【044】鮮魚を求めて
「別にそこまで恩に感じてもらう必要はないよ。当たり前のことをしただけだから」
そう伝えても、サラスはこちらをまっすぐに見つめる瞳を揺らさない。むしろ、その決意はさらに固まったようだった。
「……魔導学院を卒業したら、お役に立てるよう必ずエムセルに駆けつけます」
力強い言葉に、生き込むというより誓いを立てているような気迫がこもっていた。
結局、この話は、風呂から戻ってきたポールさんがおれたちを見つけ、晩酌に合流したところでひとまず終了となった。
新鮮な魚が食べたいから、「早く漁村に行こう」とポールさんの圧が強く、「明日、クロスフォードさんに確認してOKがもらえたら行きましょうか」と答えておいた。
翌日、クロスフォードさんに相談してみると、「村の名物になるならぜひ」と快く承諾してくれた。そこで、漁村へ向かうメンバーをどうするか話し合う。
まず、おれとポールさんは確定で、他のメンバーにどうするか聞いてみる。
ベルトウィンさんとエレンは、ここでガイモンとトニーの稽古を見るからエムセルに残ると言い、ミレーユもロミの指導があるからと残留組を希望した。「その代わり荷物持ちにサラスを連れていっていいよ」とも言ってくれる。ミレーユは、節々でおれとサラスをくっつけようとしていないか?
カナミは「ナミリだけじゃ不安だから」と護衛役を買って出る。
「新鮮な魚が食べたいだけじゃないのか?」
おれの冷やかしに胸を張って「それもある」と答える。
セキネ先生は、開拓事業が安全に進むようにと、街のレーダー役として残る。グリズリーの一件以来、労働者が作業している間は、『解析』の力でモンスターが接近していないかずっと見張ってくれているのだ。
旅の準備は今日中に終え、明日の朝に出発することに決まった。
おれやカナミは準備する必要はないが、ポールさんは旅の間の食事をすべて引き受け、着々と仕込みを進めてくれている。
食堂では、ポールさんを料理長とし、料理人志望の村人三人が働いている。ポールさんが不在の間は手の込んだ料理こそ難しいが、一般的な料理ならポールさんがしたためたレシピ通りに調理できる体制が整っていた。将来、村が街と呼べる規模になった時には、三人を独立させ、それぞれに食事処を運営させるつもりだ。
翌朝、おれとカナミ、サラスとポールさんで南の漁村へと出発する。人数が四人で、しかもおれとサラスが、積み荷のすべてをアイテムボックスに保管しているから、全員馬車に乗って移動できる。これなら明日の昼には漁村に着くことができるだろう。
天気は快晴、途中モンスターに遭遇することもなくポールさんの料理を楽しみながら順調に行程を進める。
「今日はこのあたりで野営しようか」
漁村まであと二十キロの地点で、夜も更けてきたため、野営の準備を整えることにした。
「では、夕食を作りましょうか」
ポールさんの声に合わせて、まずはサラスがアイテムボックスから炭を取り出す。
「カナミ、出番だぞ」
おれが声をかけるより早く、カナミは火の魔道具を手に取り、小さな炎を起こして炭に火を移そうとした。しかし勢いが強すぎたのか、火柱が少し大きくなりすぎてしまう。
「魔道具に流す魔力をもう少し抑えて、炎をもっと小さくし、炭の表面をじんわりと炙るイメージをしてください」
サラスが落ち着いた声で助言を送る。
カナミは素直に頷き、炎を制御する。やがて炭にしっかりと火が回り、赤々と光を放ちはじめた。火力が安定したのを見計らい、ポールさんが手際よく炭の位置を調整し、いよいよ調理が始まる。
おれは、あらかじめ下処理を終えた豚肉をアイテムボックスから取り出し、ポールさんに手渡す。その豚肉に、卵を割りほぐしてたっぷりと絡め、さらにパン粉を丁寧にまぶしていく。
高温に熱した油へとそっと沈めると油がはじける音と香ばしい香りが一気に広がった。
きつね色に揚がったトンカツを取り出し、休ませてから厚切りにし、野菜と一緒にパンに挟めば、カツサンドの完成だ。
