【034】王都からのご沙汰
「それで、結局のところお前たちは恋仲なのか?」
貴賓用の食卓では、海鮮をメインにしたイタリア料理のコースが供されていた。赤ワインを傾けながら、ミランダ様がさっきの話を蒸し返す。
「違いますって、ミランダ様。ナミリのことはいい人だとは思ってますけど、恋仲じゃありません。ずっと一緒にいたいってのは本心ですけどね」
カナミがきっぱりと否定する。・・・ここまでしっかり否定されると、こっちが振られたみたいじゃないか。
「そもそも、どうしてそんな話になったんです?」
「いや、サラスがね。二人の距離が近いから、恋仲なんじゃないかって気にしてたんだよ」
前菜のホタテのグリルとエビのカルパッチョを美味しそうに平らげていたユミルさんが、ワイングラスを手に取りながら理由を明かしてくれた。
「で、くじ引きで負けたミレーユが聞く役になったってわけだよ」
色黒で大柄なコラントさんは、すでに前菜を平らげ、次の料理を待っていた。ローブをまとっていない今の姿は、まるで歴戦の剣士のような風貌だ。酒にも強いらしく、ワインの進みも早い。
「だって、ナミリさんの変わった商品って、いつもカナミさんが喜びそうなものばかりだったから」
なるほど。サラスさんは、おれがカナミのために商品を用意していると思っているんだな。
たしかに、おれの商品・・・正確にはあちらの世界から持ち込む物は、カナミの喜ぶものが多い。けれどそれは、カナミ自身が選んでいるから当然のことなのだ。
「まぁ、ナミリさんは、これから振り向いてもらえるよう努力なさってくださいね」
苦笑いを浮かべつつ、ポールさんがミランダ様の前にアサリのリゾットを置いた。
「ほう、このリゾットは香りがいいな」
「ありがとうございます。こちらは『リゾット・アッラ・ミラネーゼ』と申しまして、香りづけにサフランを用いております」
ミランダ様に料理の説明を添えながら、ポールさんは空いていたグラスに赤ワインを注ぐ。
「それよりセキネ殿。サミュエルから大まかな話は聞いたが、そなたらの遺跡巡りについて、もう少し詳しく聞かせてもらえぬか」
エレンやユミルさん、サラスさんには、食卓を囲むこのメンバーに限り、遺跡の話をしてよいと伝えてある。
しばらくの間、セキネ先生の説明に、ミランダ様やベルトウィンさんたちは、興味深げに耳を傾けつつも、驚きを隠せない表情を浮かべていた。
「たしかに、その話が真実であれば、むやみに他言すべきではあるまい。特に異世界の神の力などという話が正教会の耳に入れば、問題になるだろう」
正教会とは、この世界に存在する宗教の一つで、唯一神ユリシスを信仰する宗派、『ユリシス教正教会』を指す。こちらの世界では、地域ごとに土着の信仰やユリシス教以外の宗教も数多く存在し、信仰自体は比較的おおらかに受け入れられている。だがユリシス教は一神教ゆえ、他の宗教を認めず、ときに他を迫害してきた歴史を持つのだった。
「にわかには信じがたい話ですが、ナミリ殿の魔法やカナミ殿の弓の威力を目の当たりにすると、信じざるを得ませんね」
「なにより、わたしたちは、実際に遺跡や異世界の聖人に触れていますからね」
ずっと腕を組んで考え込んでいるサミュエルさんに声をかけたのはユミルさんだ。
「今まで全く魔力を持たなかったこのわたしに、魔力が備わったのも紛れもない事実です」
そう続けたのはエレンだ。実際、ミルフォードの街へ戻る途中に試したところ、おれの魔導装飾を施したショートソードで、弱いながらも火の魔法剣を扱えるようになっていた。
「実は、みなさんにお渡ししたシャンプーなどの美容品は、『地球』の品をアイテムボックスに入れて持ち込んだものです」
それなら、今まで見たこともない品質の美容品にも納得だとミレーユさんがうなずく。
「この件は、私の預かりとし、他言を禁ずる。私も上奏はしないし、エムセブルグ男爵やウィッチロード男爵への報告も認めない。その代わり、セキネ殿たちには、有事の際には私の招集に応じて欲しい」
この話題に一区切りがつくころには、メインのオマールエビのグリルを食べ終え、デザートが運ばれていた。
翌日、ミランダ様に執務室へ呼び出された。王都からの使者が到着したというのだ。
おれたちはベルトウィンさんに伴われ、軍庁舎の執務室へと入る。
「おお、来たか。待っていたぞ。まぁ、そこに座れ」
すでにサミュエルさんをはじめ、ウィッチロード家の面々は集まっており、執務室のソファーに腰を下ろしていた。おれたちもその隣に座り、王都からの使者と紹介された三十代ほどの男性に視線を向ける。
王の言葉を伝える役目ゆえか、使者は純白の衣に金糸の刺繍を施した、いかにも威厳ある装いをまとっていた。
「では、使者殿、よろしく頼む」
ミランダ様に促され、一礼した使者は、鷹揚に文を取り出し、読み上げを始めた。
「まず、剣聖ベルトウィンの功績に対し、かねてより上奏されていたエムセブルグの街拡張のための森林伐採を許可する。あわせて、当該森林地帯と周辺の村々の領有を認め、これをエムセブルグ領とする。また、拡張費用として金貨一万枚(十億円)を下賜する」
「ありがとうございます。この沙汰を聞けば、ゴードウィンも飛び上がって喜ぶことでしょう」
ベルトウィンさんの本当に嬉しそうな表情を見ると、この処遇がいかに格別なものであるかが伝わってくる。
「続いて、ベルトウィンに随行した四名の勇士には、五等勲士を叙する」
「よかったな。叙勲されれば、貴族として多くの恩恵を受けられる。詳しいことは、あとで教えてやろう」
ミランダ様の満ち足りた表情を見るかぎり、この待遇は相当なものなのだろう。後に使者殿から聞いた話では、才色兼備で王都でも英雄として名を馳せるミランダ様は、王からも溺愛されているらしい。そのため、今回の窮地を救ったおれたちに男爵位を与えると王が言い出し、慌てて側近たちが諫めたのだという。
ちなみにこの国では、五等勲士から一等勲士が一般的な貴族階級で、その上に男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵と爵位が続いていく。男爵以上は、国土の一部の領有が認められている。また、一介の市民が五等勲士にまで叙せられるのはきわめて難しく、よほどの功績を立てた者が、年に数人選ばれるかどうかといったところだ。
「続いて、サミュエルおよびウィッチロード家の功績に対し、かねてより上奏されていた王都での魔法学院の開設を許可する。学院の名称は『ウィッチロード魔法学院』とし、これを正式に認める。さらに、王立図書館とその隣接地を貸与し、学院の建設は国が行うものとする。あわせて運営費の補助として金貨一万枚(十億円)を下賜する。ただし、王立図書館は荒廃しているため、その復興に尽力すること」
「まさか、王都での学院開設をお許しいただけるうえ、ウィッチロードの名を冠することまで認めていただけるとは・・・。すぐにでもウィッチロード男爵にご報告申し上げます」
サミュエルさんも満足げな表情を浮かべている。今回の沙汰は、どうやら相当な大盤振る舞いらしい。
「今日は盛大に祝宴だ。ポールにはすでに差配を任せてある。今宵は無礼講で楽しむぞ!」
「ありがとうございます。でも、ポールさんばかりに働かせてしまって、少し気が引けますね」
「気にするな。ポールには十分すぎるほど給金を払っておるからな」
エレンの小さな呟きに、ミランダ様は気負いなくそう答えた。




