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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【003】異世界転生ものはあるんです!

 遺跡に転がる石の中から、腰掛けるのにほどよい大きさのものを三つ選び、並べて腰を下ろす。外の陽はすでに傾き、窓から差し込む光も頼りなく弱まっていく。薄暗い遺跡の内部は、静かに闇へと沈み込もうとしていた。


「ナミリ君は『地球』ではどこの国の出身ですか? 見たところ、東洋人のようですね」


そう。おれの容姿はこの人たちと同じく、黒い髪に黒い瞳だ。もっとも、この世界では髪や瞳、肌の色に遺伝的な法則はなく、金色の髪を持つ両親からでも、赤や緑の髪や瞳を持つ子が生まれるのは珍しくない。


「日本の大阪です……」


そう告げると、カナミという名の少女が勢いよく立ち上がり、先生と呼ばれていた男も驚きの表情でこちらを見つめてきた。


「もしかして……日本人!?」


二人が同時に問いかける。その様子を見て、そういえばこの人たちも日本人だったと思い出し、「あなたたちも日本の人なんですよね」と口にしてみる。だが、おれの問いは完全に無視され、なぜか二人は心底嬉しそうに喜び合っていた。


「ついに三人目の日本人を見つけましたね……これは感無量です!」


しかし、本来ならこの世界の自分と地球の自分の意識が混ざり合っていることについて説明してくれるはずだったのに――日本人だと告げた途端、その話はすっかり中断されてしまった。まぁ、ここはお互いの自己紹介も兼ねてこの話題にしばらく付き合うか……。


「カナミさんは日本の高校生で弓道部、セキネ先生は考古学者……大学の教授さんですか?」


おれの問いかけに答える前に、カナミがじっとこちらを見つめて言った。

「さん付けはいりません。呼び捨てで大丈夫。多分、年下だし」


……確かに、高校生なら大学生の自分より年下だ。


「じゃあ、カナミでいいかな」

「いや、カナミンでお願いします!」


「…………」


おれとセキネ先生の沈黙が重なり、すでに日が落ちて薄暗くなった遺跡の中を、さらに居心地悪く感じさせる。


「学校では、みんなわたしのことカナミンって呼んでるんだけどなぁ……」


ごめんな、カナミ。さすがに女子高生ノリにはついていけない……。


「そろそろ、話を戻しましょうか」


セキネ先生が、緩んだ空気をなんとか締め直そうとしてくれた。


「先生、難しい話より2025年の大阪の話が聞きたいんだけど。万博ってやっぱ全然お客さん来ないの?とか」


そういえば、2023年頃には「大阪で万博を開く意味はあるのか?」とか、「東京オリンピックの二の舞になったらどうするんだ」と、否定的な声が多かったものだ。まさか今になって、あの奇妙なデザインのマスコットキャラクターが大人気だなんて言っても、2023年の日本人なら誰も信じてはくれないだろう。


「大阪万博? 連日大盛況で、人でいっぱいだよ」


「えっ、そうなの? ネガティブな話ばかり耳にしてたから、ちょっと意外だな」


せっかくセキネ先生が緩んだ空気を締めようとしてくれたのに、結局うまくいかなかった。話はまるでまとまらない。――さすが女子高生。空気を読まないことにかけては、天才的な世代だ。


「カナミ君。あまり未来のことは軽々しく話さないようにしましょう。私はね、カナミ君がポロリと口にした“恐ろしい未来”を誰にも打ち明けられず、ずっと悩んでいるんですから……」


「恐ろしい未来??」

いくつか心当たりはあるが、いったいどの話だろう……。そう首をひねっていると、カナミが小声でおれにささやいた。


「先生ね、野球の横浜ファンなんだけど……“優勝した記憶が一切ない”って言っちゃったの」


……ああ、平和なやつだ。だが、たしか横浜は1998年に優勝しているはず。これはカナミの記憶違いだな。セキネ先生、来年きっと歓喜の瞬間に立ち会えるぞ。ただ――その後、2024年までは二度と訪れないことは、黙っておいたほうがいい。


「カナミ君。そろそろ、『表裏一体(ひょうりいったい)の現象』について説明してもよろしいでしょうか」


「できれば、おれもセキネ先生の話が聞きたいです」


「もう少し、日本の話が聞きたかったなーー」


そう言いながら、カナミが少し離れた位置に腰掛けると、セキネ先生が『表裏一体の現象』について話し始めた。


「日本人ならヒョウリイッタイと聞けば漢字は分かりますよね」


(おもて)(うら)(ひと)つの(からだ)であっていますか?」


セキネ先生が、コクリとうなずき、次の言葉を続ける。


「その通りです。先程も申し上げた通り、この世界の人間と地球の人間の意識が繋がり、混ざりあってしまう現象が確認されています。この世界のナミリさんと地球のナミリさんが混ざってしまったのが、その現象です。……ところで、ナミリさんというのは苗字でしょうか?」


「苗字は波離。名前は隆守――タカモリです」


「おっ、西郷さんと同じ名前ですか」

「いえ、西郷隆盛とは漢字が違いますよ」


この名前のせいで、中学時代のあだ名は「せごどん」だったっけ……。


「失礼。何分、考古学者という職業柄、歴史も好きなもので」


セキネ先生が恐縮したように笑う。そこへ、いかにも「退屈です」と言わんばかりにカナミが割って入った。


「で、ナミリは何歳なの?」

「二十歳。大学生ですよ」

「やっぱり年上なんだ。わたしは十七歳だよ。あと、年下だから本当にタメ口で大丈夫」


この会話を広げてしまうと、また話が発散すると思ったのか、セキネ先生が『表裏一体の現象』について説明を続ける。


「私は、この世界の地理調査や歴史調査を行っているのですが、この世界は、地球とは全く異なる地形で、歴史も異なる世界です。ただ分かっているのは、一度生死の境を経験した人間だけが、この世界と地球側の世界で意識を共有することが出来るようになることがある、ということです」


「よく分からないんですが、いわゆる異世界転生ですか?」

「異世界転生……ですか」


そう呟くと「ハァっ」とため息をつくセキネ先生。


「ね。異世界転生ジャンルあるでしょ?」


対照的に何故か嬉しそうなカナミ。


「あれですよね。現世では引きこもりの主人公が、事故にあって亡くなると、異世界に転生して『ちーと』する小説とかアニメのことですよね?」


「そうそう。設定が安易、とか言って信じてくれませんでしたよね。異世界に転生してチートするのは2020年代では鉄板ジャンルなんですから」


1997年には異世界転生ものは無かったよな。たしか『逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ』のフレーズが有名なロボット?アニメとかがその世代のはず……ってまた話が逸れている。


「話を戻すと、異世界ではありますが、転生はしていません。向こう側の私たちも生きていますから。正確に定義するなら転生ではなく、異世界転移ですね。それも、こちらのナミリ君は、『地球』に転移し、『地球』のナミリ君は、この世界に転移する。それを眠るたびに交互に繰り返しているのです」


前振りが長くなってしまったが、やっとのことでセキネ先生は「表裏一体の現象」について話はじめてくれた。

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