【035】エムセブルグへの帰還
頭が痛い。昨日は飲み過ぎた・・・。無礼講とはいえ、まさか王家の人間とあそこまで肩を並べて飲むことになるとは思ってもみなかった。
祝宴のためにポールさんが選んだメニューは、まさかの日本の居酒屋メニューだった。
ビールやワインに加え、ミランダ様が北方から取り寄せたというウイスキーまで卓に並び、唐揚げ、焼き鳥、ポテト、サラダ、チーズに生ハム・・・次から次へと料理が運ばれてきて、どれほどの品が食卓を埋め尽くしたのか、もう覚えていない。
宴会の終盤では、ミランダ様とエレン、そしてカナミが肩を組んで飲んでいたような気がする。それから、記憶が曖昧だが、サラスさんがずっとおれの隣にいて、そのせいかユミルさんの視線がやけに怖かったような気がする。さらに、カナミが冷え冷えとした目でこちらを見ていたような気もする。
一方で、セキネ先生はサミュエルさん、コラントさんと何か熱く語っていたな。学者肌の面々で盛り上がっていたんだろう。ミレーユさんは途中から席に加わったポールさんとずっと料理の話をしていたな。
そういえば、給仕に交じってベルトウィンさんが片付けをずっと手伝っていた気がする。いったい剣聖に何をやらせているんだか。
自分に『慈悲の力』を使うのはこれが初めてだ。使ってみると、二日酔いがみるみるうちに治まっていく。おれって、有能だよな。ありがとうございます、ヴィシュヌ様・・・。その後のことは言うまでもない。カナミやエレンがおれの部屋に入ってきて、当然のように『慈悲の力』を求めてきたのだった。
ミランダ様の執務室に集まると、二日酔いで真っ青な顔をした人たちが何人かいたので、ここでも『慈悲の力』が大活躍だ。『慈悲の力』を初体験したミランダ様は、やはりナミリとポールは、側近に是非欲しいと言っていた。
「それで、セキネ殿たちやエレンは、今後どうするつもりだ?」
ミランダ様が、おれたちの身の振り方を気遣うように問いかける。
「はい。まずはベルトウィンさんとともにエムセブルグに戻り、ゴードウィン男爵にご挨拶するつもりです」
セキネ先生が、おれたちを代表して答える。
「その後は、ナミリ君がしばらく村を離れているので、エムセルの村にも立ち寄ろうと思っております」
「そうか、ナミリはエムセルの出身か。ここからならそれほど遠くないし、両親に顔を見せて安心させてやるとよい」
「その後はぜひ、エムセブルグの街周辺の開拓事業に手を貸して欲しいものですな」
ベルトウィンさんの言葉に、「おれたちで力になれるなら」と返す。
「エレンはどうする? もし、次が決まっていないのなら、私の親衛隊に加わらないか?」
ミランダ様の勧誘に心が動くエレンだが、丁寧に辞退する。
「ありがとうございます。ミランダ様。しかし、今回の事でまだまだ自分は未熟だと痛感いたしました。実は、ベルトウィンさんへの弟子入りをお認めいただき、エムセブルグで剣の腕を磨こうと考えております。師匠から免許皆伝をいただいた際には、是非とも親衛隊に加えていただければと思います」
「それはよい。ベルトウィンの免許皆伝を得たなら親衛隊長で迎えてやるぞ」
そう言いながら、おもむろに一振の剣を取り出す。
「エレンには、私からこの剣を授ける」
ミランダ様はそう言い、剣を抜き放った。見るものを吸い寄せるような刀身、ガード部分には魔導の技術による精巧な細工が施されている。
「名匠にして、高名な魔導技師でもあるユキヒラの一振りだ。わずかな魔力を込めるだけで、凄まじい切れ味を発揮する魔導剣だ」
ユキヒラの剣を目にしたユミルさんの目が輝く。
「魔導剣の中でも最高峰の一品じゃないですか! わたしも長年探し求めていて、ぜひコレクションに加えたいと熱望している一品ですよ・・・。うらやましすぎる」
