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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第2章 エムセブルグ開拓記
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【059】白大蛇のお告げ

 ヴィシュヌ神の力の一つ、『化身』の力は、魚や亀、猪といった動物の姿や、人獅子ナラシンハや、アンコールワット遺跡でお世話になったラーマ様の姿に変化する力だ。


ヒンドゥー教では、ヴィシュヌ神の化身は、主に十の姿が伝わっているが、おれが『化身』の力を試してみたところ、頭の中に描くことが出来ればどのような姿にも変化することができた。


ただ、頭の中でイメージするというのが案外難しく、たとえばカナミに変化しようと思っても、頭の中で正確にイメージできなければ、違った姿になってしまう。


一度試してみて、ピカソが描いたようなカナミが登場してしまい、食堂内を爆笑の渦に巻き込み、カナミから強烈な蹴りを喰らってしまった。そんな想像力の乏しいおれにうってつけの変化対象が、シンプルな形の蛇だった。


この『化身』の力は、自分より大きなもの、もしくは小さなものに変化しようとすると、サイズ差に応じて魔力を消費する。魔力の半分程をつぎ込んで変化した大蛇の姿は、全長十五メートルの化け物となった。



これは二日前の話――。



 おれたちは、市場の親父から聞いた、ヤームシュタット男爵の別邸に近づく。そこは、オークフィールドの小高い丘の上の豪邸で、ミルフォードの軍庁舎に引けを取らない広大な敷地に、どれも精巧な彫刻が掘られた石造りで、贅を尽くしたであろう建築物が並んでいた。


 そして中庭では、綺麗に揃った芝生の上に並べられたテーブルを囲み、貴族階級の人間たちが、立食パーティーを楽しんでいた。ここは先ほどまで見ていた活気のないオークフィールドの街の様子とは切り離された別世界のようで、中庭を照らす魔導具の灯りが、丘の下の街並みの暗さとの、コントラストの差を大きく描き出していた。


「あの建物の中で人がいない建物はありますか?」


「右から二番目、あの建物はおそらく倉庫のようなものでしょう。人の気配はありませんね」


セキネ先生の『解析』の力で人の有無を確認し、カナミに指示を出す。


「ありったけの魔力を込めて、あの建物を吹き飛ばしてくれ」


カナミの放った矢が、次々と建物に着弾する。矢が命中するたびに、まるで手榴弾でも投げ込まれたかのような衝撃が空気を震わせた。


初めてカナミの矢を見る東郷さんとシャオメイさんは、あまりの威力に唖然としている。


ただのお気楽能天気なカナミが、こんなえげつない矢を放つとは思わないだろう。それを目の当たりにしてしまった時の表情を見るのが、少し楽しみになっていた。


「カナミ、よし」


「わんこに号令するみたいに言わないでよ。でも、めっちゃ気持ちよかったーー!!」


わんこ流れで、カナミの頭をよしよしと撫でてやると、意外と嬉しそうだった。


「では、今から暴れてきますから、皆さんは先に宿に戻っておいてください」


カナミたちが、離れるのを確認して『化身』の力で白蛇に化ける。視点がみるみる上がり、中庭を、豪邸の塀を挟んで見下ろせる高さとなった。


中庭には、大きく崩れた建物の砂埃が漂い、それ以上に貴族たちの混乱が中庭を覆いつくしていた。


塀を越え、白蛇の姿をあらわにする。


突如現れた巨大な白蛇に逃げ惑う者、腰を抜かす者、健気にも剣の柄に手をかける者、貴族たちは思い思いに行動していたが、誰一人として白蛇に立ち向かおうとする勇者は現れなかった。


 白色の大蛇を選んだ理由は、想像しやすかったこともあるが、この国の成り立ちにも由来している。ホルフィーナ建国前の王朝の祖は、白い大蛇を一刀の元に斬り殺したという伝承が残っている。ホルフィーナ王国を建国するにあたって、建国の祖は、自らを白大蛇の化身と謳い、前王朝を打倒したのだ。それ以来、この国では白い蛇は神聖なものとして扱われている。


