19.懐柔
ヨルカが彼らのいる休憩室の扉の前に立つと、マチルダさんが中から出てきた。
「ふたりとも、起きてるわ」
その呟きに、ヨルカはひとつ頷き、無言で部屋の中へと足を踏み入れた。その背中には一切の温情がなかった。威圧が、まるで冷気のように漂っていた。
ベッドに座っていた11と18は、ヨルカの気配に気づくと、瞬時に背筋を強張らせた。まるで呼吸の仕方も忘れてしまったかのように凍りついている。
「──俺の名も、立場も知らなくていい。ただ、俺の問いだけに答えろ」
容赦のない冷酷な声に、ふたりの顔が恐怖に引き攣った。
「お前たちが密告したのか。王国側に誰がいた。誰と接触した。どこで、何を、どれだけ漏らした。すべて話せ」
ふたりは互いの顔を見合わせ、喉を詰まらせたような呻き声を漏らす。
「俺には、貴様らに割いている時間はない。さっさと吐け」
低く、切りつけるような声に、室内の空気が凍りついた。
「……お、俺たちは……『報酬が出る』って……聞いたんだ……」
11が、ようやく搾り出すように言った。
「王都の連中が、貧民街の中にも耳を欲しがってるって……。王にとって利になる情報には、見返りがあるって……」
「それは誰から聞いた」
ヨルカの声が冷たく問うと、11は目を伏せた。
「誰っていうか……噂だ。俺らは貴族の汚え仕事とかも請け負ってたから……衛兵に不穏分子の情報を流せば、報酬がもらえるって、そんな話が広まってて……。だから、決起集会の直前に、垂れ込んだんだよ。……その方が……こんな不確かな革命より、ずっと貧民街のためになるんじゃねえかって……」
11が比較的落ち着いた口調で語り始める中、隣の18が、掠れた声で、今にも泣き出しそうな顔を上げた。
「オレたちは……王よりも、23のほうが許せなかったんだよ……!」
絞り出すようなその声に、苦悶と悔恨が滲んでいた。
「急にいなくなって、音沙汰ないから心配してたのに、一人でいい思いしてやがったんだ! かと思えば突然戻ってきて慈善事業だ? 坊っちゃんぶりやがって何様だよ。綺麗事並べて、あんな計画うまく行くわけねぇって思い知らせてやりたかった。なのに……あんなこと……ッ!!
甘かったのはオレらじゃねえかよ。何で街ごと焼くんだよ! クソッ、もう……殺してくれよ……」
18は嗚咽まじりに叫ぶと、顔を覆った。
密告のあと、彼らは衛兵に呼び出されたそうだ。場所は、貧民街を一面に見下ろす丘の上。
「報酬だ」と言われて、目を輝かせたその瞬間──目の前で、街に火が放たれた。
「あいつら……笑ってッ……オレらが目を逸らさないように、頭押さえつけてきて……見ろって……!」
その上で暴行を加えられ、焼け跡の中へと打ち捨てられたのだという。
私は絶句した。喉の奥が熱く、重たくなって、言葉にならない。
けれど、その沈黙を破ったのは、ヨルカだった。
「……浅はかだな」
吐き捨てるように鼻で笑い、冷たく言い放つ。
「お前らのせいで、何人死んだと思っている」
11も18も、ひとつも言い返さなかった。ただ肩を震わせ、項垂れている。
「ヨルカ! もう……これ以上は!」
私は思わず身を乗り出した。本気で、聞いているのが辛くなってきていた。
「アリシア、お前は甘い。父と兄……23の積み重ねてきた事、何もかもをコイツらは踏み躙ったんだぞ」
私にまで冷たい視線を飛ばすヨルカに、これは演技だとわかっていても、身震いしてしまう。
「だって、これ以上は意味がない。私だって許せない。だからこそ……償わせなきゃ」
「償い……?」
11がぽつりとつぶやくのが聞こえた。
「そう。殺してほしいんでしょう? なら、殺さない。あなたたちには生きて償ってもらう。それが、きっと一番の罰になるから」
18が怪訝そうな顔で私を見る。
「……何をさせる気だ?」
私はそれに、にこりと微笑んでみせた。
「もう王国を信じちゃだめだって、身に沁みてわかったでしょう? なら今度こそ、革命を成功させるのを手伝って」
そして、ほんのわずかに目を伏せてから、ふたりを正面から強く見つめる。
「各地の貧民街をまとめて。そして──」
ありったけの情愛を、声に込めて請う。
「行方不明の、私の兄……23を、探して」
私の言葉に、11と18は息を呑んだように沈黙した。
拒絶も、反論もなかった。ただ、打ちのめされたように伏せていたふたりの目に、微かな生気が戻ったように感じる。
──それでも、まだ足りない。
私はそっと、ふたりに歩み寄り、膝をついた。
かつて父さんが、23に与えたもの。それと同じ想いを、今度は私が彼らに向けてなぞる。
「名前、あるの?」
問いかけると、ふたりは顔を上げた。戸惑いと、わずかな困惑が浮かぶ。
「番号じゃなくて、名前。あなたたちにはこれから、新しい人生を生きて、やり直してほしい。だから必要なの」
11は、ぼそりと「昔の名なんて覚えてねぇ」と呟いた。
18は、戸惑いがちに首を振った。
私は静かに目を閉じ、しばらく考えた。そして、ふたりに向かってそれぞれ名を与えた。
「11は──“レオ”
18は──“アンドルー”
まあ番号からもじったけど、どっちも“勇敢”って意味あるし、いいよね?」
そう告げると、ふたりはぽかんとした表情で私を見つめた。
その様子を、壁際で腕を組んで立っていたヨルカが、黙って眺めていた。やがてひとつ溜息をつくと、低い声で問いかける。
「どうする? 新たな名と、やり直す機会を受け入れるか」
ふたりは、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いた。
「レオ、アンドルー。字は読めるか? 読めぬのならば、補助をつける。貧民街に関して、任せたい仕事がある」
ヨルカはふたりの目をまっすぐに見据えた。
「地下に保管している報告書と記録をもとに、各地の貧民街の人脈を辿れ。必要な場所には、俺の密使を送る。お前たちは、23……、エルネストの代理を務めあげねばならん」
かつての11──レオが、かすれた声で尋ねた。
「……オレたちみたいな奴に……そんな大役、務まるのか……?」
ヨルカは淡々と、だが力強い声で答えた。
「“できるか”ではない。“やる”のだ。我らの同志として、貧民層を救う礎となれ」
ふたりは黙って頷いた。その目には、かすかに宿り始めた覚悟の光が揺れていた。




