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「僕を忘れろ」と言った義兄が忘れられません【連載版】  作者: 矢井瀬 月


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18/47

18.「11」と「18」


(※アリシア視点→)



 11(ウィレイズ)18(ウィアード)が見つかったと報告を受けたのは、父を見届け終え、マチルダさんの薬店に戻ってから1週間後のことだった。


 彼らが居たのは、焼け落ちた貧民街からさほど遠くない、小さな廃屋だった。元は農夫の作業小屋だったらしい。崩れかけた屋根の下、すすけた壁際に、使い捨てられたようにうずくまっていた二つの影。


 捜索班が踏み込んだとき、11(ウィレイズ)18(ウィアード)は傷だらけで倒れていた。

 おそらく衛兵からギリギリまで甚振(いたぶ)られた上、自傷もしたと見られている。


 発見されたとき、ふたりには意識がなかった。高熱と衰弱で死にかけていた。

 応急処置ののち、薬店にある地下の休憩室へ収容され、今もそこで療養している。


 私は淡々と、マチルダさんと共に、彼らの看病にあたった。

 薬の調合を手伝い、医師であるアレクシスさんの助言を仰ぎながら、高熱と怪我の手当てを続けた。


 そして、ようやく。

 最初に目を覚ましたのは11(ウィレイズ)だった。


 昏々と眠り続けていた彼が、うっすらと目を開けたのを確認すると、私は黙って椅子から立ち上がった。

 唇が乾き、ひび割れている。私は水の入った吸い飲みを手に取り、その長い吸い口を11(ウィレイズ)の口元に近づけた。


 11(ウィレイズ)は、それを見つめながらもしばらく反応を示さなかったが、やがて、よろよろと身をおこし、吸い口を唇に含むと、水をゆっくりと喉に流し込んだ。


 少しずつ飲み下し、ひと呼吸おくと、彼はかすれた声で呟いた。


「……ここは……? あんた、誰だ……?」


 私は躊躇わず、あの名を口にした。


「──23(ヴァズリー)の家族よ」


 その瞬間、11(ウィレイズ)の顔から血の気が引いた。彼の全身がガタガタと震え、まるで目の前の私が亡霊でもあるかのように怯えだした。


 その様子に、私は彼から視線を外し、それ以上は何も話さず部屋を出た。

 すぐさまクラージュ様に使いを出すと、私はマチルダさんと店番を交代した。


 しばらくすると、マチルダさんから報告が来た。


18(ウィアード)も目を覚ましたわよ。あの子達、もう逃げる気力も、抗う力も残っていない。まるで屍みたいだわ」


 私は頷くと、在庫用に粉砕した薬草を、黙々と種類別に瓶に詰めながら言った。


「……ヨルカ兄さんが戻ったら、そちらに行きます」


「わかったわ」


 それから、私は軟膏の予備を作り始めた。だが気はそぞろで、同じ軟膏をもう何十分も練り続けている。


──エル兄、父さん……。あの人たちを赦す演技なんて、私できるのかな……?


 心の中で問いかけても、返ってくる声はない。自らの内に閉じこもっていた私は、自分を呼びかける声に、しばらく気づくことができなかった。


「ノア……ノア……?」


 目の前でひらひらと手を振られて、ようやく私はヨルカの存在に気づく。


「……兄さん……」


 思わず涙腺が緩みそうになるのを、必死に堪える。

 軟膏を仕舞うのを手伝ってくれたヨルカは、私に歩調を合わせ、ゆっくりと地下にある、彼の執務室へと誘導してくれた。


「ひとまず、奴らを懐柔しきるまでは、俺は“ヨルカ”で通してくれ。お前の素性は言わねば、奴らの罪悪感に付け込めんだろうから、アリシアの家族構成については話して構わん。……それで、どうだ。出来そうか?」


「わかりません……」


 情けなくて、また涙が出そうになった。


「筋書きは考えていたんです。でも、顔を見るとどうしても憎くて……。さっきだって、あいつらが目覚めたら優しく笑って水を差し出そうと思ってたのに、全然出来なかっ……!」


 声を詰まらせる私を、クラージュ様は“ヨルカ兄さん”を続行してくれているのか、ぎこちなく撫でてくれた。


「気持ちはわかる。ならば、考え方を変えるしかない」

「考え方……?」


「たまたま23(ヴァズリー)はイヴォンに出会ったから、お前の兄“エルネスト”になった。だが、引き取った当初は、相当捻くれていたと聞く。

 もしもイヴォンと出会ったのが別の孤児なら、23(ヴァズリー)こそが密告者になっていたかもしれん。それだけあそこは荒んだ場所だ」

 

 思わず、息を呑んだ。

 そんな仮定を、考えたこともなかった。だって、私にとって“エル兄”はただひとりで、それ以外にあり得なかったから。

 だけど……父さんと出会ったのが別の人だったら、“私のエル兄”は、違う誰かだったのかもしれない。


「俺こそイヴォンと出会わなければ、今頃どうなっていたか知れん。あやつらもきっと、散々傷ついて足掻いて、選び誤った。ひどく人間臭い奴らだ。そんな民を長年野放しにしてきたのは誰だ? ……王だ。憎むべきは、“今の世”そのものなのだ」


 私情に流されず、俯瞰で全体を捉えるその眼差しに、私はあらためて感じた。

 この御方(クラージュ様)こそが、王の器なのだと。


「アリシア。今後あやつらはきっと役に立つ。今の世が生み出した悪を“使え”。さすれば、王政(ジルベール)はいずれ自滅する」


 その言葉は、私の中にある怒りを、別の形に変えていった。

 復讐ではない。浄化でも、赦しでもない。

 “利用する”──それは、ひどく冷徹で、そして現実的な手段だ。


「……やります。今なら出来そうです」


 私が頷くと、“ヨルカ”は笑みを投げかけてくれた。


「では、行こう。まずは俺がやるから付いて来い」

 

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