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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第2章 エムセブルグ開拓記
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【040】仕立て師フローラ

 ミレーユたちとの再会からそう間もなく、仕立て師のフローラさんがエムセルの我が家を訪ねてきた。ちょうど応接間に四人で集まっていたところだったので、皆そろって出迎えることにした。


「……すっごい美人」


カナミたち三人が思わず息を呑む。目の前に立つ女性に視線を奪われて離せないようだ。


長い紫の髪を後ろでひとつに束ね、その髪の色を映したような紫色の切れ長の瞳は、目が合った者を釘付けにする。背は高いが、華奢な体つきのせいか、近くに寄るまでその高さを意識させない。だが、しっかり見ると、その均整の取れた体つきと、抑えきれないほどの大人の魅力に圧倒される。派手ではないが、そこにいるだけでその場の人間を魅了してしまう。


「えっと……エムセルの総督を務めています、ナミリです。こちらはカナミ、ミレーユ、サラス」


おれの紹介に合わせて、三人も順に軽く頭を下げる。……なんだか、いつもより大人しい気がする。


「エミリアの紹介で参りました、フローラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


艶やかな声でそう告げながら、フローラさんは大事そうに抱えていた荷を差し出し、包んでいた布をゆっくりとほどいていった。姿を現したのは、柔らかな桃色の生地に、金糸で繊細な文様が刺しゅうされた、あちらの世界でいう浴衣に近い衣装だった。


「こちらは、エミリアが受けた注文を元に、カナミさんのお身体に合わせて仕立てた東方風の着物です。そして、こちらが帯になります」


フローラさんが取り出した帯は、彼女の髪色を思わせるような深い紫に、銀の刺しゅうが施された見事な一品だった。


「こちらの街で仕立て屋を開くにあたり、まずは私の腕前をご確認いただかなくてはなりませんからね。幸い、カナミさんもいらっしゃいますし……試しに羽織っていただきましょうか」


すでに目を輝かせていたカナミは、うれしそうに立ち上がり、フローラさんと一緒に隣の空室へと消えていった。


数分後――戻ってきたカナミの姿を目にした瞬間、ソファに座っていたミレーユとサラスが勢いよく立ち上がり、駆け寄って彼女の浴衣姿を隅々まで見つめる。


「カナミさん、とても綺麗です!」

「……かわいい……」


二人に褒められ、まんざらでもない様子のカナミは、くるりと一回転して浴衣姿を披露する。その姿を、羨望というより憧れに近い眼差しで見つめるミレーユとサラスを見て、思わず口をついて出た。


「この着物と同じものを、四人分……それぞれに似合う色で仕立ててもらえませんか?」


ミレーユとサラス、それにエレンとロミにも着せてあげたい――そんな気持ちだった。


フローラさんはにこやかにうなずき、

「もちろんです。開店の準備が整いましたら、最初のご注文はその四着で承りましょう」

と快く答えてくれた。



 食堂では、フローラさんと、ミレーユ、サラスの歓迎会が盛大に開かれていた。美女と美少女二人のお披露目とあって、普段以上に男たちの姿が多い。その中でもウッドウィンは、いつもお気に入りのカナミそっちのけで、フローラさんに夢中になり、終始そばを離れようとしない。


一方のミレーユはエレンの隣に腰掛け、普段は控えている酒に手を伸ばしていた。酔いが回った彼女は上機嫌で、エレンの片腕に自分の腕を絡ませて離さない。酒に強いエレンは平然としているが、ミレーユの妙に高いテンションに少し困惑気味だ。二人の容姿が似ていることもあり、まるで本当の姉妹のように見えた。


サラスはといえば、宴が始まってからずっとおれの右隣に座り、杯を重ねている。おれの左隣にはカナミがいて、三人で和やかに盛り上がっていた。ただ、小柄なサラスはすでに酔いが回っているようで、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほど顔を赤らめ、繰り返しこう口にした。


