【054】進化の力と観察の力
西に沈んだ太陽が、再び東の空を染め上げる。ダーウィンとセキネ先生は夜通し語り明かしたらしく、互いにメモ帳を片手にしていた。セキネ先生はボールペンを、ダーウィンは万年筆を握り、それぞれの知見を披露し合いながら見識を深めていたのだろう。
朝になると、ダーウィンはおれたちを集めた。
『セキネの話は実に見識深く、私の好奇心を十分に満たしてくれた。それにポールの料理も素晴らしかった。この世界で、これほど楽しいひとときを過ごせたのは初めてだ』
皆、夜の会話を聞いていなかったので「はぁ……」としか言いようがなかったが、ダーウィンは気にせず続ける。
『名残惜しいが、いつまでも引き止めておくわけにはいかない。そこで――私の力を受け取ってほしい』
その言葉と共に、この場にいる十二名の体が淡く光に包まれる。ダーウィンから何かしらの力を授かったはずだが、いまひとつ実感が湧かない。
『分からないという顔をしているな。無理もない、お前たちの力は何も変わっていないのだから』
「力を授かっても力が変わらないとは……。これは、いったいどういう意味なのでしょうか」
ベルトウィンさんが、皆を代表して疑問を口にする。
『私が与えたのは『進化』の力だ。この力は、あちらの世界との接点があるかどうかは関係ない。もともと神や英雄、偉人から授かる力というのは、授けられた時点から成長することはない。しかし『進化』の力を身につければその限りではなくなるのだ。悪魔や鬼など、悪しきものを討伐することで、力はより強力な力へと進化していくことができるようになる――それが『進化』の力だ』
つまり、おれの三柱神の力や、カナミの弓の力、セキネ先生の『解析』『鑑定』の力が、遺跡を巡らずとも成長するということか。
「あのー、私たちのような特別な力を持たない人間はどうなるんですか?」
ミレーユがダーウィンに問いかける。それはおれも思っていた疑問だ。
『心配にはおよばないぞ。神や英雄から力を授かっていない人間であろうとも、得意な才能があるはずだ。剣の腕や、魔法の力、料理の技術に航海技術……。数えればきりがない。それらの力がこれまで以上に成長するだろう。簡単に言えば、才能そのものが成長していくということだ』
ダーウィンの説明に、エレンたちは顔を見合わせ、安堵と喜びの笑みを浮かべた。
「しかし……才能が成長するとは、ある意味で恐ろしい力ですね」
セキネ先生が小さくつぶやく。その肩を軽く叩き、ダーウィンが穏やかに言葉を継ぐ。
『この力は、私が授けうる力の中でも最も強大なものだ。我ら神や英雄、偉人と呼ばれる存在も、それぞれに好みがある。だから、気に入った人間にしか与えぬ力もあるのだ。――今回、セキネと語らえたこと、私は大いに満足している』
「こちらこそ。この世界で、これほど有意義な時間をご一緒できたこと……心より感謝いたします」
感無量の面持ちで、セキネ先生は深々と頭を下げた。
『ところで、そこの君……名は何という?』
ダーウィンの指先がおれを指す。
「わ、私ですか? ナミリと申します」
ダーウィンはじっとおれを見つめ、一呼吸置いたのち、どこか申し訳なさそうに言葉を続けた。
『ナミリ……。うむ、残念ながらお前には、これといった才能が見当たらぬな』
アンコールワットでも投げかけられた容赦ない言葉を、この楽園のガラパゴスで再び聞くことになろうとは――。思わず周囲を見回すと、カナミは笑いをこらえきれず肩を震わせ、ミレーユやサラスは「まさか、あのナミリさんが」という目でこちらを見ている。場の空気が一瞬にして恐ろしく気まずくなった。
「大丈夫。私は何となく気づいていたから、気にすることはないさ」
背中を軽く叩きながら、エレンは慰めのつもりで言葉をかけてくれる。
