【041】西都大学・学園祭
宴会は夜更けまで賑わったが、そろそろお開きにしようということで、皆で片づけを手伝い、早々に解散となった。サラスとロミはすでに眠り込んでいたため、カナミとエレンがフローラさんとミレーユを風呂へと案内する。
離れに設けられた風呂は、旅館の大浴場のように広々としており、男湯と女湯に分かれている。エムセルの住人にも開放されていて、その代わりに掃除は村人が持ち回りで行う決まりになっている。
大きな街なら公衆浴場は珍しくないが、エムセルほどの規模で備えているのは極めて稀なことだった。
ちなみに、現在建設中のウッドウィンの宿には、各部屋の個別の風呂に加え、さらに大規模な浴場も建設中だ。街道を行き交う旅人に湯を提供しし、お金を落としてもらおうという魂胆だ。
男湯で一日の汚れを落としたおれは、まだ酔いの残る足取りで自室へと向かった。
(ちなみに、酩酊状態での入浴は大変危険だ。入浴前には必ず水分を補給するように!)
カーテンの閉じられた部屋は真っ暗で、何も見えない。もっとも、自分の部屋の家具の位置くらいは頭に入っている。扉を閉め、明かりをつけることもなく、そのままベッドへと身を滑り込ませた。
(んっ……!?)
布団の中が、妙に温かい。
そして――とても柔らかい何かに、手が触れた。
「えっ……? ナミリ……さん?」
その声を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。数拍ののち、ようやく思考が戻ってきた。
「……サラス?」
なぜサラスが、おれの部屋で寝ている? まさかエレンとミレーユが部屋を間違えたのか? いや、ミレーユはともかく、エレンがこんな間違いをするとは考えにくい。
「ご、ごめん! ここはおれの部屋だ。エレンが部屋を間違えたんだろう!」
慌ててベッドから飛び出そうとした瞬間、サラスの両腕がそっとおれの首に絡みつく。
「大丈夫ですよ……」
囁くような声。だが、完全に泥酔しているせいか、サラス自身は状況をまったく理解していないのかもしれない。
「おれが客間で寝るから、サラスはここで寝ていていいからな」
もう一度、ベッドから出ようとすると、サラスが何かをつぶやいた。
「睡眠魔法をかけました……。今日は一緒に寝てください……」
唇に何かが触れた感覚を残し、おれの意識が途切れた。
* *
「いや、あかんやろ! それは!」
大阪の自宅――自分の部屋のベッドで、おれは飛び起きた。
今日もカナミと会う約束をしているが……どんな顔をして会えばいいのだろう。いや、それ以上に問題なのは、次に向こうの世界で目を覚ましたときのことだ。
もしサラスが何も覚えていなかったら? 朝、隣におれが寝ているのを見て、彼女はいったい何と言うだろう。さらに、もし誰かに、おれとサラスが同じベッドで眠っているところを見られたら……。想像しただけで頭を抱えたくなる。
ダメだ。おれが先に起きて、誰にも見つからないうちに部屋を抜け出すしかない。
だが――睡眠魔法の効果って、いったいどれくらいで切れるんだ……?
