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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第2章 エムセブルグ開拓記
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【043】慈悲の力

朝九時。二階の会議室に集まったのは、遺跡の存在を知る限られたメンバーだった。

今後の遺跡巡りについて、セキネ先生がホルフィーナ王国とその周辺国の地図を広げ、口を開く。


「現時点で把握している遺跡は二か所あります。まず一つ目は、ここから北東へおよそ八百キロメートル」


指先で示されたのは、カトレア共和国の領域だった。


「カトレアに入るのは難しいですね……」


ベルトウィンさんが眉をひそめる。

それも当然だった。十年ほど前、ホルフィーナ王国とカトレア共和国は魔鉱石資源をめぐって大規模な戦争を繰り広げ、いまも国交は断絶したままなのだ。


ベルトウィンさんの反応にうなずきつつ、セキネ先生は地図上の別の一点を指す。


「もうひとつの遺跡は、このあたりにあるとされています」


示された場所を見た瞬間、ミレーユが声を上げた。


「ちょっと待ってください。ここ、海の上じゃありませんか」


確かにその通りで、セキネ先生の指は、どう見ても地図上の海を差していた。

海のど真ん中に遺跡など、本当に存在するのだろうか……。


「伝説の大陸……アトランティス」


ポールさんがぼそりとつぶやいた。


「アトランティス?」


エレンやミレーユ、そしてベルトウィンさんまでもが一斉にポールさんへ視線を向ける。


「その可能性も否定はできません。しかし『地球』との接点を考えるなら、地球上に実在した記録のないアトランティスである可能性は、限りなく低いでしょう」


セキネ先生は冷静にそう断じたが、その横でポールさんは「アトランティスっていうのは……」とエレンたちに説明しており、どこか戸惑った様子を見せていた。


ちなみにアトランティスとは、古代ギリシアの哲学者プラトンが著作の中で語った伝説の大陸である。高度な文明を誇りながら、一夜にして海へと沈んだとされる幻の王国。その存在は長らく神話か史実かで議論されてきたが、実際には考古学者よりもオカルト界隈をにぎわせている題材だ。


「この位置なら、船で向かうことも不可能ではありませんね」


ベルトウィンさんの頭に浮かんでいる船は、おそらくマクセンさんのキャラベルだろう。キャラベルは大西洋を横断できるような船だから、セキネ先生が指し示した陸地から二百キロほど先の地点にも十分たどり着けるはずだ。


「ただ……船旅となると、それなりに費用がかかりますね」


「でも、ゴードウィン男爵にたくさん資金をもらってなかったっけ?」


カナミが何気なく口にすると、おれは首を横に振った。


「あれは街の拡張計画用の資金だからな。私的流用はダメだ」


「……そっか」


カナミは納得したように小さくうなずいた。その表情を見て、胸の奥でほっと息をつく。どうやら昨日の件は、彼女は気づかれていないらしい。


真面目な会議の最中だというのに、誰かにバレていないかと気になり、つい皆の様子を探ってしまう自分がいた。


「マクセンさんに船を出してもらうとすると、遺跡まで行って戻ってくるにはどれくらいの日数が必要かわかりますか?」


おれの質問にベルトウィンさんが、「航海のことは詳しくないが」と前置きしつつ答えてくれる。


「まず、エムセルの南の漁村の沿岸に船を停泊し、乗船するとして……。あらかじめ積み荷は準備しておいてもらえれば、漁村まで二日、目的地まで二日、探索に二日、帰路で四日で合計十日くらいを見込んでおけばよろしいかと」