「剣の飲み込みも、カナミ殿のほうが早かったからな」
……ベルトウィンさんまで追い打ちをかけてくる。
『いや、すまぬ。実のところ、お前には『進化』の力の恩恵があまりなさそうでな。それどころか、才能に反して、すでに会得している神の力があまりに強大すぎる。これ以上の強化は望めぬようだ。――よほど高位の神から力を授かったのだろう』
「つまり……おれにとって『進化』の力は豚に真珠ってことですか……?」
涙目で尋ねるおれに、ダーウィンはきっぱりとうなずく。
『そういうことだ』
「ひどい……」
『まあ、話は最後まで聞け。あまりに不憫だから、別の力を与えよう。いつもは、『進化』ではなくこちらの力を与えている。――『観察』の力だ』
その言葉とともに、おれの体が淡い光に包まれる。
『この力は、セキネの『鑑定』とよく似ている。セキネの『鑑定』は対象を数値化して把握する力だが、『観察』は対象の特性を読み取り、得意分野や習熟度、さらには特別な力の詳細まで把握できる』
促されるまま、カナミに『観察』を試す。
――弓術:A 剣術:E 火魔法:E 魔道具:E
与一の弓:矢に魔力を込めることで威力を強化する
シャーラガ:弓の威力を強化し、射程を伸ばす
進化:能力と力の成長に補正がかかる
「おお、すごい! カナミの能力がはっきり分かるぞ」
「それで、わたしの何が分かったの?」
「スリーサイズとか、体重とか……」
さっきのお返しとばかりに軽口を叩いてみたら、思った以上に効いたらしい。顔を真っ赤にしたカナミが弓を振り回し、おれに容赦なくぶつけてくる……。
「冗談だよ! 神器を雑に振り回すな!」
「夫婦漫才はそのくらいにしておきましょうか」
さすが日本通のポールさん、さらりと場を収めてくれる。だが日本を知らない仲間たちは、夫婦漫才の意味が分からずポカンとした顔をしている。……どうかサラスが深追いして意味を聞いてきませんように。
『次に私とこの島々が姿を現すのは、数年先になるだろう。その時に訪れる人間も、お前たちのように知識豊かで賑やかな者であればよいのだがな』
「もう……お別れの時なのですか」
名残惜しげにセキネ先生が声をかけると、ダーウィンは静かに頷いた。
『ああ。だが今この島が消えれば、海の真上だ。早く船に戻るのだ』
おれたちは口々にダーウィンとの別れを惜しみながら、岸へと歩を進めた。ふと振り返ると、そこにダーウィンの姿はもうなく、ただ白い煙を悠然と噴き上げるラ・クンブラ火山が、静かに島を見下ろしていた。
エムフィビレの沿岸には、ガレオンとキャラベルが並んで停泊し、その壮観な光景に村人たちは息をのんでいた。ディオゴさんたち四人は「ここまで来たのだから」と、まずホルフィーナ王国を訪れ、その後の行き先を相談するつもりらしい。
帰路は、揺れが少ないからとカナミの強い希望でガレオンに乗せてもらったが、マクセンさんはどこか寂しげな表情を浮かべていた。
驚かされたのは、ディオゴさんが操る『操船』の力だった。マゼランから授かったというその力を発動すると、船は魔力によって自在に動き、帆も舵もまるで意志を持ったかのように勝手に動き出す。その光景は、まるで現代の自動運転を目の当たりにしているかのようだった。
マリヌスさんたちの引き留めに応じて一晩を過ごし、その後さらに一日半の行程を経て――ようやくおれたちはエムセルへと帰り着いた。家の前では、腕を組んで仁王立ちするクロスフォードさんの姿が待ち構えている。
それを見たカナミやベルトウィンさんは、「あとは任せた」と言わんばかりにディオゴさんたちを連れて、さっさと風呂へと消えていった。
一週間の予定で旅に出たはずが、実際は二十日以上。帰ってきたおれを待っていたのは、感動の再会でも労いの言葉でもなく――クロスフォードさんによる一時間以上の小言だった。




