11.気付き
私は全員の最期を見届けた。広場に晒された人々を確認し、心の中でそっと手を合わせる。その後、城門の父がかろうじて見える木陰に、私たちは位置取った。
私は父さんに言われて、店の顧客名簿の中身はすべて把握させられていた。やはり計画に加わっていた主要な人物の大半が、うちの顧客だった。
あの名簿は、押収されたのだろうか。
まだ顔を確認できていない数名を、私はヨルカにそっと伝えた。彼らが裏切り者の可能性も視野に入れるべきだと思ったから。
──だけど。
「やっぱりおかしい……」
今は、気分が悪くなったふりをしながら、通りを行き交う人々の様子を観察していた。
私の具合を心配してみせるヨルカの胸元に、顔を埋める仕草をしつつ、小さな声でつぶやくと、彼も頭を低く下げて囁き返してきた。
「何が?」
「“兄”がいなかった」
「……ああ、無事ならいいんだが」
「それは勿論。だけど、時期が……」
「?」
「早すぎない? ……貧民街の火事」
その瞬間、ヨルカが目を見開いて私の肩をぐっと掴んだ。
もしエル兄があの後すぐに生け捕られ、王国側が彼と貧民の繫がりを把握していたら。
その場合に限り、彼への見せしめとして、即座に貧民街を焼いたという可能性はある。
けれど、彼がまだ見つかっていないのだとしたら、話は別だ。
貧民街が焼かれたのは、計画失敗翌日の昼。それは、生き残った謀反人への拷問よりも早い時間帯だった。常理を考えれば、総指揮である父の処刑前に貧民街を粛清するなど、普通ではない。
王国側の残虐さは、この数日で嫌というほど思い知らされた。無駄なく、冷酷に、そして最大限の効果で、人の心を踏みにじる。
彼らにとって、取るに足らぬ小物に過ぎないはずの貧民の街。とりわけ、家捜しが行われたという話も聞かない。それならばタイミングを考えて、あの場を手にかけた理由はおそらく──。
“密告者への見せしめ”だ。
「ノア。しばらく一人で大丈夫か? 家から飲み物を持ってくる。ここで休んでいろ」
耳元に唇が触れるか触れないかの距離で、ヨルカが静かに「助かった」と、囁いた。
私が弱々しげに微笑んで応じると、彼はその場を離れていった。
通りを行く中には、かつて店に通っていた人々の姿もあった。そのうちの何人かは、立ち止まって父を見やり、痛ましげな顔で、けれど何も言わず去っていった。
そんな中、一人の質素な女性の姿が目に留まった。
頭部をふわりと覆うスカーフに隠されてよく見えないが、年の頃は30代半ばか、もう少し上か。
彼女は無言で、ただ父を見つめていた──その表情には感情がない。
──誰だろう。
しかし、記憶をいくら辿っても、彼女に見覚えはない。
やがてヨルカが戻ってきた。
「どうだ? 何もなかったか?」
さりげない口調で尋ねられ、私は自然に先ほどの女性に視線を向けた。だが、姿はもう消えていた。
「うん、大丈夫。あ、でも門の方をずっと見ている女性がいて気になった。知らない人だったけど」
「へぇ、年は?」
「30代後半から40代前半くらい。背は高くて細身だった」
ヨルカは一瞬考え込み、ふっと表情を緩めた。
「……そうか。落ち着いたなら、そろそろ帰ろう」
「うん」
私は父を最後まで見届けると決めていた。明日から2日間は変装を使い分け、ひとりでここに足を運ぶことになる。
✽
都に出たついでに、大通りを迂回して、かつての家に立ち寄ることにした。
ヨルカは一言、「……辛いと思うぞ」と言ってくれた。その声にこもった気遣いが、ありがたかった。
だけど、どうしても確かめたかった。
もしかしたら、何か残されているかもしれない。
……けれど。
店も、家も、跡形もなかった。
地面には、崩れた壁の破片が無造作に散らばり、かつて生活の香りを宿していた気配は、すっかり消えていた。
仮にこの場に何か有益な物があったとしても、瓦礫を掘り起こせば、たちまち周囲の注目を集めてしまうだろう。
目を閉じると、そこにあった日々が、胸に押し寄せた。けれど私は、その波に飲み込まれまいとヨルカの腕にぎゅっとしがみついて、泣くのをこらえた。
ヨルカは私を優しく引き寄せると、人通りの少ない路地裏に導き、何も言わずにしばらくその場で寄り添ってくれた。
苦しみが少し、和らいだ気がした。
✽
日が落ち、空が鈍い紫に染まるころ。
私たちは人目を避けるように裏通りを辿り、クラージュ様の隠れ家へと向かった。
例によって例の如く、仕掛けのしっかりと施された室内で変装を解き、改めて向き合うと──
クラージュ様は、私に初めて“クラージュ様自身”の笑顔を見せてくれた。
「アリシアのおかげで、密告者が絞り込めた」
「もう、正体まで見当がついているのですか?」
思わず驚いて問い返すと、クラージュ様は静かに頷いた。
「ああ、おそらく貧民街の住人。11と18だろう」




