【029】穀倉地帯の砂漠
結局、前日の話し合いでは結論が出ず、とりあえず三人には同行してもらい、遺跡を発見した段階で彼らにどう見えているのかを確かめ、そのうえで話を切り出すことにした。
大量の悪魔との戦いを終え、改めて地図を確認したセキネ先生は、すでに感知済みの遺跡以外にも、いくつか新たな気配を感じ取っていた。やはり、悪しき者やモンスターを討伐するほど遺跡の存在に気付けるという仮説は正しいらしい。
ここから最も近い遺跡は、当初発見していたものになるため、おれたちはミルフォード南東を目指すことになった。
ミランダ様の好意で馬車を二台貸してもらえたので、全員が馬車で移動できる。出発の準備を進めていると、商人ギルドに『一つ星シェフ』の申請に行っていたポールさんが戻ってきた。
「いやー、ミランダ様の推薦状はすごいですね。他の申請を後回しにして、すぐに処理してくれましたよ。今日から私は『一つ星シェフ』を名乗れます。――ほら、この通り」
そう言って左肩を見せたポールさんの上腕には、『食材鑑定士』と『一つ星シェフ』の刺繍が施された腕章が輝いていた。
この資格証明の腕章は、ギルド登録証を近づけると光を放つように作られている。腕章や登録証には、ギルドのみが所有を許される暗号化魔導具の魔法が施されており、互いを近づければ光る仕組みだ。つまり、ギルド登録証があれば偽造品を一目で見破れるのである。
ミルフォードの街を出発し、馬車に揺られて数時間。窓の外には、黄金色の穀倉地帯がどこまでも広がっている。風が通り過ぎるたび、穂先がゆるやかに波打ち、夕陽を受けて柔らかな光を返していた。遠くでは、納屋の屋根が赤く染まり、かすかな牛の鳴き声が風に乗って届く。気がつけば、日が地平線に沈もうとしている。
まだ悪魔が潜んでいるかもしれないと心配してついてきたエレンたちも、あまりに穏やかな旅路に肩透かしを食らったような顔をしている。台風一過、嵐が去った後の方が、かえって穏やかになるのかもしれない。
穀倉地帯の開けた一角にテントを張り、アイテムボックスから新鮮な鶏肉と色鮮やかな野菜、掘りたてのジャガイモ、それに焼きたての香りが残るパンを取り出す。
ポールさんが手際よく調理し、香ばしい照り焼きチキンを挟んだハンバーガーに、揚げたてのポテトと彩り豊かなサラダが添えられる。それが、今日の晩飯となった。
「この鶏肉のタレ、イールの蒲焼のタレを使っているんですか? とても美味しいです」
「イールの蒲焼だって? イールなんて、おいしく食べられるのか?」
イールの蒲焼を食べたことがあるサラスさんに、ユミルさんが半信半疑の視線を向ける。
「よく気づきましたね。これはイールの蒲焼のタレに、少しスパイスを加えて辛口に仕上げたものです。ユミルさんとエレンさんにも、今度ぜひイールの蒲焼をご馳走しますよ」
「イールなんて食べようと思ったことはないなぁ。それにしても、このチキンをパンで挟んだものも、シンプルだけど、本当に美味しいですね。ついて来て良かったーー」
ん? エレンさん、もしかしてポールさんの食事目当てで付いて来たんじゃないですよね?
「でも、ナミリさんのアイテムボックスは本当に不思議だな。保管中の時間が止まるってどんな魔法をつかってるんだ?」
「んー、これは説明が難しいんですよね。別の魔法を組み合わせているというか・・・」
魔法研究に熱心なウィッチロード家のポールさんとサラスさんは、興味津々でおれの魔法について質問を投げかけてくる。しかし、どう答えていいのか分からない。もしおれたちの素性や遺跡のことを話せれば、二人にとってもっと有意義な答えを返せるのだろうか。
翌日、馬車でしばらく進むと、水に恵まれたミルフォード穀倉地帯の一角とは思えない砂漠が広がっていた。その先、熱気に揺らめく地平線の向こうに、低く連なる土色の家並みが浮かび上がる。厚みのある日干しレンガの建物は、ミルフォードの木造家屋とはまるで異なる趣をたたえ、ここが確かに遺跡であることを静かに告げていた。
「なんなの、この砂漠と見慣れない建物は・・・」
エレンが呟く。その呟きにセキネ先生とカナミ、それにおれが一斉に、「あれが見えるの?!」と問いかける。
「何を言ってるんだ、見えているに決まってるだろう。ミルフォードにこんな砂地は無いはずだ。一体これは何なんだ?」
「この先に見える建物も、この国のものじゃありませんよね・・・」
どうやらユミルさんもサラスさんも、遺跡が見えているらしい。・・・なぜだ?