「でも、最初からカツサンドにしておいてアイテムボックスに入れておけば楽なんじゃないですか?」
カナミが素朴な疑問を口にする。ポールさんは包丁でカツを切り分けながら、笑顔で答える。
「確かにそうですが、調理中の香りも料理の一部なんですよ。旅の途中では簡素な食事が多くなりますから、せめてを五感で味わってもらえるように工夫しているんです」
「たしかに、この匂いだけでお腹が鳴りそう」
カナミの言葉に、おれとサラスも思わずうなずきながら、熱々のカツサンドにかぶりつく。サクッとした衣の食感に、口いっぱいへと広がる香ばしい肉汁で思わず頬が緩む。
そのとき、カナミがふいに顔を上げ、南の方角を指さした。
「あれ? 向こうから誰か来るよ」
闇に目を凝らすと、確かに二つの人影がこちらへと近づいてくる。背には大きな荷を背負い、行商人らしき様子だ。やがて焚火の明かりに照らされ、四十代ほどに見える男女の姿が浮かび上がる。二人は片手を高く掲げ、大きく手を振りながらこちらへ歩み寄ってきていた。
「火の明かりとあまりにもいい香りがしたんでつい近づいてしまったよ」
行商の男性がおれたちに声をかけてきたので、会釈する。ポールさんが「食材はたくさんあるのでよかったらどうです?」と行商の二人にカツサンドをすすめる。
「いいのかい? 旅の貴重な食糧を分けてもらうのはタブーなんだけどこの香りを嗅いでしまうと我慢できないよね」
市場で露店を出し、大きな声で呼び込みをしていそうな、生粋の行商人といった雰囲気の女性が、遠慮がちにカツサンドへとかぶりついた。
「口の中に油が広がって、これは絶品だね!」
「普段はエムセルの食堂で提供してるんです。もしエムセルに立ち寄られる機会があれば、ぜひ食堂にも足を運んでみてください」
ポールさんが営業トークを交えて食堂を紹介すると、行商人の二人は顔を曇らせる。
「あんたたち……エムセルから来たってことは、エムフィビレに向かっているのかい?」
「ええ。エムフィビレで鮮魚を仕入れられないか調査するために、これから向かう予定です」
エムセルの南にある漁村の名は、エムフィビレという。二人の話によれば、彼らはちょうど行商でエムフィビレに立ち寄り、エムセルを経由してさらにエムセブルグへと向かう途中なのだという。
「エムフィビレは今、酷い疫病で村全体が漁どころじゃなかったよ」
男性が口を重くして語りはじめる。わずか一週間ほど前から広がり出した病が、瞬く間に村を覆い、次々と人々を蝕んでいったという。高熱にうなされた末、呼吸困難に陥り、命を落とす者も少なくない。二人も危険を察して、慌てて村を後にしたのだ。
「今あの村に入れば、命を落としかねない。みんな若いんだから今回はやめておきな」
切実な警告を残し、行商人の二人は夜道を北へと進んでいった。焚火の明かりがその背を照らし、やがて闇に溶けて見えなくなる。残されたおれたちは、重苦しい沈黙の中で今後の方針について話し合った。
「魚の仕入れのためだけに、命を懸ける必要はないだろう」
ポールさんはそう言い、撤退を提案する。だが、カナミはきっぱりと首を横に振った。
「でも、エムフィビレで疫病が蔓延してるなら、放っておけばいずれエムセルにも広がるよ。なら、向こうで治療に当たったほうがいいと思う」
「でも、治療って言っても、白魔導士なんていないんですよ?」
サラスが不安を口にする。
「大丈夫。ナミリの『慈悲の力』なら、どんな怪我や病気にも効果があるはずだから」
カナミは迷いのない目でそう言い切った。その言葉に、サラスの顔がぱっと明るくなる。
「そうですね。ナミリさんがいてくだされば、きっと大丈夫です」
もちろん、心の中では不安もあった。サラスが大量にストックしているマナポーションがあるとはいえ、村全体の防疫に挑めば、果たしておれの魔力が持つのか。……だが、見殺しにするという選択肢はなかった。
こうしておれたちは、エムフィビレへ急行する決断を下した。