西都大学のキャンパスは、寒さを感じさせないほどの学園祭の熱気に包まれていた。メインストリートには模擬店が軒を連ね、たこ焼きや焼きそばの香ばしいソースの匂いが漂っている。呼び込みの声と、祭りを楽しむ人々の笑い声が重なり合い、あたりは活気に満ちあふれていた。
「波離! 焼きそば食いたいから、ちょっと待っててや。二人もいるか?」
おれと、もう一人はすぐに「頼む!」とお願いした。
カナミは模擬店のスタッフとして参加していて、一日中おれの相手はできないと言われていたので、高校時代の友人・佐山秋彦を誘っていたのだ。
ところが、待ち合わせ場所に現れた秋彦は、一人の女性を連れてきていて、彼女だと紹介してくれた。
秋彦から受け取った焼きそばを、先におれへと手渡してくれたのが、秋彦の彼女・田辺由美さんだった。年齢はおれたちと同じ。
高校時代に野球部だった秋彦は大学でも野球を続けており、由美さんはそのチームのマネージャーを務めているらしい。
短髪で高身長、まさに「スポーツマン」といった体つきの秋彦に対し、由美さんは小柄でショートカット。対照的な二人だ。
(よりによって……少しサラスに似てるんだよな)
今晩、眠りについたあとの惨状を思い出し、頭が痛くなる。
「なんで彼女を連れて来る気になったん?」
「そら、波離に彼女がおって、おれにおらんかったら悲しいやん」
焼きそばを食べ終えたおれたちは、目的地へと向かう。
しばらく歩くと、目に留まったのは「団子屋」の模擬店だった。袴姿の女子たちが元気よく呼び込みや接客をしており、その中の一人がこちらに気づいて手を振る。
「ナミリ! こっちやで!」
もちろん、袴姿のその女性はカナミだ。弓道部が出しているこの団子屋は、京都でも名の知れた老舗和菓子店の団子や和菓子を、宇治抹茶と一緒に提供する人気の模擬店だった。
カナミの話によれば、その和菓子店の主人が弓道部のOBで、学際では毎年、特別に原価で仕入れさせてもらっているのだという。
「なぁ、波離さんよ。なんでお前の彼女、あんなにかわいいんや? ていうか、お前、ついこないだまで入院しとったんちゃうんか?」
「まあ、そのあたりは秘密や……。それより、紹介するわ。おれの彼女の――」
「余市華奈美です。よろしくお願いします!」
すでに近くまで来ていたカナミが、自分から笑顔で挨拶をした。
秋彦と由美さんもそれぞれ自己紹介を交わし、ひととおり顔合わせが済むと、四人で模擬店の座席に腰を下ろし、和菓子と抹茶のセットを注文した。
袴姿の店員さんが、テーブルに団子や和菓子を並べていく。ちらりとカナミの隣に座るおれを見てから、にやりと笑って尋ねた。
「カナミの彼氏?」
カナミは顔を赤らめつつ、小さくピースで答える。
そのやり取りを見ていた由美さんが、スマホを取り出し、画面をこちらに向けた。
「あの……これって、もしかして……」
表示されていたのは、何度も擦られてきた【美しすぎる〇〇選手】や【美しすぎる〇〇女子】といったフレーズで、【美しすぎる弓道女子】という記事が映し出されていた。
「んっ……これ、カナミじゃない?」
「やめてやーー! 恥ずかしすぎるって……!」
秋彦が由美さんのスマホを手に取り、画面に映る写真とカナミを見比べる。
「おれ、余市さん知ってるわ……というか、めちゃくちゃ有名やん。逆になんで波離は知らんの?」
(……こいつ、隠してたな)
視線を向けると、カナミは知らん顔を決め込んでいる。まぁいい。自分で記事を調べてやる。
おれはスマホを取り出し、【美しすぎる弓道女子】で検索してみた。すると、思っていた以上に記事がヒットする。ひとつタップして開いてみると――
三年前、高一でインターハイ個人優勝を果たした女子高生が、西都大学付属高校で起きた暴漢襲撃事件に巻き込まれ大けがを負う。一時は二度と弓を持てないと言われながらも奇跡の復活を遂げ、インカレ制覇を目指す――そんな“お涙頂戴”の記事が掲載されていた。
「……これって、プライバシーもクソもないやん」
「そやねん。おかげで普通に歩いてるだけで声かけられるんやから。それで髪の毛も染めたんやわ」
「それって……めっちゃ怖いね」
由美さんが同情のまなざしをカナミに向ける。そのカナミは、和菓子をさっと平らげると席を立ち、仕事へ戻っていった。
「もうすぐシフト終わるから、あとで一緒に回ろなー」
おれたちは弓道部の模擬店を後にし、しばらく学祭の出店を見て回った。そして、仕事を終えたカナミと、再び合流した。




