24.結局、あなたのことばかり
あれから数日の都での滞在中、クラージュ様と顔を合わせることはほとんどなかった。
やがて、マチルダさんの待つフラウの町へ戻る日が来て、久方ぶりにクラージュ様と正面から向き合う時間が訪れた。
もしあの時、ロイが声をかけてくれなければ、私はまだ怯えたままだっただろう。
「ゆっくり考えてあげてください」と私に告げた彼は、おそらくクラージュ様にも同じように、猶予を進言してくれたのだ。
そのおかげか、クラージュ様は普段と変わらぬ穏やかな様子で、私は胸の奥で小さく息をついた。
今日も“ヨルカ兄さん”は、“妹ノア”を気遣うように、歩幅を合わせてくれている。
“妹”としてヨルカと接するとき、私はヨルカに、エル兄を重ねていた。もちろん、エル兄のように容赦なく甘えることはできないから、ほんの少し距離を置いて。
そして、“恋人”を演じたときも同じだった。
今なら当然だとわかるが、私たち兄妹は顔立ちがまるで似ていなかった。そのせいで仲の良さだけが際立ち、時折“恋人”と勘違いされることもあった。
だからあの時も、「エル兄と一緒にいるときのように振る舞えば、周りからは恋人に見えるはず」と思い、エル兄を思い浮かべながら、ヨルカに接していたのだ。
『二人目の兄だとでも思っていたか』
その言葉に胸がひやりとしたのは、きっと図星だったからだろう。
婚約者候補──そう言われても、あの山小屋拠点での状況下では、ただの情報としてしか受け止められなかった。
じっくり考えた今でさえ、答えは出ない。
「そうなんだ」と静かに納得する気持ち。
その広い視野を「王の器だ」と尊敬する気持ち。
「この方を、私が隣で支えられるのだろうか」という不安。
そして、「クラージュ様がいれば大丈夫」という安心感。
クラージュ様から好意を抱かれていることに対して、嫌悪感などは決してない。お心を受け入れることはおそらく可能だ。
けれど……。
誰かを“好きになる”とは、どんな感情なのだろう。
恋とはどういう気持ちなのだろう。
エル兄と会えば、クラージュ様との違いがわかるのだろうか。……その違いは、恋なのだろうか。
……エル兄に、……会いたい。
日が陰り、外気がじわりと冷えてくる。
鼻を啜り、薄ら寒さに身をすくめた瞬間──
「……寒いのか?」
隣から、ヨルカの低く柔らかな声が落ちてきた。
「んー……少しだけ」
感傷を口にするわけにもいかず、寒さですべてを包んでしまうと、ヨルカは黙って自らの外套を肩にかけてくれた。
ふいに、その仕草にエル兄が重なる。
笑ったときの緩んだ目元が好きだった。歩調を合わせて手を繋ぐと、自然と心が弾んだ。寒い日に優しく差し出された外套の温もりが、じんわりと胸に沁み渡った。
重ねるつもりはないのに。
“クラージュ様は、兄とは違う”とわかっているのに……。わからなきゃ、いけないのに。
「……ありがとう」
──クラージュ様との、既に心地よいこの距離を、私は縮めたいと願うときがくるのだろうか。
その後も“兄妹”としての他愛ない会話を交わしながら、私たちは歩いた。
結局、ヨルカと接する“妹”の私から、エル兄の影が消えてくれることはなかった。




