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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第2章 エムセブルグ開拓記
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【046】研究者クラウゼ

 「おかしいですね。村人の病が癒えているじゃないですか」


突如口を開いた悪魔に、臨戦態勢を整えていたおれたちは一瞬呆気にとられ、思わず互いに目を見合わせる。


「今、あいつしゃべったよな?」


「うん。しゃべった……」


「悪魔ってしゃべれるんですか?」


ポールさんが小声で問いかけると、サラスは眉をひそめ、不安を隠せない表情で答えた。


「かなり高位の悪魔や鬼は人間と言葉を交わすことができる、という記録を見たことがあります。ただ、伝説上の存在と思っていましたが……」


ヒソヒソと会話するおれたちを見て、ほったらかしにされた悪魔が焦れたのか、身にまとう紫色の炎の勢いを増しつつ話を続けた。


「この村の病人を治療したのは、あなたたちですか? 白魔導士には治療できないよう、ウイルスにたっぷりと呪いの魔力を注ぎ込んだはずですが。それによく見ると、あなたたちのマスクはこの世のものではないですね。私たちの時代のものとも違う。……かなり後の時代のマスクですね」


その瞳はぎらりと光り、まるで研究者が興味深い資料を見つけたかのように、おれたちのマスクへと釘付けになる。


「ウイルスやマスクを知っているといことは、お前……あちら側の世界の記憶があるのか?」


おれの口から思わず漏れた問いに、悪魔は不気味な笑みを浮かべる。


「ええ、ご推察の通り、私には『地球』の記憶があります。地獄行きから逃れた罪人の成れの果てがこの醜悪な姿です」


悪魔が腕をこちらに向けた瞬間、紫炎が轟音とともに一直線に襲いかかってきた。だが、その炎はおれの展開した『保護の力』に触れた途端、吸い込まれるようにかき消される。


「……なるほど。すでに神か英雄の力を授かっているようですね。しかも、相当に上位の存在ですね」


独り言のように呟く悪魔。その油断を突き、カナミが矢を放つ。矢は寸分たがわず悪魔の胸元に直撃した。――だが、紫にきらめく魔力障壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。


「この距離ならアークジェネラルでも一撃なんだけど……。こいつ強い!」


カナミの表情に焦りが走る。矢が通じない――そう思ったのだろう。


だが、おれの直感は別だった。


あの悪魔が展開した魔力障壁は、以前アークロードが張ったそれに比べ、明らかに範囲が狭い。広域を覆う力ではなく、矢の軌道に合わせて局所的に圧縮した障壁を構築したのだ。つまり、カナミの矢を受け止めるためには、それほどまでに魔力を一点に集中させねばならなかったのだろう。


「こちらの矢もすごい力ですね。少し分が悪いかもしれませんね……」


そう口にしながらも、悪魔の動きはむしろ逆だった。紫炎の勢いを増し、数を増やし、雨のようにこちらへと放ってくる。そのすべてを『保護の力』で受け止めるが、このままではこちらの魔力が尽きてしまう。悪魔の魔力は、まるで底なしの海。果てを知らぬ波のように溢れ出し、対するおれたちの魔力など、ほんの一滴の雫にすぎない。


「そもそも、なんで地獄なんかに行くはめになったんだよ?」


流れるように到達する紫炎を受け止めながら、悪魔に問いかける。


「話し相手になってくれるんですか。ありがたいですね」


紫色の炎の波は、絶えることなくこちらに届く。感謝しているわりには、攻撃の勢いは一切落ちないんだな……。


「あの戦争を……未来の人間は『第二次世界大戦』と呼んでいるそうですね」


悪魔の低い声が、紫炎の轟音に混じりながらもはっきりと響く。


「あちら側では、私は医師でした。もっとも、臨床ではなく研究職の医師ですがね。戦争中に、軍から与えられた任務は、傷病兵の治療ではなく、細菌兵器の開発でした。軍の命令に逆らうことは許されず、ときには他国の捕虜で人体実験を行ったこともあります」


