【039】ロミの家庭教師
森に入ったものの、肝心のグリズリーが一向に見つからない。セキネ先生がいれば『解析』の力でモンスターの位置を即座に把握できるのだが、今回は、おれたちが不在の状況を想定し、あえて先生抜きで討伐に挑むことにしていた。しかし、衛兵を鍛えると言っておきながら、こちらもモンスターを探して討伐するのは初めてで、ノウハウなど一切なかった。
「カナミ、お前ハンター登録してるだろ? モンスターの位置とか補足できないのか?」
「弓を使うからハンター登録しただけで、そういうスキルは持ってないから」
そんな会話を、三人の衛兵がやや呆れた表情で聞いている。
「なあ、ナミリ。一度村に戻って、村人も動員して網でも張った方が早いんじゃないか?」
そう提案してきたガイモンはエムセル村出身で、おれより年上だ。神の力を得る前、ただの村人だった頃から何度も助けてもらった仲でもある。少し抜けているところもあるが根は本当に良い奴で、総督としてではなく、これからも村の仲間として付き合っていくと二人で決めている。
「訓練が目的なら、それもありかもしれないな」
いったん村に戻って体制を整えるべきか。そんな考えが頭をよぎり始めたそのとき、ロミがぽつりとつぶやいた。
「少し、獣臭いです。風上にグリズリーがいるかもしれないです」
ロミの直感を信じて、風上へと歩を進める。木々は次第に密度を増し、晴れた昼間だというのに辺りは薄暗くなっていった。今この状況でモンスターに襲われたら危険だ。そう感じて警戒を強めながらさらに奥へ進む。そして、しばらく進んでいくと、茂みから大きな影が飛び出してきた。
「グリズリーよ! 気を付けて!」
エレンの叫びを合図に、全員が一斉に散開する。おれはというと、猛然と振り下ろされたグリズリーの爪をギリギリで避けたものの、そのまま尻もちをつき、その場にへたり込んでしまった。
グリズリーはおれの隙を逃さず、次の一撃で仕留めようと襲いかかってくる。慌てて『保護の力』で自分に防御結界を展開したものの、その結界に触れるより早く、ガイモンが体当たりでグリズリーを吹き飛ばした。体勢を崩したところへ、ロミの氷の魔導具が発動し、後ろ脚が瞬時に凍りつく。動きを封じられたグリズリーの首に、トニーの剣が見事な軌道で突き刺さった。剣をそのまま振り上げると、グリズリーは大きく仰け反り、その場で絶命した。
「これじゃ、モンスターが弱すぎて訓練にならないね……」
エレンのぼやきにロミが真顔で返す。
「いえ、今回はナミリ総督が囮になってくださったからであって、本来ならあそこまで上手くはいかないと思います」
「ロミちゃん、ナミリは本気で尻もちついてたと思うよ」
「ああ、それはおれも思う」
カナミとガイモンのツッコミに、エレンが腹を抱えて笑い出す。あぁ、おれには総督としての威厳が全然ないなぁ……。
エムセル村に戻ったおれたちは、労働者たちにグリズリー討伐を報告し、労働者たちから安堵の声が漏れる。今後しばらくは森林の伐採に衛兵三人が同行すると伝えると、歓声が上がった。
そして、労働者の皆さんにご苦労をかけたお詫びにと、ポールさんの料理を差し入れると、労働者たちが宿泊する簡易宿泊所は宴会状態となった。
おれたちもその輪に加わり、将来、街となるこの村が気に入ったら、ぜひ家族で移住して欲しいと声をかけて回った。多くの労働者は冗談として受けったようだが、何人かは本気で移住を考えてくれているようだ。
グリズリー討伐から三日。おれはエレン、そしてセキネ先生の三人で村の近くの森を巡り、先生の『解析』によって探知したモンスターを駆除しながら、労働者たちの安全確保に専念していた。
三日目の駆除作業を終えて村に戻ると、クロスフォードさんから「来客がお見えで、応接間でお待ちいただいています」と報告を受けた。
「きっと、エミリアさんから紹介してもらった仕立て師さんだよね」
カナミも仕立て師に会いたいと、おれに付いて来た。
日本では女子高生の彼女が、服やアクセサリーに興味を持つのは当然だし、あちらの世界でいうところの『ファッションデザイナー』である仕立て師に興味を抱くのも当然だ。
「すみません、外出していたもので大変お待たせいたしました……ってあれ??」
応接間のドアを開けると、そこにいたのは仕立て師ではなく、白と水色のローブをまとった二人の少女だった。ソファに腰かけているのは、ウィッチロード家の魔法使い、ミレーユさんとサラスさんだ。
「お久しぶりです! ナミリさん、カナミさん!」
同い年のカナミは、嬉しさを隠しきれず、二人に抱きついて再会を喜んでいる。
「でも、どうして二人がエムセルに??」
「はい。サミュエル様から、エムセル村の開拓に協力し、さらに遺跡巡りに同行して力を授かってくるようにと命じられたのです」
「遺跡の聖職者のおかげで、わたしとユミル兄さんの魔力量が増えたでしょう? あの増加が、普通なら何年も修練しないと得られない力だと分かって……。それで、ウィッチロード魔導学院が開校するまで、ここで修行してこいと……」
おれの疑問に、ミレーユさんとサラスさんが口々に答える。
「でも、サラスはサミュエル様に言われる前から、エムセルに来たがってましたよね?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
顔を赤くしてミレーユさんに詰め寄るサラスさん。その様子を見て、なぜかカナミがじっとおれに冷たい視線を送ってきた。
「も、もちろん、遺跡巡りに同行させていただくのは、タダではありません! サミュエル様からの贈り物もお持ちいたしました!」
慌てたサラスさんが空間魔法を使い、サミュエル様からの贈り物を取り出す。いくつかの魔導具と、大量のマナポーションだった。
「これはありがたい! 本当に助かります!」
おれは素直に喜んだが、その背後では――
ミレーユさんが「今、完全に話題を逸らしたわね」とニヤニヤ笑い、カナミは冷たい視線でおれとサラスさんを交互に見つめていた。
さっそく、二人には一つ仕事をお願いすることにした。内容は単純で明快――エムセル村の魔導士、ロミの指導役である。
ロミに二人を紹介すると、「ウィッチロード家の魔法使いから教えを受けるなんて恐れ多い」と固辞された。だが、今後エムセルで雇う魔法使いや魔導士の育成はロミに任せたい。そのために二人から教育のノウハウを学び、マニュアル化しておいてほしいと伝えると、ロミは半べそをかきながらも承諾してくれた。
「では、ミレーユさん、サラスさん、よろしくお願いします」
「あ、ナミリさん……それにカナミさんも。わたしたちに“さん”付けはいりませんよ。今日からは従業員と思ってください。それに、サラスもそのほうがきっと喜ぶと思います」
「えっ……そ、そんなこと……」
サラスさんが小声で抗議しつつも、どこか嬉しそうに頬を染めている。
「じゃあ、二人はわたしのことをカナミって呼んでね! 同い年なんだから、遠慮はいらないよ」
そう言って笑顔を向けるカナミに、ミレーユとサラスも顔を見合わせ、照れくさそうに微笑みを返した。応接間には和やかな空気が満ち、まるで長い付き合いの友人同士が再び集まったかのような雰囲気に包まれていった。