「ナミリさん……助けてくださって、本当にありがとうございます」


それは、ミルフォードでアークロードと戦った際に負った大怪我を癒したことへの礼だった。


 それから数十分後、すっかり酔いつぶれたサラスは、エレンとミレーユに両脇を支えられ、三階の客間へと運ばれていった。


空いたおれの右隣には、いつの間にかワイングラスを手にしたフローラさんが、静かに腰を下ろす。


気付いたカナミがすかさず着物のお礼を述べると、フローラさんはやわらかな笑みを浮かべ、「気に入っていただけて、何よりです」と穏やかに応じた。


グラスを傾ける仕草ひとつ取っても洗練されていて、自然と視線を奪われる。隣に座っただけで、ほのかに漂う香りや落ち着いた雰囲気が伝わってくる。カナミやエレンにはない大人の魅力だな……。


「エムセルに来てくださって、本当にありがとうございます。でも……フローラさんほどの方なら、正直なところ、こんな人口の少ない村よりも――いずれ街へと発展していくにしても――もっと大きな街で店を開くこともできたのではないですか?」


「それは、わたしも思いました」


カナミも同じ疑問を抱いていたようだ。これほど見事な服を仕立てられるのなら、どの街に行っても成功するに違いない――そう思わずにはいられない。


そんなおれたちの視線を受けながら、フローラさんは「買いかぶり過ぎですよ」と穏やかに微笑み、やがて静かに語り始めた。


「少し……恥ずかしい話になってしまうのですが、昨年、離婚をいたしまして独り身に戻ったのです。今年で三十になりますし、もう次のご縁もないだろうと、小さな店を構えておりました。


ところがその後、店を訪れる男性客から次々と『付き合ってほしい』『結婚してほしい』と申し込まれ……正直、少々うんざりしてしまって。極めつけは、その地方の貴族から『妾にならないか』とまで言われまして……」


そりゃ、これだけの美人を世の男たちが放っておくはずがない。フローラさん自身に自覚がないのか、それとも承知のうえでこう言っているのか……。


「その結果、街の女性たちから反感を買ってしまい、次第に商売が立ち行かなくなってしまったのです。いっそ街を離れ、どこか別の場所でやり直そうと旅に出た折、旧友のエミリアの店に立ち寄りまして……そのときに、エムセルの話を耳にしました。ここなら宿場町ですし、注文は旅人が中心。街の女性から反感を買う心配もないだろうと考えたのです」


ここまで語ると、フローラさんはふとワインを口に運んだ。


グラスが空になったことに気付き、おれはワインを注ごうとボトルを探したが、手元のテーブルには見当たらない。立ち上がって他の卓から取ってこようとしたその時、ちょうどポールさんが近づき、さりげなくフローラさんのグラスにワインを注ぎ足した。


「ご挨拶が遅れました。この店の料理長を務めております、ポールと申します。ナミリさんたちの旅の仲間でもあります。お料理は、お楽しみいただけていますでしょうか?」


にこやかにそう声をかけると、フローラさんも軽くグラスを持ち直し、微笑んで応じた。


「ありがとうございます。仕立て師のフローラと申します。こんなに素晴らしいお料理をいただけるなんて……それだけでも、この街に参ったかいがありました」


ポールさんとフローラさんのやり取りを眺めていると、不思議とこの食堂が一流レストランのような優雅な空間に思えてくる。

腕利きのシェフと麗しの美女――まるで一枚の絵画のように調和していて、しばし見とれてしまった。


「ところで、ナミリ……。フローラさんのことばっかり見て、わたしのこと忘れてない?」


「まあ、カナミさん。こんなに綺麗な方のことを忘れる男性なんて、いるはずありませんよ」


おれに冷たい視線を投げかけていたカナミだったが、フローラさんに「綺麗」と言われた途端、頬を赤らめながらもぱっと表情を明るくした。そんなふうに、さりげなく助け舟を出して場を和ませる――その気配りの自然さこそ、フローラさんの魅力なのだろう。


ほんとうに、良い人が来てくれた。明日から、さらに楽しい日々が始まりそうだ。


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