【038】三人の衛兵
翌日、執務室に入ると、クロスフォードさんが一通の手紙を届けてくれた。差出人は、ミルフォードの仕立て師であるエミリアさんだ。ミルフォードを発つ際、カナミ用に三着の服の仕立てを依頼していたのだが、そのうち一着目が完成し、試着したところサイズがぴったりだったため、残り二着をエムセル村まで送ってもらうようお願いしていた。そしてパルミラ遺跡へと旅立つ少し前にその二着が無事届けられたので、感謝の言葉と、あるお願いを書き添えた手紙をこちらから送っていたのだ。
「エミリアさんから返事が来たんだ。何て書いてあったの?」
「ありがたいことに、腕の良い仕立て師を一人紹介してくれるってさ」
そもそも仕立て師を紹介してもらうのには理由がある。人口三百人ほどのエムセル村には、宿場町として必要な機能がほとんど備わっておらず、将来を見据えて宿泊施設や店舗、市場などを整備していく必要がある。なかでも仕立て屋の需要は大きい。旅の途中で破れてしまった服の修繕はもちろん、馬車の幌やテントの補修なども請け負ってもらわなければならない。
「この手紙を書く前にエムセル村を紹介したところ、「すぐに向かいます!」と言っていたので、手紙が届いてから数日で村を訪れると思います・・・だってさ」
「え? 思ったより早いね。まだお店の準備もできてないのに・・・」
まあ、しばらくの間はこの家の客間に泊まってもらって、生地や裁縫道具を揃えている間に空き家を改装すればいいだろう。これで宿泊施設と仕立て屋の目途は立ちそうだ。
ちなみに、宿泊施設については、ウッドウィンに支店を出してほしいと半ば強引に頼んだのだが、本人がすっかり乗り気になり、今はこの村に滞在している。開拓作業に従事する労働者向けの簡易宿泊所とは別に、「この村にワンランク上の旅館を作ってみせる」と言って、連日建築現場に足を運んでいる。
「鍛冶師と仕立て師の誘致は難しいと思っていましたが、これは運が良かったですね」
「そうですね。クロスフォードさん、やはり鍛冶師は見つからないですか?」
「ええ。鍛冶師に来てもらうには、どうしてもこの街の人口が少なすぎます。仕立て屋は飛び込みの客も期待できますが、鍛冶屋はその街の需要に大きく左右されますから」
すると、執務室でコーヒーを飲んでいたベルトウィンさんが「ああ、もしかすると心当たりがあるかもしれない」と言い、手紙をしたためてくれた。ベルトウィンさんの日本刀を打ってくれている鍛冶師には何人か弟子がいて、そのうちの一人を紹介してもらえないかと頼んでくれたのだ。
ベルトウィンさんに礼を述べると、さっそく手紙を送付することにした。この国では、伝馬制(馬を乗り継いで配達を行う制度)が採用されており、一日でおよそ50km先まで手紙を届けることができる。ベルトウィンさんが刀を打ってもらっている鍛冶師は、エムセブルグの街から北へ約100kmほど離れた街にいるため、返事が届くまでには、早くても一週間、普通に考えれば十日以上はかかるだろう。鍛冶屋については、あとは返事を待つだけとなった。残るは市場の他に、個別に店舗を構えた武器・防具店やアイテムショップ、魔導具店などがあれば、都市としての機能はひと通り揃うだろう。
クロスフォードさんと市場の拡張、そして道路の整備について話し合っている最中、森林伐採に従事している労働者が慌ただしく飛び込んできた。
「大変です、総督さん! グリズリーが出た! 負傷者が出ています!」
急ぎ現場に駆けつけると、労働者が三名、グリズリーの爪で深手を負って倒れていた。幸い命に別状はなさそうだ。おれはすぐに『慈悲の力』を使って治療を施す。傷口がみるみる塞がっていく様子に、周囲から驚きと感嘆の声が上がった。
「総督さん! あんたすごいな。この街なら病院なんていりませんね!」
