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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第2章 エムセブルグ開拓記
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【036】古代都市パルミラ

 すっかり葉を落とした街路樹の並木を抜け、リハビリへと向かう。木枯らしが身を包み込み、冷たい空気が傷に染みわたる。経過は順調そのものだった。サミュエルさんから譲り受けたマナポーションのおかげで、当面はあちらの世界での魔力量を気にせずに済む。その余裕を頼みに、こちらの世界で『慈悲の力』を患部へ注ぎ、治癒を加速させていた。もっとも、この世界で扱える魔力はごくわずかで、ほんの短い治療だけで底をついてしまう。


 バス事故から二か月。リハビリの成果もあって、今では一人で歩けるまでに回復している。右腕の骨折もギプスが外れ、現在は筋力トレーニングを中心にリハビリを続けている。二週間に一度、大阪市内の総合病院で、怪我の治り具合とリハビリの経過を診てもらっている。


「素晴らしい結果ですね。今日で受診もリハビリも終了でかまいません。ただし、これからもストレッチと筋トレは継続してくださいね」


担当医師から全快を告げられたおれは、山本トレーナーに礼を述べて病院を後にした。別れ際、山本トレーナーは「あんなに献身的に支えてくれる彼女を見たのは初めてだよ。絶対に大切にしろよ」と、最後までカナミを絶賛していた。


 そのカナミはといえば、病院から電車で数駅先、北浜駅近くのカフェで待っていた。退院してからは、こうしてカフェやファミレスで顔を合わせるのが習慣になっている。惜しいことに、日本では二十歳未満はアルコールが禁じられているため、酒は我慢だ。あと半年で堂々と飲めるのに・・・と、カナミはいつもぼやいている。


「このカフェ、ケーキが美味しいって有名なんよ。前から一度来てみたかったんよね」


そう言いながら、カナミはケーキセットを注文する。おれも「同じので」とメニューを頼んだのだが、ケーキを同じものにしようとしたら、「シェアしたいから、別のケーキにしなさい」と、叱られてしまった。


カフェの横を流れる川は濁っていて、とても美しいとは言えない。だが、周囲を取り巻く高層オフィスビル群が陽光を受け、川面に反射する光と重なると、不思議と都会ならではの美しい景観が広がって見える。川沿いの道路には絶えず車が行き交い、その上を高速道路がビルの谷間を縫うように走る。そうした音や動きがカフェの中にほどよい雑踏をもたらし、普通に会話しても隣の席には聞こえない程度の心地よい賑わいになっていた。


「じゃあ、毎日『慈悲の力』で患部を治療してたんや。私の左手もそうやって治療してくれたら、もっと早く弓道に復帰できたんやけどなぁ」


「そうは言っても、魔力の消費量の割に全然回復せんから、気が遠くなる作業やで」


「わたしも、大会で矢に力を込めてみるけど、大会で必要な本数には全然足らんもんなぁ」


おれたちの知るカナミより二年後のカナミだから、魔力量も相当増えているだろう。それでも、こちらの世界では十射を超えると魔力が尽きてしまうらしい。


「で、無事に退院したわけやし、病室で母さんと鉢合わせすることもないから、彼女の振りも終わりやろ?」


「ん? ナミリ、わたしと別れたいん?」


アイスミルクティーのストローをくわえ、上目遣いでじっとこちらを見つめる。


「いや、そういうわけじゃないんやけど・・・」


「それやったら、このままでいいやん」


んー、カナミが何を考えているのかはよく分からない。でもきっと、カナミならこう言ってくれると期待して、質問したんだろうな。ちょっと卑怯だったかもしれない。


それから一時間ほど雑談を楽しんだ後、店を出る。


「今日はおれが払っとくわ」


そう言って、さっとレジを済ませる。


「あれ? 今日はどうしたん?」


「いやー、こっちもようやく『交易の門』が開いたんだ」


「あ、なるほど!」



 それは今から一週間ほど前のことだ。エムセブルグ領に戻ったおれたちは、領土拡張の手伝いとしてエムセル村を拠点に、東側の開拓事業に従事していた。事業開始から一か月ほど経ち、順調に進展していたため、以前から目をつけていた南東の遺跡へ向かうことにした。


