私は、女性たちに囲まれ、上機嫌なゲイルの席へと加わった。
「おー、やっと来た! こっちにおいでー」
ゲイルは頬を赤らめ、鼻の下を伸ばしている。少し酒も入り、ご満悦の様子だ。私は控えめに膝を折り、酒瓶を傾けた。
「どうぞ。“ミュゲ”と申します。この度はゲイル様にお会いできて光栄です」
まずはにこやかに挨拶をすると、サフィアさんがすぐに横から助け舟を出してくれる。
「この子はまだ見習いなんですの。なので普段は裏方ですが、本日は特別に少しだけ、ご一緒させていただきますわ」
「えー? 少しと言わず、最後までいようよ。俺が面倒見てやるのに」
ゲイルがにやつきながら、私に手を伸ばそうとした瞬間、サフィアさんがさりげなく間に入り、笑顔のままやんわりと手を制した。
「申し訳ありませんわ。こちらも高級娼館と謳う以上、きちんと躾けた子でないと、《クロエ》の名折れになってしまいますもの。……寛容なゲイル様なら、きっとお分かりくださると信じております。
せっかくお越しいただいたのですから、どうぞ存分に楽しんでくださいませ。“ミュゲ”がお相手できない分は、私たちが精一杯のおもてなしを」
女性たちの華やかな笑みと、サフィアさんの押しの強い言葉に、ゲイルは「ま、いいか」と笑い、グラスを差し出してきた。
そうしてゲイルを持ち上げて良い気分にさせ、酔いが回ってきた頃。私は彼のグラスに更に強い酒を注ぎながら言った。
「お仕事、大変そうですね」
「はは、まぁなー。俺、こう見えて結構良い役職、任されてるから」
ゲイルはしなだれかかる女性の肩越しに私を見て、ニヤリと笑った。
「でも、適度に手を抜いてるし。俺は賢いからさ。面倒事はみんな下に回しゃいいんだよ。上には“ハイハイ”って言っとけば、いい思いできるんだからさ。変に正義感なんか出したら負けだね」
「そのように仰いますが、今日の……あの恐ろしそうな、顔を隠されたお方……あの方とも一緒にお仕事をなさっているのでしょう? ゲイル様が心配です」
「ああ、アイツは使い走りだよ。恐ろしくも何ともないね。雇い主の言うことしか聞けねぇ、人形みたいなもんだから」
「……人形、ですか」
「そうそう」ゲイルは女性の腰に手を回しながら、鼻で笑う。
「行き場も身寄りも、感情もねぇ操り人形。思ったより使えるし、タダ同然の金で、何でもやるから便利なんだよねー。内容聞いたらミュゲちゃん、ぶっ倒れちゃうかもしんないけど!」
絶句する私がどう見えたのか、ゲイルは更に得意げになって続けた。
「あれを最初に拾った男、色々とあくどいからさぁ。やっぱ汚れ仕事は、ああいうのにやらせねぇと」
大声で笑いながら「おかわりー!」と叫ぶゲイルに、私はどう応じたか覚えていない。
気づけばひとり、娼館にある隠し部屋のベッドで泣いていた。
ミュゲ is すずらん❀˖*
可愛いお花で好きです(*ˊᵕˋ*)




