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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
30/59

【030】伝説の都市トンブクトゥ

 地面が割れ、砂塵をまき散らしながら現れた、蛇なのかミミズなのかよく分からない巨大な生き物が、一直線にセキネ先生へと襲い掛かる。間一髪、『保護の力』が間に合い、赤い透明な膜が衝撃を受け止める。


「気を付けて! サンドワームよ!」


エレンがそう叫びながら、抜き放った剣を斬り上げ、5メートルはありそうな巨大なモンスターを斬り上げる。傷は付けたが致命傷にはならない。


「サラス、水の魔導具を出してくれ!」

「言うと思ったからもう出してるよ」


サラスさんが差し出した、水色の魔石が添えつけられた杖をユミルさんが受け取る。杖をサンドワームに向けると、杖の先端から水流が噴き出し、あっという間にサンドワームの体を水浸しにする。全身を叩きつけ、のたうち回ったサンドワームは、甲高い咆哮を上げながら土煙を巻き上げ、地中深くへと逃げ去っていった。


「いやぁ、みなさん、本当に助かりました。まさか地上で下から襲われるなんて、思ってもみませんでした」

ずれた眼鏡を指先で直しながら、セキネ先生は珍しくバツの悪そうな顔をしている。


「セキネ先生、地下も探知できそう?」

「はい、大丈夫です。距離は短いですが、半径二百メートル程度なら探知可能です。先ほどのサンドワームは、もう我々から離れていっていますね」

「それなら安心だね」


カナミが放とうとしていた矢を「爪楊枝入れ」に戻し、一行は和やかな空気のまま先へ足を進めた。


「いや、ちょっと待ってください! あんなモンスターが遺跡に出るんですか!?」


振り返ると、ポールさんが顔面蒼白でその場に立ち尽くしていた。


「ああーー、今のはちょっとヤバめのモンスターだったね。いつもはもうちょっと小柄なモンスターが多いかな」

「いつもいるんですね・・・」

「まぁ、危なかったらさっきみたいにナミリが防御結界を張ってくれるから多分大丈夫!」


カナミがポールさんの肩をポンっと叩き、先へと歩き出した。



 砂漠を少し進むと、俺たちの目の前に日干しレンガでできた建物が広がる広大な都市が現れた。建物はどれも低く、ほとんどが平屋か二階建てだ。日干しレンガの色は砂漠の砂とほとんど同じ色合いで、まるで単色の世界がそこに広がっている。


「この建物、丸太が壁から突き出てるよ」

「その丸太は、屋根の修繕などを行う際の足場として使われるんですよ」

サラスさんのつぶやきにセキネ先生が答えた。


「屋根に上ってみましょうか。尖塔がいくつも見えるはずです。そのうちの一つが、今回の目的地である可能性が高いです」


屋根に上ると、都市全体に点在するいくつもの尖塔が目に入った。


「セキネ先生、この尖塔、全部調べるんですか?」

おれは最悪のケースを想像して半泣きになった。


「いえいえ、あそこに四角い塔が見えますよね? あれがおそらく『サンコーレ・モスク』です。サンコーレ・モスクはサンコーレ大学の象徴的なモスクで、今回目指すべき場所は、おそらくサンコーレ大学だと思われます」


「はい! セキネ先生、質問があります! この遺跡は私たちの世界のものではないそうですが、どうして先生はそんなに遺跡に詳しいんですか?」


手を挙げたのはサラスさんだった。確かに、この世界の人間にとって、異世界の遺跡や建築物の名称まで熟知しているのは不思議で仕方ないだろう。


「信じてもらえないかもしれませんが、私やナミリ君、カナミ君、それに新たに加わったポールさんは、異世界・・・我々は『地球』と呼んでいますが、こちらの世界で眠っている間は『地球』の人間として活動しています。そして向こう側で眠ると、またこちらの人間として活動を始める・・・。なので、我々は長らく、『眠っている』という感覚をほとんど味わったことがありません。私は、あちらの世界では遺跡調査などを専門とする学者なので遺跡やその歴史には少しばかり造詣があります」