淡々とした口調が、かえって背筋を冷たくさせる。


「私が造り出した兵器は、いくつかの戦場で実際に使用されました。そして……その過程と結果として奪われた無数の命。それが、私に刻まれた罪なのです」


学校の授業や書籍で、第二次世界大戦中にも化学兵器や細菌兵器の研究が進められていたことは知っていた。日本でも戦争末期には同様の研究が行われていたと聞く。


だが、その研究に関わったと自ら語る者が、今まさに目の前にいるのだ。


同じ時を過ごしているはずの相手が、『地球』では別の時代を生きていた。その不思議を思った瞬間、セキネ先生の言葉が自然と思い出された。


「カナミ、単発じゃない、乱射でいけ!」


おれの声に応じ、カナミの弓から三本の矢が同時に放たれ、悪魔めがけて一直線に吸い込まれていく。さらに間を置かず、二度、三度と矢が連射される。矢はことごとく魔力障壁に阻まれ、肉体に届くことはなかったが、紫炎の攻撃はわずかに鈍った。


攻撃が緩んだ隙をついて、『保護の力』を緩め、『三眼の火(トリネートラ)』を放つ。矢を防ぐため局所に集中していた魔力障壁では受け止めきれず、悪魔の全身を聖なる炎が包み込んだ。


轟音の中に、低い呻きが混じる。だが、まだ致命には至らない。炎が収まると、そこに現れた悪魔は全身が焼けただれ、人間であれば即死して然るべき有様でありながら、なおも平然と口を開いた。


「すさまじい力ですね……一瞬、天国が垣間見えましたよ。もっとも、行く気はありませんが」


その言葉の終わりを待たず、カナミの放った矢が障壁をすり抜け、一射が悪魔の肩を貫いた。魔力障壁の展開も遅く、三眼の火のダメージが通っているのが分かる。


おれたちの後ろでは、サラスが魔力転移でおれたち二人に魔力を注ぎ込んでくれている。


ポールさんは、隙をみて上手く逃げてくれているみたいだな。


……しかし、どうにも張り詰めた空気を欠いた戦いだ。息を整えながら、思わず問いかける。


「なぁ、あんた、名前はあるのか?」


炎の影の中から返ってきた声は、妙に落ち着いていた。


「もちろん。私にはクラウゼという名があります」


その名を口にした瞬間、焦げた皮膚から立ち上る煙が、どこか薬品めいた匂いを放った気がした。研究者であると自称した言葉と相まって、不気味さが骨の奥にまで染みてくる。


「あなたの名も、聞いておきましょうか」


「……ナミリだ」


「東洋人のナミリ、なるほど。覚えておきますよ」


クラウゼは苦痛を感じているはずの体で、あざ笑うように口元を歪めた。


「私一人では、あなたたちには勝てそうにありませんからね。今日はここで退くとしましょう。ウイルスの効果も、だいたい把握できましたからね。もっとも……」


クラウゼは焼け爛れた手を軽く掲げ、紫炎をちらつかせた。


「私は研究者にすぎません。高位の悪魔の中では最弱の部類でしょう。しかし、次に出会う悪魔が、私のように会話を楽しむ相手だとは限りませんよ。その時は、逃げることをおすすめします」


煙の中にその姿が溶けていく。


「私は軍に強制されて兵器を開発しただけです。それをどう使おうが、それは私の責任ではありません。しかし、神は私を地獄行きと決めました。その裁定が本当に公平なものかどうか、あなたも考えてみてください」


クラウゼの最後の言葉が、途絶えたと同時にその姿は、完全にこの場から消え去っていた。


「なんなの、あいつ! ボロボロなのに最後まで上から目線で!」


カナミは、クラウゼを取り逃がしたことに腹を立てているようだが、おれはクラウゼの言葉が気にかかっていた。


次に出会う悪魔が、私のように会話を楽しむ相手だとは限りませんよ。


その言葉は、クラウゼのような、人の言葉を語る高位の悪魔が他に何体も存在することを示唆していた。



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