【058】白い大蛇
ヤームシュタット家は、ホルフィーナ王国建国の祖、ドルド・ホルフィーナを支えたニール・ヤームシュタットの末裔だ。もっとも、エムセルの西を領有するセルビス・ヤームシュタット男爵は、ヤームシュタットの本家ではなく分家である。本家のヤームシュタット家は公爵で最高位の身分を持つ一人である。
「そんな名家と争っても問題ないんですか」
「本家と分家のヤームシュタットは、一族の後継争いで戦になったことがあるんです。両家は仲が悪いんですよ。公爵家からは目を付けられるどころか、むしろ支援してくれるかもしれませんよ」
サラスが不安を口にすると、ベルトウィンさんが両者の関係を教えてくれた。
「それなら仕返ししても問題なしですね」
「ウキウキしているところ申し訳ないけど今回はエレンの同行は無しかな」
どうして私がのけ者扱いなのと食って掛かるエレンをなだめる。
「最近、金髪の女傭兵が凄腕だと評判になってるんだろ。今回は隠密行動だから目立つのはなし。同じ理由で剣聖のベルトウィンさんも難しいですね」
「そうなると、いざという時の前衛が心もとないですね」
隠密行動の性質上、人やモンスターの接近にいち早く気づく力を持つセキネ先生には、一番に同行を依頼した。そのセキネ先生の言葉に対して、「それなら私が護衛しましょう」と東郷さんが手を挙げてくれた。そして、隠密行動ならシャオメイの力は必ず役に立つからと、東郷さんの推薦でシャオメイさんにも同行してもらうこととなった。
最後に誘わないと絶対にいじけるだろうと、カナミに声を掛ける。
「嫌がらせの仕返しに行くんでしょ。そんな楽しそうな旅、置いて行ったら二度と口聞かないから」
うん。誘っておいて正解だったようだ。
出発から二日後、馬車を二台連ねた行商の一行が、オークフィールドの街に到着した。この街はヤームシュタット男爵領に属し、人口は八万人ほどだ。同じ男爵家といっても、領民の数はエムセブルグ家とは比べ物にならない。クロスフォードさんの話では、人口に対して兵員の割合も多く、常備兵が四千人に及ぶという。
「道が入り組んでいて、迷いそうですね」
入り組んだ道路の両側にはレンガ造りの建物が並び、所々に物見櫓が設置されている。
「敵が西から侵攻してきた際の防衛拠点として設計された街だとは聞いていましたが、ここに四千もの兵が立て籠もったら、攻め落とすのは困難でしょうね」
街並みを眺めながらセキネ先生が感心していると、「交易所はあちらです」とシャオメイさんが指差す。彼女の『探索』の力は、求めるものの位置を感じ取ることが出来る。おれたちは交易所に向かい、露店を開き、エムセルから持ち込んだ乳製品や燻製肉の販売を始めた。
商品の三分の一ほどを販売したところで、初日の営業を終了し、酒場に移動する。
「なんだか活気のない市場だったね」
カナミの言う通り、サウスポートやミルフォードの活気に比べオークフィールドの市場は露店の数や人通りが少ないと感じた。
「正直、今日で売り切れると思っていたんだけどなあ。看板娘のおかげで他より客足が多かったおれ達の露店でこれだと、他の露店は大変だな」
「その看板娘にビールをおごっていただきたいんですけど」
カナミが催促してきたから、「シャオメイさん、おかわりはいかがですか」と言うと、おいっと言っておれの胸を叩き、勝手にビールとワインを注文した。カナミのこういった些細な仕草は関西人そのものだ。
「失礼ですけど、お客さん少ないですね。いつもこんな感じなんですか?」
飲み物を運んできてくれた店員に聞いてみる。
「この街は税金が高すぎるからね。酒場で食事をするのは、他の街からの行商人くらいですよ」