そう、街に必要な施設の一つである病院については、当面おれの『慈悲の力』で何とかなるだろう。そもそもこの世界には医者という職業は存在せず、怪我や病気の治療は白魔導士が担っている。白魔導士の招へいについては、街の整備がひと段落した頃にでもサミュエルさんに相談してみようと思う。
「さて、グリズリーを討伐しに行くか。カナミ、ついて来てくれるか?」
「任せといて」
カナミが弓を背負って森へ向かおうとしたその時、エレンに制止された。
「ナミリ、ちょっと待て。あいつらの訓練にちょうどいいだろう」
しばらくすると、エレンが三人の衛兵を連れて戻って来た。エムセル村にはこれまで衛兵はいなかったが、街への発展に合わせて新たに衛兵を募集し、この三名を採用した。一般的に都市防衛のみを担当する衛兵であれば、人口百人につき一人が目安とされている。現在、エムセル村は人口約三百人ほどだ。そのため三名の衛兵を募集した。
一人目はガイモン。エムセル村生まれの自称「村一番の力自慢」で、身長185センチを超える大男だ。丸太を軽々と担ぎ上げる腕力の持ち主で、ナミリが総督として戻ってくるまでは、村の兄貴分として皆を引っ張っていた。正義感が強く面倒見も良いが、少し抜けているところもあり、エレンに剣の指導を受けた際には「女に負けるわけがない」と言い放って挑みかかり、あっさりボコボコにされていた。
二人目は剣士のトニー。均整の取れた体つきと無駄のない動きが印象的な青年で、幼い頃から剣術を学んできた実力者だ。本来はゴードウィン男爵に仕えることを志望してエムセブルグを訪れたのだが、男爵から「エムセルの衛兵をやってみないか」と勧められ、この地へやって来た。剣聖ベルトウィンに強い憧れを抱いており、男爵から「エムセルならベルトウィンの剣技を個別に教えてもらえるぞ」と言われたのが決め手だったらしい。
三人目は魔導士のロミ。この国では珍しい緑色の髪が印象的な少女で、氷系の魔導具の扱いを得意としている。性格は明るく人懐っこく、気がつけば場の空気を柔らかくしてしまうタイプだ。まだ十六歳ということもあり、カナミは「年下の女の子が来てくれた!」と大喜びで、すでに溺愛モードに入っている。ミルフォードの出身で、おれたちがミルフォードで見せた活躍・・・なかでもアークロードを打ち破った、おれとエレンの戦いに憧れて志願してきたと聞けば、そりゃ即採用だ。
セキネ先生の『鑑定』によれば、ロミの魔力値は28とのことだった。ウィッチロードの方々と比べると見劣りするが、実際のところあの人たちが異常なだけであって、ロミも十分に優秀な魔導士らしい。
そういえば、サミュエルさんの魔力値は182だったな。ユミルさんの話では「三日間魔法を使い続けても魔力が尽きなかった」らしく、あの人がどれだけ化け物なのか改めて思い知らされる。
そんなロミは、憧れの存在だと言っていたエレンに魔導具の使い方を教えるのが今の仕事になっている。パルミラ遺跡で授かった力によって、エレンの魔力値は8まで伸びていたため、せっかくなら魔導剣だけでなく簡単な魔導具も扱えるようにと、いろいろ試しているところだ。
ちなみにベルトウィンさんも魔力値が3に上がっていたのだが、魔導剣を使うつもりはなく、「いや、正直なところ、使い道がないですね」とぼやいていた。そこで皆で相談して、「水のネックレス」という魔導具をプレゼントすることにした。これは飲用にも使える水が生成できる魔導具で、魔力値1につきおよそ10リットルの水を作り出すことができる。飲み水としても使えるし、体を洗うこともできるので、ベルトウィンさんも「これは助かる」と喜んでくれた。
少し話が逸れてしまったが、おれとカナミとエレンの三人が、衛兵三人を引き連れグリズリー討伐に向かうことにした。