中庭で少し暴れ、大蛇の巨体でも悠々と入り込めそうな別邸の中でも、最も大きな館に入り込む。


館の中は、いかにも高そうな絵画や彫像で飾り立てられ、石の建築材の隅々まで彫刻によって細やかな文様が刻まれていた。


中には歴史的な絵画や彫像があるかもしれない。そんなことを考えると少し気が引けたが、館の中で散々大暴れし、館の内装を破壊し尽くしたところで、『化身』の力で(たか)に変化し、ヤームシュタット男爵の別邸から離れた。



 翌日は、シャオメイさんにヤームシュタット男爵の居所を『探索』してもらい、その位置を把握してから、白大蛇の姿で本邸に乗り込んだ。


本邸は、昨日の騒ぎを受け、衛兵に守られていた。白大蛇の姿に気付いた衛兵が弓や魔法で攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃は全て、白大蛇を包む淡い光のカーテンにはじき返され、白大蛇に届くことはなかった。


人が居ないところを狙い、『三眼の火』を放ち、本邸の庭に火をつける。いくつかの建物に体当たりし、崩れない程度に気を付けながら、建物も滅茶苦茶に破壊する。


ひと際着飾った男が視界に入る。周りを囲う護衛の数から、それがヤームシュタット男爵だと分かる。衛兵の一人がその男に近づき、跪いて何かを報告する。


(おいおい、戦場で上官への敬礼はタブーだぜ)


何かのアニメか映画で見たセリフを思い出す。


ヤームシュタット男爵の周りを火で囲み、男爵の元へと近づく。


『領民への過酷な重税、近隣の街への横暴、そして自分たちは民を顧みず、日々饗宴に明け暮れる。神は決してそのような所業を許さぬ。心を入れ替え、領民を慈しみ、善政を行え。それが出来なければ、次は領土全てを焼き払う』


額を地面に擦りつけながら善政を誓うヤームシュタット男爵の哀れな姿を眺め、留飲を下げる自分が、相変わらず小さな人間だと思いつつ、煙に紛れ、鷹の姿に変化し、その場から離れた。



 適当な神のお告げを下した翌日、おれたちはエムセルへと馬車を進めた。カナミやシャオメイさんが、土下座するヤームシュタット男爵を見れなかったことを悔しがっていたが、その二人を見て東郷さんが苦笑いを浮かべていた。


 エムセルに帰還したおれたちを待っていたのは、意外な結果だった。


 ヤームシュタット男爵の本邸に招かれていた商人の誰かが、『次は領土全てを焼き払う』という適当な神のお告げの一部分を話してしまったため、オークフィールドの街が騒然とし、街を離れた人々が、移住者を募集していたエムセルに押し寄せた。


移住希望者が溢れ、エムセルでは突貫工事で森林の伐採と家屋の建築が続き、エムセルは村ではなく、完全に街の規模となった。


ウッドウィンの宿だけでは足りず、いくつもの宿が立ち並び、ポールさんの下で働いていた料理人たちも、まだ腕は未熟ながら、食堂を構え、フローラさんの仕立て屋や、ドワイトさんの工房には多くの注文が舞い込み、遅くまで働いているようだ。


市場は盛況を極め、病院には噂を聞きつけた重病人や体に障害を負った人々が訪れ、おれの治療を待っていた。エムフィビレで漁獲される海産物の多くはエムセルで消費され、近隣の村も潤った。



 わずか数か月で五百人程度の村だったエムセルは、人口三千人を超える街へと発展した。


 エムセルとエムフィビレを結ぶ交易路の至る所に宿場を設置し、エムフィビレは村長以下、村人たちの希望で、エムセルに統合されることとなった。元エムフィビレの小さな港は、整備作業が続き、ディオゴさんのガレオンやマクセンさんのキャラベルが、サウスポートとの航路を結び、ミルフォードからの穀物を輸送し、サウスポート経由で南の大陸の珍しい品々が、エムセルの市場にも並ぶようになった。


あまりに忙しい日々を送っていたおれは、充足感とわずかな疲労感、そして増え続ける総督としての給金に満足しきっていた。しかし、マクセンさんがキャラベルで運んできたある物が、とても重要なことを忘れていたと、おれに気付かせ、冷や汗が噴き出し、背筋が冷たくなり、ヤームシュタット男爵と同じ姿で土下座することになってしまった。

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