10.父を見届ける(*R15G)
(※後半に処刑シーンがあります)
翌日から私は、マチルダさんの薬店に住み込み、下働きをしながら情報収集を始めた。
水汲みや掃除の合間に町を歩き、休憩の時間には茶店で旅人たちの会話に耳を澄ます。そんな数日を送った。
そのあいだにクラージュ様は都へ戻り、謀反に直接関わりのある生き残り約20名と、その家族を各地に散らして匿った。
けれどその報告をした、彼の横顔は苦かった。
「まだ救えた者はいた……。だが、これ以上は俺が裏で動いていると露見しかねない。限界の人数と人選だった」
その声音に宿った悔しさが、胸の奥に辛く響いた。
✽
クラージュ様の不在中、私が見聞きした情報も、幾つか報告を上げた。
町や街道では見回りが増えているけれど、何かを探ったり、不満を漏らす民を個別に取り締まる様子は、今のところ見られないこと。
民の多くが王政に不満を抱いているにもかかわらず、もはや何かを変えようとは思っていないこと。
農家の将来に絶望した若者たちが、貴族の私兵を目指して体を鍛え始めていること。
そして──貧民街が、先日すべて焼き払われたこと。
「私兵か、使えるかもしれんな。頭に入れておこう。……貧民街の火事は聞いている。衛兵が火を放ったともな。あそこはエルネストが取り纏めていたから、謀反に加担したとして、王からの粛清命令が出たのだろう」
「兄が、貧民街を?」
「ああ、アイツはあそこの出だからな」
「……えっ、そうなのですか!?」
「お前が兄にどういった印象を抱いているのかは知らんが、なかなか強かな男だぞ。エルネストは」
あの、いつも穏やかで聖人君子のようなエル兄が、元・貧民街出身──。
確かにそれは私の抱くイメージとは掛け離れている。だけど、それよりも……
「彼は、本当に……私の兄ではなかったのですね……」
「そうだ。エルネストはレジェ家に名を連ねると決意した時点で、生涯を掛けて、お前を護る使命を受け入れたはず。そしてこれは本来ならば、お前が知る必要はなかったことだ。
肉親ではないと告げたのは、己の犠牲が、お前の心に傷を残すことを恐れたのだろう」
私は、そっと拳を握りしめた。
一体彼は、どんな気持ちで今まで“私の兄”で居てくれたのだろう。
「それでも、彼は……。これからもずっと、私の大切な兄です」
「ああ、それでいいと思う」
「父と兄を、心の底から愛しています。だからこそ……、ご相談があります、クラージュ様」
「──、もしも願いが許されるのなら、一緒に来ていただけますか」
「それは、構わないが……」
この日、私は初めてクラージュ様の狼狽える姿を見た。
「助かります。……二度と、あのような醜態を見せる訳には参りませんから。“ヨルカ”が隣に居てくれるならば、頑張れます」
拳を握って笑ってみせる私を、クラージュ様は気遣わしげに見つめていた。
✽✽✽
「本当に大丈夫か? ……“ノア”」
「うん、気遣わせてごめんね “ヨルカ”……ありがとう」
私たちはそれぞれ、普段の髪の色や長さと異なる鬘を被って変装をし、“恋人”として此処にいた。
兄妹の設定でないのは、彼の意向だ。恋人である方が、何かが起こったときに対処がしやすいと仰られた。無理もない、前科があるのだから。
“何か”……つまり過呼吸。確信を持ってそれを起こさない保証はない。けれど、
胸に刻みたかった。父さんの無念を。
知りたかった。それを目にした、周囲の反応を。
他にもこの場で、私にしかできない確認事項は、きっと沢山ある。
そう考えたから、無理を言って連れてきて頂いたのだ。彼の手を煩わせるわけにはいかない。必ず、何らかの成果を持ち帰らなくては。
ヨルカが再度、心配げに口を開きかけたとき。この場に高らかな声が響いた。
「天に誓いて、正義の名の下に。
今ここに、国王陛下の勅命を奉じ、謀反人『イヴォン・レジェ』を裁く。
この者は忠義を偽り、恩義を裏切り、陰に集い、徒党を組みて王政を傾けんと画策した。
すなわち、罪状は国家反逆、秩序の撹乱、民心の離反を導く扇動。重罪にして赦されざる所業である!
既にこの者の命は尽きているが、五体を八つ裂きにし、首を刎ね、三日三晩、城門に晒す。
風雨にさらされ、鳥に啄まれ、腐り果てるその姿こそ、国を裏切った者の成れの果て。
──執行!」
私の手を握るヨルカの指に、ぎゅっと力がこもる。 私もそれに応え、固く握り返した。込み上げるものを必死に抑え、深く、静かに息を吸う。
──宙を舞う、父さんと……目があった気がした。
私の身を案じてくれていた、あの時の眼差しのまま。「アリシア!」と私の名を呼び続けてくれていた、あの痛切な叫びをかたどったまま……。
無念を携えたその瞳が、私の奥に沈んでいた何かを、確かに揺さぶった。
ゆっくりと、ゆっくりと弧を描いて飛ぶ父さんの表情を、私は心に焼き付けた。
刹那のことだったのだろう。だが私には、まるで永遠のように思えた。
乾いた音を立てて、首は台の上を転がる。役人が籠に収め、それを民衆の前に高く掲げた。
「この顔を、忘れるな! 陛下の御心を踏みにじり、王国に仇なした愚か者の成れの果てを!」
だが、応える声はなかった。
処刑場は、驚くほど静まり返っていた。罵声も、嘲笑もなかった。民衆は誰ひとり声を上げず、ただ沈黙で見送った。その静けさこそ、父さんの想いが皆に届いている証なのだろう。
涙はこぼさない。ここで泣けば、父さんの勇姿が薄れてしまうから。
──父さん、見てて。必ず……貴方の遺志は私が繋ぐから。
胸に焼き付けた誓いを、私は握るヨルカの手にギュッと込めた。彼もまた、優しく強く握り返してくれる。そうして「帰るか?」と遠慮がちに尋ねてくれたが、私は首を振った。まだ処刑は終わっていない。
彼は私の覚悟を見て、「傍にいる」と言ってくれた。それだけで十分、心強かった。
“全員”を確認するまで、私は帰れない。




