【032】ナミリ、リハビリを開始する
おれたちはミルフォードの中心街へ戻るべく馬車を進めていたが、帰路の途中で日が暮れてしまった。そこで往路と同じように、穀倉地帯の開けた場所にテントを張り、野営することにした。今夜もポールさんが食事を用意してくれ、メニューはカツレツにパン、そしてサラダ。夕食を囲みながら、話題は自然と、セキネ先生に測定してもらった魔力値のことへと移っていった。
「ナミリさんの魔力値が思ったより小さかったから、セキネ先生が測定してくれた魔力値は、つまり『魔力の総量』を示すものだと思うんだ」
魔力値とは何なのかを考察するユミルさんは、このメンバーの中で断トツの一位、82を記録していた。一方のおれは58で、三番目の順位だった。
「魔力を語るときに大事なのは、容量・出力・回復力、この三つの視点で考えることです」
サラスさんがそう解説する。彼女とユミルさんは、魔法研究で名高いウィッチロード家の出身で、魔力に関する知識も豊富だ。ちなみにサラスさんの魔力値は68で、ユミルさんに次ぐ二位だった。少しふくれっ面で「やっぱり兄さんより少ないか」とぼやく姿が、なんだか印象的だった。
「たとえば、ナミリさんがエレンさんに渡した魔力の剣ですが、あの剣から放たれた雷は二発でナミリさんの魔力を使い切ってしまいました。つまり、雷一発あたりの消費はおよそ二十程度と考えられます」
たしかに、あれはシディ・ヤヒヤ様に魔力を底上げしてもらう前の話だから、一発二十という計算は妥当だろう。
「これってすごいことでして、ユミル兄さんが魔力値82あったとしても、四発で魔力を使い切るような魔法は撃てません」
「ああ。おれは魔法を放つ、つまり出力するのが苦手で、もっぱら魔導具に頼っているからな」
「つまり、魔力量では劣っても、最大火力という点ではナミリさんが圧倒的に上、ということになりますね」
「あとは魔力の回復力も重要だ。たとえば魔力が100の人と50の人がいて、それぞれ全回復に二十四時間と十二時間かかるとしよう。この場合、一日に使える魔力量は同じになる」
どうやら、セキネ先生の『解析』で分かるのは魔力容量だけらしい。
「これから遺跡巡りを続ければ、この能力も成長するかもしれませんね。そうすれば、いずれ出力や回復力、魔力に関係のない腕力や敏捷性なんかも数値化できる日が来るかもしれませんね」
そんな今後の成長が期待されるセキネ先生は、魔力値26で七人中五番目。本人いわく、『解析』や『鑑定』は魔力を使っている感覚がほとんどなく、長時間使っても疲れないという。つまり、どちらも極めて低出力で扱える魔法なのだろう。
ちなみに、セキネ先生とおれの間・・・四番目だったのはカナミで、魔力値は46。『与一の弓』や『シャーラガ』の力を付与した弓で矢を放つと、以前は三十発ほどで魔力切れを起こしていたが、今では四十発以上撃てるようになっているはずだ。
そして、最下位とブービー賞はエレンとポールさんで、エレンの魔力値が5、ポールさんが10だった。
二人ともこれまで魔力をまったく感じたことがなく、当然魔法も使えないため、「魔力が上がってもなぁ」とぼやいていた。だが、ユミルさんによれば、魔力さえ身につけば魔導具が扱えるようになり、魔導の力を込めた剣で魔法剣を放ったり、魔導の調理具を使えるようになるという。
その話を聞いた途端、二人のテンションは一気に急上昇中である。
「魔導の剣ならおれが何本かコレクションしてるんで、今度お貸ししますよ。是非試してみてください」
「ああ、ユミルさん、感謝します」
「調理用の魔導具は持っていませんが、ウィッチロードなら調理用の魔導具や魔導剣もいいものが手に入るので是非一度立ち寄ってください」
