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「僕を忘れろ」と言った義兄が忘れられません【連載版】  作者: 矢井瀬 月


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11/47

11.気付き


 私は全員の最期を見届けた。広場に晒された人々を確認し、心の中でそっと手を合わせる。その後、城門の父がかろうじて見える木陰に、私たちは位置取った。


 私は父さんに言われて、店の顧客名簿の中身はすべて把握させられていた。やはり計画に加わっていた主要な人物の大半が、うちの顧客だった。


 あの名簿は、押収されたのだろうか。

 まだ顔を確認できていない数名を、私はヨルカにそっと伝えた。彼らが裏切り者の可能性も視野に入れるべきだと思ったから。


──だけど。


「やっぱりおかしい……」


 今は、気分が悪くなったふりをしながら、通りを行き交う人々の様子を観察していた。


 私の具合を心配してみせるヨルカの胸元に、顔を埋める仕草をしつつ、小さな声でつぶやくと、彼も頭を低く下げて囁き返してきた。


「何が?」

「“(かれ)”がいなかった」

「……ああ、無事ならいいんだが」

「それは勿論。だけど、時期が……」

「?」

「早すぎない? ……貧民街の火事」


 その瞬間、ヨルカが目を見開いて私の肩をぐっと掴んだ。


 もしエル兄があの後すぐに生け捕られ、王国側が彼と貧民の繫がりを把握していたら。

 その場合に限り、彼への見せしめとして、即座に貧民街を焼いたという可能性はある。


 けれど、彼がまだ見つかっていないのだとしたら、話は別だ。


 貧民街が焼かれたのは、計画失敗翌日の昼。それは、生き残った謀反人への拷問よりも早い時間帯だった。常理を考えれば、総指揮である父の処刑前に貧民街を粛清するなど、普通ではない。


 王国側の残虐さは、この数日で嫌というほど思い知らされた。無駄なく、冷酷に、そして最大限の効果で、人の心を踏みにじる。


 彼らにとって、取るに足らぬ小物に過ぎないはずの貧民の街。とりわけ、()捜しが行われたという話も聞かない。それならばタイミングを考えて、あの場を手にかけた理由はおそらく──。


 “密告者への見せしめ”だ。


「ノア。しばらく一人で大丈夫か? 家から飲み物を持ってくる。ここで休んでいろ」


 耳元に唇が触れるか触れないかの距離で、ヨルカが静かに「助かった」と、囁いた。


 私が弱々しげに微笑んで応じると、彼はその場を離れていった。



 通りを行く中には、かつて店に通っていた人々の姿もあった。そのうちの何人かは、立ち止まって父を見やり、痛ましげな顔で、けれど何も言わず去っていった。


 そんな中、一人の質素な女性の姿が目に留まった。

 頭部をふわりと覆うスカーフに隠されてよく見えないが、年の頃は30代半ばか、もう少し上か。

 彼女は無言で、ただ父を見つめていた──その表情には感情がない。


──誰だろう。

 しかし、記憶をいくら辿っても、彼女に見覚えはない。


 やがてヨルカが戻ってきた。


「どうだ? 何もなかったか?」


 さりげない口調で尋ねられ、私は自然に先ほどの女性に視線を向けた。だが、姿はもう消えていた。


「うん、大丈夫。あ、でも門の方をずっと見ている女性がいて気になった。知らない人だったけど」


「へぇ、年は?」

「30代後半から40代前半くらい。背は高くて細身だった」


 ヨルカは一瞬考え込み、ふっと表情を緩めた。

「……そうか。落ち着いたなら、そろそろ帰ろう」

「うん」


 私は父を最後まで見届けると決めていた。明日から2日間は変装を使い分け、ひとりでここに足を運ぶことになる。



 都に出たついでに、大通りを迂回して、かつての家に立ち寄ることにした。


 ヨルカは一言、「……辛いと思うぞ」と言ってくれた。その声にこもった気遣いが、ありがたかった。


 だけど、どうしても確かめたかった。

 もしかしたら、何か残されているかもしれない。


 ……けれど。


 店も、家も、跡形もなかった。


 地面には、崩れた壁の破片が無造作に散らばり、かつて生活の香りを宿していた気配は、すっかり消えていた。


 仮にこの場に何か有益な物があったとしても、瓦礫を掘り起こせば、たちまち周囲の注目を集めてしまうだろう。


 目を閉じると、そこにあった日々が、胸に押し寄せた。けれど私は、その波に飲み込まれまいとヨルカの腕にぎゅっとしがみついて、泣くのをこらえた。


 ヨルカは私を優しく引き寄せると、人通りの少ない路地裏に導き、何も言わずにしばらくその場で寄り添ってくれた。

 苦しみが少し、和らいだ気がした。



 日が落ち、空が鈍い紫に染まるころ。

 私たちは人目を避けるように裏通りを辿り、クラージュ様の隠れ家へと向かった。


 例によって例の如く、仕掛けのしっかりと施された室内で変装を解き、改めて向き合うと──

 クラージュ様は、私に初めて“クラージュ様自身”の笑顔を見せてくれた。


「アリシアのおかげで、密告者が絞り込めた」

「もう、正体まで見当がついているのですか?」


 思わず驚いて問い返すと、クラージュ様は静かに頷いた。


「ああ、おそらく貧民街の住人。11(ウィレイズ)18(ウィアード)だろう」


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