「ユミルも剣の腕を上げれば、私の秘蔵の一振りを授けてもよいぞ」
ユミルさんが剣を扱えないことを知っているのに、ミランダ様はいじわるなことを言うなあ。
「ダメです、ミランダ様! このような貴重な剣をいただくわけにはいきません」
「私は魔導剣が使えぬからな。それにこれは、エレンが私の親衛隊に加わるための手付だ。エレンが思っているより、対価は大きいかもしれんぞ」
恐縮するエレンに、ミランダ様はためらいなくユキヒラの一振りを手渡す。剣を手にしたエレンは、その美しい刀身に思わず見惚れているようだ。
「すまんな、カナミにも弓を授けようと考えたのだが、カナミの弓ほどの一品を持ち合わせておらんのだ」
「この弓は、過去の英雄から授かった『与一の弓』です。この弓より凄いものは多分この世にありません」
そう言って自慢げに『与一の弓』を掲げるカナミを見て、皆は笑顔になった。
出立の準備を整え、馬車に乗り込む。おれたちはサミュエルさんたちと共に、ミルフォードの街の東にある船着き場まで進み、マクセンさんのキャラベルでサウスポートまで同行することになっていた。
昼過ぎには船着き場に到着し、マクセンさんに出迎えられる。マクセンさんへの今回の報償として、ミランダ様から預かっていた金貨二百枚(二千万円)を手渡すと、あまりの額にマクセンさんは青ざめ、「おれたちは船で皆さんを運んで、少し戦闘に参加しただけなんですけどねぇ」と恐縮していたが、おれたちが、五等勲士に叙勲されたと聞くと、この金額も妥当かと納得したようだった。
ミルヴァリシア川を下る行程は、ミルフォードの街を目指した上りより圧倒的に早く一日でサウスポートに到着してしまった。
「では、我々はここから東を目指します。今回の体験は非常に有意義でした。今後の魔法研究に一石を投じる発見を学会で発表できないのは心残りですが、私の研究に新しい軸が加わりましたよ」
そういってチラチラとおれを見るサミュエルさん。おれの魔法を研究したいっていうのは、本気なんだろうな。
「それより、ウィッチロードにもぜひ遊びに来てくださいね。あと、ナミリさんやカナミさんには絶対、魔法の才能があります! 来年開校するウィッチロード魔法学院で魔法や魔導具を学べば二人とも一流の魔法使いや魔導士になれると思います!」
ミレーユさん、サラスさんがおれたちを魔導学院に誘ってくれる。二人とも来年から、ウィッチロード魔法学院に入学する予定だという。
「ちゃんと魔法を勉強するのもいいかもしれませんね。その時は特待生でお願いします」
冗談で言ってみたが、サミュエルさんは、「お二人なら私の推薦で特待生ですよ」と言ってくれた。
「特にサラスはナミリ殿と別れるのを嫌がっていましたからね」
その一言でカナミがすごく不機嫌になった気がするのは気のせいだろうか。
サウスポートの街で、ウィッチロード家の面々やマクセンさんと別れ、西へ向かう。今日はこのまま進み、ザムル翁が管理する宿場で一泊する予定だ。
出発前、サミュエルさんから当分の別れの餞別として、ありったけのマナポーションをいただいた。「ウィッチロードに戻ればいくらでも手に入るから」とのことだ。
エムセブルグへと続く林道を進むと、沈む夕日が真正面に広がっていた。林の木々が夕陽を遮り、道だけが赤く染まる。
アンコールワットでの出会い、ミルフォードでの戦い、トンブクトゥの探索――そのすべての旅路で、多くの人々と巡り会った。ウィッチロードの面々、マクセンさん、そしてミランダ様。
馬車の揺れに身を任せながら、ふとこの世界の美しさを噛みしめる。
多くの人達と出会った。こっちの世界もいいなと思いながら馬車の揺れに身をまかせる。
おれたちは、夕焼けに照らされた道を、さらに西へと進んだ。