遺跡は本来、『表裏一体の現象』を経験しなければ見えないはずだ。三人とも、地球側との意識を共有し始めているのか?
だが、セキネ先生の推定では、この世界で『表裏一体の現象』を経験する人間は、数万人に一人いるかいないかの割合だと聞いている。ここにいる三人が好都合にも、『表裏一体の現象』を経験しているとは考えづらい。
「もしかすると我々と行動していると、遺跡が見えるのかもしれませんね」
「遺跡? セキネ先生、この辺りに遺跡なんかないはずです。一体どうなっているのか教えてください」
エレンたちの問にセキネ先生が答える。
「これから、信じがたい話をします。信じるかどうかは、皆さんにお任せします。まず、ナミリ君やカナミ君が強力な魔法や弓を扱えるのは、神や過去の英雄から力を授かっているからです。ただし、その神や英雄はこの世界の存在ではありません。異世界の神や英雄です。
この世界には、異世界とつながる『接点』が点在しています。我々の旅の目的は、その接点を訪れること。そして、今見えている遺跡群こそが、その接点の一つです。
私たちがこの先へ踏み込めば、あなた方には、私たちが一時的に消えたように見えるかもしれません。その間、私たちはこの世界と異世界の狭間にいると思ってください。しばらくすれば戻ってこられます。
ただ、あなた方にも遺跡が見えているということは、共に遺跡へ踏み込める可能性があります。その結果がどうなるかは誰にも分かりません。ですから、この先に進むなら、それなりの覚悟を持ってください」
ユミルさんとサラスさんが、互いに目を合わせる。
「おれたちはナミリさんに恩を受けた身だ。護衛を買って出ておいて、ここでビビって行きませんってわけにはいきませんよ」
「もちろん私も行くぞ。先生たちと行動すると、いつも新しい発見があるからな」
エレンも含め、どうやら全員が付いてくるつもりらしい。何事も起こらなければいいのだが。
「あの中にはモンスターが生息している可能性が高いので、気を付けてくださいね」
「モンスターがいるなら、わたしが前衛に立ちます」
こうしてエレンを先頭に、おれたちは砂漠地帯へと足を踏み入れた。
ミルフォード穀倉地帯の固い土とは違い、踏みしめるたびに足が砂に沈み、サラサラと粒が舞い散った。熱を帯びた風が頬をかすめ、遠くの景色は陽炎のように揺らめいている。どうやら遺跡は姿を現すだけでなく、その土地本来の気候まで呼び出すらしい。
「先生、この遺跡は何か分かる?」
カナミの問にセキネ先生がやや興奮気味に答える。
「この遺跡は、『伝説の都市トンブクトゥ』で間違いありません。アフリカ・マリ共和国北部、サハラ砂漠南縁に位置する歴史的遺構です。残念ながら、マリは現在治安が極めて悪く、日本の外務省も渡航中止や禁止を勧告しているほどで、私自身もこれまで一度も訪れたことはありません。だからこそ、今回の調査は本当に楽しみですね」
ウキウキと足取り軽く先を行くセキネ先生。
「ちょっと先生! モンスターがいるかもしれないんですから、気を付けてください!」
「心配無用です。私は『解析』の力で水平方向360度、さらに上空までも常に監視していますから」
エレンの忠告に、自信満々で答えたその直後、先生の目の前の地面が大きく波打ち、砂を割って巨大な蛇が地中から躍り出た。