ちゃっかり、ウィッチロードの魔導具を宣伝するあたり、ユミルさんもしっかりしているなぁ。
しばらく、魔力について語り合ったが、夜も更けてきたためそれぞれテントに入り眠りについた。
目を開くと、そこはいつも通り、高層ビルに囲まれた病院の一室だった。入院から約一か月が経ち、今日から本格的なリハビリがスタートする。リハビリルームまで車椅子で移動しているのだが、車椅子を押してくれているのは、父でも母でもなく、カナミである。
「カナミって、もしかして暇なん?」
「わざわざ、時間を作って来てやってるんでしょうが。感謝してほしいわ」
リハビリはまず、ベッドから車椅子へ、そして車椅子からベッドへ戻るという基本動作の確認から始まる。もっとも、この動作はすでに問題なくできていて、かなり前からトイレにも一人で行けるようになっていた。(トイレに行けない時期も、さすがに下の世話までカナミに頼んだことはないのであしからず)
今日のリハビリはストレッチが中心だ。寝たきりだった間に固くなった筋肉や関節をほぐし、全体の可動域を取り戻すことが目的である。
「彼女さんも、こちらで補助の仕方を覚えておいてください。そうすれば、自室でもストレッチができますからね」
おれの場合、まだ右腕の骨折部分のギプスが外れていないため、自分の腕で足を引っ張るようなストレッチは難しい。結果として、誰かに足を伸ばしてもらわなければストレッチができない状態なのだ。
「やばい! 痛い! 痛い!」
「痛いのは伸びてる証拠だから。我慢、我慢」
痛みに顔をゆがめるおれを見て、二十代前半くらいに見える男性トレーナーとカナミが、笑いをこらえきれず爆笑している。
「ごついおっさんにストレッチされるより、かわいい女の子のほうが嬉しいでしょ。むしろ羨ましいですよ」
「山本さん、かわいい女の子って・・・。めっちゃ嬉しいこと言いますねー」
男性トレーナーは山本さんというらしい。いかにもスポーツ経験豊富といった雰囲気のイケメントレーナーと、誰もが振り返る美人のカナミ。その二人に囲まれていると、全身ボロボロの自分がなんだか惨めに思えてくる。
リハビリは三十分ほどで終わり、病室のベッドの上で胡坐をかき、背筋を伸ばしてカナミと向かい合って座る。この姿勢自体が、寝たきりで衰えた体幹のリハビリになるらしい。
「修行僧みたいやな・・・」
「これ、見た目よりキツいんやで。それより大学は休みなん?」
「午後は休講やねん。せやから、しゃーなしで来てるんやろ」
ポールさんと出会い、旅に同行するようになったことを話すと、「ポールさんの料理おいしいよね!」とスマホに返信があり、その流れで「ナミリじゃ扱いきれない調味料」をどっさり買ってきてくれた。
「これ、毎回買ってきてもらってるけど、お金は大丈夫なん? 後でごそっと取り立てとかやめてやー」
「そこは心配せんでいいよ。あちらで得た資金をこちらに持ち込むスキームはばっちりやから!」
「えっ、そうなん? そんなんあるんやったら教えといてや」
「そこは自分たちで見つけてください。いずれ分かるはずやから」
こちらのカナミは、あちらでの出来事を一切話そうとしない。一方で、必要なタイミングを見計らったように、ぴたりと的確な差し入れを持ってきてくれる。話さない理由は、「未来を知ってしまうと、本来の流れが変わってしまうのが怖いから」だという。
「それなら、ありがたく受け取っとくわ。次はいつ来てくれるん?」
「なんや、ナミリ。わたしが来るんが楽しみなんやろ。安心し、明日も来るから」
そんなことない、と口にしかけて、やめた。実際、かなり楽しみにしている自分がいるのを認めぜるを得なかったからだ。代わりに視線をそらしながら、小さな声で「ありがと」とつぶやいた。