村を離れる日数としては問題なさそうだ。資金さえ解決すれば何とかなりそうだな。


「申し訳ないのですが、ベルトウィンさんからマクセンさんに、この行程でどれくらいの費用で船を出してもらえるか問い合わせていただけないでしょうか?」


お安い御用ですと、ベルトウィンさんが手紙をしたためてくれた。



 遺跡巡りの会議が終わり、部屋を出たところでポールさんが声をかけてきた。


「さっきの話で思ったんだけど、南の漁村から魚を運べないかな? 活〆(いけじめ)にして氷漬けで運べば、かなり新鮮な状態で届けられると思うんだ」


「もしかして、刺身にできるってこと?」


この世界で刺身を食べたことは一度もなかったから、そもそも生で魚を食べる文化が存在しないのだと思い込んでいた。だが、もし刺身や寿司を提供できるなら、それは村の新しい名物になるかもしれない。


「鯛とかスズキみたいな白身魚なら、まったく問題なく刺身にできるよ。アジやイワシみたいな青魚は……さすがに難しいかな」


「いいですね。近いうちに漁村の視察に行きましょうか」


そう約束を交わすと、ポールさんは食堂へと降りていった。

おれもクロスフォードさんとの打ち合わせのため執務室へ向かう。


その途中、廊下でサラスとすれ違った。声をかけようとしたが、サラスは俯いたまま無言で通り過ぎていく。


(……ヤバい。もしかして、めちゃくちゃ嫌われてる?)


胸の奥に、なんとも言えない絶望感が広がる。引き留めていいのかもわからず、ただ焦りばかりが募ったまま、おれは執務室のドアを開けたーー。



 一日の仕事を終え、すでに営業を終えた静かな食堂で、ポールさんが取り置いてくれていた料理とワインでひとり晩酌を楽しんでいた。「後片づけは頼みますよ」と言い残して、ポールさんは風呂へと向かった。


しばらくすると、二階から誰かが降りて来る足音が聞こえ、そちらを見ると、そこに立っていたのはサラスだった。


「……座ってもいいですか?」


心の内は激しく動揺しながらも、平静を装って「どうぞ」と答える。おれは席を立ち、カウンターの中に入り、ワイングラスを一つ取り出してワインを注いだ。


二人でグラスを軽く合わせ、無言のまま口をつける。短い沈黙。ふいにサラスが小さな声で切り出した。


「昨日は……ごめんなさい。すごく酔っぱらっていて、あそこがナミリさんの部屋だって気づかなかったんです。でも……ナミリさんがベッドに入ってきたとき、驚いたけど……正直、すごく嬉しかったんです」


そう言うサラスの頬は、酒も飲んでいないのに真っ赤に染まっていた。その「嬉しかった」という一言に、おれも思わず息をのむ。気づけば、自分の顔まで熱くなっていた。


なんて言葉をかけようかと、言葉を探しているうちに、沈黙が訪れる。視線が自然と重なり、あわてておれはグラスに目を落とす。サラスも同じように目をそらしたのが分かり、心臓の鼓動が早まった。その沈黙は居心地の悪さではなく、甘く張り詰めた空気を生んでいた。


そんな甘い空気を振り払うように、サラスはふっと真剣な表情に戻り、重い口調で言葉を続けた。


「……ミルフォードでアークロードに右胸を貫かれたとき、あの瞬間、本当に、ここで死ぬんだって思いました。出血で意識が薄れていく中でも、兄さんが必死に傷口を押さえてくれているのを、途切れ途切れに覚えています。でも血は止まらず、体はどんどん冷えて……やがて周りが真っ暗になっていったんです」


そこまで語ったサラスは、先ほどまで頬を赤らめていた面影を失い、死を目前にした恐怖を思い出すように顔から生気を抜いていた。だが、次の瞬間、わずかに目元を緩める。


「……そのときです。闇の中に、すごく綺麗な光を見たんです。最初は『あの世』に呼ばれたのかと思いました。でも違いました。ナミリさんの『慈悲の力』が生み出す圧倒的な温かさ――あれが、私に陽の光のような幻を見せてくれたんだと思います」


サラスはまっすぐおれを見つめ、静かに言葉を結んだ。


「ナミリさんの慈悲を受けて……私は、この人に一生をかけてついていこうと決めたんです」


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