【008】神々のくじ引き
『なるほど。確かに良き弓の才を宿しているな。そなたならば『シャーラガ』の弓の力を授けるに相応しい』
頭の奥底へ直接響く声とともに、ヴィシュヌ神像から放たれた淡い光がカナミを包み込み、身体ごと優しく照らし出す。
「ありがとう。ラーマさん」
『王族の私にラーマさんか。馴れ馴れしいものよ。嫌いではないがな』
やがて光はゆるやかに弱まり、カナミの全身からすっと消えていった。
『カナミ、そなたには矢に魔力を込めて強化する力がすでに備わっていたので、弓を強化する力を新たに授けた。飛距離と威力がこれまでとは比べ物にならない程、強化されている。その代わり、目標を確実に射貫くにはさらなる修練が必要となるだろう。怠るでないぞ』
「弓の練習は大好きなんで苦にはならないですよ」
すぐにでも試したいのか、カナミが爪楊枝を一本取り出し、魔力を込める。魔力の矢を作り出し、弓につがえる。カナミが左手に力を込める。弓が光に包まれる。
ブワッ……
空気を切るような音ではなく、風そのもの。放たれた矢は数百メートル先の岩に命中し、岩が粉々に砕け散った。
『おぉ、初めて使う力で、いとも簡単に目標を捉えるとは。見事!』
「いえー……狙ったのは隣の石の建物で……」
「ちょっ?!カナミ君!遺跡に傷をつけないでくださいよ!」
普段冷静なセキネ先生が真っ青になりながらカナミを制する。
「ラーマ様、本当に申し訳ございません!後できつ~く言い聞かせておきます!」
『ま、まぁ、我々にとっては遺跡の一つや二つ大した事はないが……。そんなことよりお前は古代の遺物への造詣が深いようだな。それであれば、誰の力を授けるのが良いか……』
しばらくの間、頭に響いていたラーマ様の声が鳴りやむ。
『それであれば、我が息子、ガネーシャはどうだ!』
頭の中にラーマとは別の神の声が響き渡る。
『な、シヴァ様?!』
「シヴァ様??!!」
セキネ先生、声が裏返っている……。そういえば、ヒンドゥー教の三大神の一注だったけか、シヴァ神は。
『なぜ、あなた様がここに……』
『いや、暇だったものでな。人が来るのも久しぶりの事だ。とりあえずほれ、ガネーシャの力をくれてやる』
シヴァ神がそう言うと同時に、セキネ先生の体も光に包まれた。
『ガネーシャ様はこちらには来られないんですか?』
『あぁ、あいつとは親子喧嘩中だ。首をスパッと落として、ゾウの首に挿げ替えたことをまだ根に持っているからなぁ……。図体のわりに小さいやつよ』
『いや、頭をゾウにされるとか根に持つでしょ』
あきれ気味のラーマ様。話はめちゃくちゃだが、こうやって聞いていると、案外人間味がるというか、意外と身近というか……。
『そこの人間、今、我々のことを神っぽくないとか思っていないだろうな。その気になれば、人間なぞ瞬きする間に破壊できるんだぞ』
「い、いえ。決してそのようなことは……」
さすが神様、こちらの考えていることが手に取るように分かってしまうんですね……。気を付けなければ。
「ナミリ君、気を付けてください。シヴァ神様は破壊の神、ご機嫌を損ねると本当にまずいので」
「は、はい。注意します」
セキネ先生の小声だが、鬼気迫る忠告には従っておいたほうがいいんだろうな。
『それより、お前の才能は何だ?何か人より秀でた力はないのか?』
「えっと、私はですね、、これと言った才能はなく……ただの酒好きの一般人であります」
シヴァ様、あまり聞かないでください。メンタルが破壊されます。
『そんなことはないであろう。人間、何か一つは取柄があるものだ』
ラーマ様、ごめんなさい。本当にないんです。
『どれ、調べてやろう』
『『…………………』』
悠久の時とも思える沈黙が続き、ラーマ様の申し訳なさそうな声が聞こえる。
『才能、ないですね』
『ああ、無いな』
シヴァ様、ラーマ様、今おれのメンタルは確実に破壊されました。
『おい、今集まれる者はここに集まってくれ』
シヴァ様の招集で次々と神が集まってくる。
『ブラフマー様、ヴィシュヌ様までいらっしゃるとは……』
ラーマ様のあきれた声、頭の中を何体もの神々のザワザワが駆け巡る。
「こ、これはすごい事になってきましたよ」
「なんか、人多すぎて酔いそうなんですけどー」
興奮しっぱなしのセキネ先生と、頭を抱えるカナミをよそにシヴァ神が仕切り続ける。
『ここに何一つ才能のない哀れな人間がいる。才能がないからと力を授けないのは、わざわざここまで来てくれた人間に不親切ではないか。そこで、くじ引きで誰かひとりの力を授けようと思うのだがどうであろうか』
『意義なし!』『構いませんぞ』『好きにしちゃって~』
ここまで露骨に何もない人間と言われると、心が折れちゃいそうです。さすが破壊神です。
『では、今からくじを引くので当たりを引いた者は何か力を授けるように!』
今、おれの運命を大きく左右するくじ引きの結果が言い渡されるのであった。