「そんな話、信じろと言われても無理があるけど、実際に遺跡を見てしまったからなぁ」

そう言って、ユミルさんが首をかしげている。


「先生、でも、このトンブクトゥって遺跡はわたしは初耳です」


「たしかに以前、訪れたアンコールワットに比べると知名度は劣りますからね」


「そもそも、なんで伝説の都市なの?」


「このトンブクトゥという都市は、ヨーロッパから見ると、アフリカ・サハラ砂漠の最奥部に位置し、長らく到達すら困難な都市でした。しかし十四世紀、当時トンブクトゥを領有していたマリ帝国の王、マンサ・ムーサがイスラム教の聖地メッカを巡礼した際、大量の金をばらまいたことで『黄金の都市・トンブクトゥ』の噂だけは、遠くヨーロッパにまで広まったのです」


おれやカナミの質問にも饒舌に答えるセキネ先生。これは完全にスイッチが入ってしまったかもしれない。そんな心配をよそに、先生は熱っぽく話を続ける。


「そのマンサ・ムーサが建立したのが、あそこに見える大きな尖塔で、ジンガリベリ・モスクです。もっとも、今我々が目にしている建物は、十六世紀後半、宗教指導者アル・アキブによって再建されたものですね。このモスクは、トンブクトゥの象徴的な存在とされています」


指さす方に視線を向けると、縦長の台形をしたサンコーレ・モスクの横に、丸く尖った・・・そう、鉛筆の先のような形をした塔がそびえていた。泥の壁からは無数の丸太が突き出し、独特の威容を放っている。あれがジンガリベリ・モスクなのだろう。


「サンコーレ・モスクを建てたのも、同じくアル・アキブです。彼はその北側に、マドラサと呼ばれるイスラム神学校を複数集めた教育の場を築きました。それらを総称して『サンコーレ大学』と呼ぶのです。さぁ、サンコーレ・モスクに向かいましょう」



 土壁の建物の間を抜け、サンコーレ・モスクへと向かう途中、大型犬サイズのモンスターに何度か襲われたが、おれたちに近づく前に、カナミの矢で射倒されている。


「静かな場所ですね。実際に『地球』という世界の遺跡も同じなんですか?」

「いえ、あちらのトンブクトゥには人が住んでいるので賑やかだと思いますよ」

「賑やかな街が見たかったなぁ」


エレンが先頭を歩きながら、日干しレンガの建物をのぞき込んだり、壁に手を触れたりしている。


「ホルフィーナ王国には砂漠地帯がないので、珍しいですよね」

「南の大陸には砂漠があると、サミュエル様がおっしゃっていましたね」


ユミルさんとサラスさんも、興味深そうに建物を見回していた。


「この不思議な文字、何て書いてあるんですか?」


「すみません、この文字は、向こう側で私たちが使っている言語じゃないので、読めないんです」


そう答えると、サラスさんが目を丸くし、聞き返した。


「『地球』には複数の言語があるんですか? 違う言葉の人とは、どうやって話すんです?」


「んー、どちらかが相手の言語を覚えるか、両方がより広く使われている言語を覚えて、その言葉で話しますね」


「全く違う言葉を何個も覚えるなんて、考えただけでゾッとしますね」


「そうなんですよ。おれも英語っていう、母国語とは違う言語を勉強したんですが・・・どうにも苦手で、さっぱり使えるようにはなりませんでした」


「日本人って不思議ですよね。あれだけ難しい言葉を話すのに、他の言語は苦手ですもんね」


「ポールさんは、日本で生活して、日本語を覚えたんでしょ? 尊敬しますよ・・・」


「でもさすがに、漢字はほとんど読めませんよ」


「ダメだ、全く分からない単語ばっかりだ。それを聞いていると異世界を信じそうな自分がいるよ」


ポールさんとおれの会話を聞いて、ユミルさんがため息をついている。



 「さぁ、着きましたよ。ここがサンコーレ・モスクです」


アンコールワットを最初に見てしまったから小さく見えたが、五階建てのマンションくらいの高さのモスクは近くから見るとやはり壮観だった。


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