エムセブルグの街のベルトウィンさんに、遺跡へ向かう旨を伝えると、ベルトウィンさんはエレンを伴っておれたちに合流した。


「馬車まで出していただいて、ありがとうございます」

「いえ、私も遺跡というものを一度見ておきたくてね」

「それに、また遺跡で力を授かるかもしれないなら、逃す手はないからな」


エレンが腰に差す、ユキヒラ作の名剣をポンと叩いた。


「エレン姉さん、新しい剣はどう?」

「ああ、この剣はすごいぞ。わずかな魔力で風の力を纏い、とてつもない切れ味になるんだ」


そう言って自慢げに剣を抜き放ち、カナミに見せている。


「だが、エレンよ。剣の力に頼るのではなく、自らの技量を頼りにしなければならんぞ」

「はい、師匠。肝に銘じておきます」


どうやら、ベルトウィンさんとエレンの師弟関係は、しっかりと築かれているようだ。旅の途中で出くわしたオーク三頭をエレン一人で片付けた際も、相手の攻撃を受け流し、敵の体勢を崩し、その力を利用して剣を払う・・・以前の強引さは消え、エレンの剣さばきは、ベルトウィンさんの戦い方に似通ってきている。


「わずか一か月で、動きがベルトウィン殿に似てきていますね」


セキネ先生の指摘に、エレンは恐縮しながら答える。


「これが、剣の心得のある相手だと、全然できないんですよ」


道中、ポールさんの料理を楽しみつつ遺跡へと進み、到着したのは出発から四日後だった。目の前には、広大な砂漠が広がっている。


「なんか、砂漠率、高くない?」

「でも今回は、オアシスっぽい感じですね」


カナミのぼやきに、ポールさんは慰めるように応えた。前回訪れたトンブクトゥの砂漠とは砂質が異なり、こちらの砂は粗く、灰色がかっていてところどころ小石が混じっているようだ。そして、ポールさんの言う通り、砂漠の向こうに見える遺跡の背後には、緑豊かなオアシスが広がっている。


「うーん、この遺跡はおそらくパルミラでしょうか。かなり古く、我々の世界でいうとおよそ1800年前の遺跡になります」


「セキネ殿のもう一つの世界では、そんな昔の遺跡の年代まで正確にわかるのですか。こちらの世界でも遺跡調査は行われますが、そこまで正確には把握できませんね」


「こちらの遺跡も非常に興味深いですね。機会があれば、ぜひ調査してみたいものです」


ベルトウィンさんが言う、こちらの遺跡に興味を引かれつつ、セキネ先生がパルミラについて解説を続ける。


「シリア砂漠の中央に位置する、古代都市パルミラは、シルクロードの中継拠点として紀元前一世紀から三世紀にかけて繁栄した都市です」


おれも知っている知識を総動員し、セキネ先生の解説に合わせて、シルクロードが何なのかをベルトウィンさんとエレンに説明する。


「パルミラは元々パルティア王国の支配下で発展し、その後ローマ帝国に帰属しました。三世紀半ば、ローマ帝国の内乱期を背景に、パルミラの事実上の王、オダエナトは形式上はローマに忠誠を誓いながらも、実質的にパルミラを独立国家のように運営しました。この時期、彼は隣国のペルシア・サーサーン朝による侵攻を防ぎ、捕らえられていたローマ皇帝バルビアヌスを解放するなど軍事的成功を収め、パルミラ王国は一時的に栄華を極めました」


「でも、繁栄したのは三世紀までなんですね」


「はい。ポールさんのおっしゃる通り、オダエナトの死後、彼の妻であるゼノビア女王がローマからの独立を図るも失敗し、街は最終的に破壊されてしまいました」


セキネ先生の解説を聞きながらおれたちは遺跡のある方へと歩みを進めた。


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