店員も暇なのか、おれの問いにじっくり答えてくれ、チップに銅貨三枚を手渡すと生ハムとチーズをサービスしてくれた。
日が変わり、昨日と同じ場所で商いを続けていると、市場を見回る衛兵に声を掛けられる。
「あんた、初めて見る顔だな。ちゃんと場所代は払ってるか?」
本日分の営業許可証を提示し、正規の手続きを踏んで営業していることを説明する。衛兵から隊長と呼ばれる人間が、営業許可証を手に取り吟味している。明らかに正式な証文だが、隊長は営業許可証をなかなか手放そうとしない。
(なるほど、そういうことか……)
「隊長さん、良かったららうちの燻製を試食してみてくださいよ」
おれは、燻製を切り分け紙に包んだ。そしてもう一枚、紙を取り出し四つ折りにたたむ。紙の間に銀貨三枚を仕込んで……。
燻製に塩と胡椒を振りかけ、隊長に手渡すと、燻製肉を旨そうに平らげ、もう一枚の紙で口と手を拭う。「このゴミは、こちらで捨てておくから」と言って、丸めた紙をカバンにしまい込んだ。
「困ったことがあったら、いつでも衛兵に相談してくれよ」
上機嫌の隊長に率いられ衛兵たちがこの場を立ち去ると、隣の露店の親父が声を掛けてきた。
「あんた、上手くやったね。あまり商人ぽくない集団だったから少し気にしていたんだが、今の手際の良さは相当慣れてるね」
「さすがですね。本物の商売人は私だけですよ。私の故郷の地主のお嬢さんたちが、他の街を見てみたいと言うんで、地主に頼まれてオークフィールドまで案内したんですよ。後の二人は執事と護衛です」
あんたも大変そうだねと笑う親父さんから色々と話が聞けそうだ。チーズと燻製肉を取り分け、隊長の時と同じように肉には塩と胡椒をまぶす。
「私の故郷のチーズと燻製肉です。味見してやってください」
親父さんは礼を言って、燻製肉にかじりつく。調味料の胡椒に気付き、かなり驚いていたが、かまわず話を続ける。
「オークフィールドでは、衛兵が賄賂を要求するのは日常的なんですか?」
燻製肉を飲み込んだ親父さんが、そうなんだよと顔をしかめて答えてくれる。
「三年前にヤームシュタット家を継いだ今の男爵は、この街を自分たちの欲を満たすための集金装置としか思ってないよ。屋敷では毎日晩餐会を開いているって話だ。兵士の規律も緩み切っていてあの有様さ」
「晩餐会ですか……。晩餐会はどこで行われているんですか?」
そんなもんに興味があるのかよと言いつつ、晩餐会が行われるヤームシュタット家の別邸の場所を教えてくれた。
さらに次の日、まだ売り切れていない在庫をさばくために今日も露店を開く。顔見知りとなった親父さんに挨拶し、チーズと燻製肉の販売を続ける。たいして人通りの多くない市場だが、今日は衛兵の行き来が多い。要人の警備か、それでなければ何か事件があったのか……。
昨日の隊長を見かけたので呼びかけ、何かあったのかと聞いてみる。
「他言するなよ。昨日、ヤームシュタット家の別邸に白色の大蛇が現れて別邸を滅茶苦茶にしたんだよ。俺達は朝から駆り出されて逃げた大蛇を捜索をしてるってわけさ。お前も大蛇に出くわしたら全力で逃げろよ」
しかし、隊長たちの捜索は成果を上げることなく、この日の夜も白い大蛇が現れ、今度はヤームシュタット家の本邸で散々暴れた後、姿を消してしまった。
怒り狂ったセルビス・ヤームシュタット男爵は、大蛇に懸賞金をかけ、街を上げての大捜索を始める。四千の兵士が動員され、大蛇を発見すれば金貨十枚、大蛇を捕らえれば金貨百枚の大盤振る舞いだ。ヤームシュタット家のメンツを守るためなら金は惜しまない。
大騒ぎの街を宿から眺める。
「絶対に見つからないのに……。かわいそうだねー」
すでに交易品を売り切っていたおれたちは、この日の昼はゆっくり休息を取り、夜を待った。




