26.再会
「……いえ、お会いするのは初めてのはずですが」
たった一度。出会ったのは2年前。しかも、私は以前とは別の変装をしているというのに、どうして気づかれたのだろう。内心で困惑していると、ゲイルはさらに笑みを深めた。
「嘘だね、覚えてくれてるんでしょ? 俺ね、好みの女の子は絶対に忘れないんだ。女給の格好も似合ってるね」
不躾に体へ触れられ、ゾワッと背筋に悪寒が走る。
「ところで、なんで変装みたいに雰囲気変えてるわけ? 体つきも引き締まってる。君、どこかの密偵とか?」
耳元で囁かれる声が低くなる。その眼光の鋭さに、ただの軽薄な男ではないと、本能が告げた。
「人違いではないでしょうか。密偵だなんて、とんでもないです」
弱々しく微笑んで躱そうとするが、ゲイルは首を傾げた。
「ごまかそうとしたってそうはいかないよ。ほら、髪の色……偽物じゃん。これ変えてるの変でしょ」
「あの……、実は生活が苦しくて。他にもお仕事をしているから、あまり身元が知られたくないと申しますか」
そう話すと、ふーん、とゲイルが顎を擦る。
「体型を気にする、身元の知られたくない仕事ねえ……。わかった、夜の仕事だ!」
目を煌めかせる男の閃きに、私は乗ることにした。わざとビクリと身体を震わせて、怯えたように見上げてみせる。
「どうかご内密に……。この店を解雇されては困るのです」
「どうしよっかなー」
ゲイルはニヤニヤと私を見ながら、更にあちこち撫で回し始めた。
気持ち悪い。気持ち悪い。
内心のむかつきを押し殺しながら耐える。“兄ではない”と意識を続けているクラージュ様に、このような不快感を覚えたことは一度もなかった。そもそも、彼がこのように触れること自体ないのだが。やはりクラージュ様に、私は“恋”をしているのかもしれない。
私は護衛の一人に、指文字で『サフィア、伝令』と伝えた。
『またややこしそうな男から言い寄られることがあれば、サフィアの娼館に誘導しろ。そうすればあとは、あいつが何とかするはずだ』というのが以前、クラージュ様からいただいた策だ。
「あとで……あとで、次の職場にご案内しますから、今はお控え願えませんか……」
「そう言って逃げちゃうんじゃないのー?」
「逃げません……」
他の護衛に合図を送り、通行人でも装って助けてもらおうとした、その時だった。
「おい、オッサン」
いつの間にか柱に寄りかかっていた一人の男が、ゲイルに声を掛けた。
低く投げかけられたその声に、全身が凍りついた。耳が、心が、その響きを知っている。
忘れられるはずがない。幾度も思い返した、探し続けた人の声。何度も絶望しそうになりながら、それでも「きっと会える」と信じてきた。そしてまさに今、その声が私の鼓膜を震わせた。
──エル兄……!
彼は瞳だけを覗かせる衣に身を包んでいた。その深い緑の目は暗く淀み、私を映しているはずなのに、まるで関心がないかのように何の反応も示さない。
「何だ、お前か。邪魔するなよ。それにオッサンってな、俺はまだ30にもなってねえんだよ」
苛立ちを隠そうともせず、ゲイルが吐き捨てる。
「別にお前の動向にも年齢にも興味はない。ただ、報酬の受け取りは今日のはずだ」
淡々と告げる声。ゲイルとエル兄は低く言葉を交わし始める。
心臓が苦しいほど暴れだす。確かに、そこにいるのはエル兄。けれど、どうして私を見ても何も……。何かの任務なら邪魔をしてはいけない。そうでなくとも、私がゲイルに怪しまれてしまう。
呼びかけたい衝動に駆られた唇を、私は血がにじむほど噛みしめて押し殺した。
やがて話がついたのか、エル兄は人波の中に身を翻し、まるで幻のように姿を消した。
「……あの人、何だったんですか?」
私はゲイルの腕を掴んで、なるべく怖がるような素振りで問いかけた。
「え? お仕事仲間だよー!」
ゲイルは何ともない顔で笑い、ひらひらと手を振った。
「気にしないで。早くこっちの仕事終わらせて、遊びに行こうぜ」
もう一人の護衛に、エル兄を追うよう合図を送ったが、首を振られた。私はやきもきしながら、ゲイルをサフィアさんの娼館まで案内するほかなかった。




