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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
28/59

【028】フルコースでおもてなし

 軍庁舎の貴賓用食卓には、エムセブルグの五名とウィッチロードの五名、そしてミランダ様が並んで座っていた。ナミリが腕利きの料理人を連れてきたと聞き、興味を示されたミランダ様がぜひ味わってみたいと望まれ、その結果、共に食事をすることになったのだ。


「それでは、始めさせていただきます。本日は仔羊をテーマに、コース料理をご用意いたしました」


グラスにワインが注がれ、まず小皿が運ばれる。


「まずはアミューズでございます。仔羊のリエットをタルトレットに仕立てました」

ひと口含むと、タルトレットのサクッとした歯ごたえののち、仔羊の豊かな旨みが舌いっぱいに広がり、そこへ重なるようにハーブの爽やかな香りが肉の味わいを引き立てる。


「次は冷前菜です。じっくりと低温で火を通し、やわらかく仕上げた仔羊のロース(背中のあたりの肉)と、ほんのり甘く酸味のあるビーツのマリネ。香り豊かなオリーブオイルと、爽やかな柑橘をきかせたドレッシングが全体を引き立てます」

仔羊のやわらかな旨みが口いっぱいに広がり、ビーツの甘酸っぱさとオリーブオイルの香り、柑橘の爽やかさが全体をすっきりとまとめ、見事に調和する。


「こんなに美味しい料理は初めてだわ・・・」

「しかも盛り付けも本当に美しくて、食べるのがもったいないくらいだね」

ミレーユさんとサラスさんが感嘆の声を漏らした。ミランダ様も深くうなずいている。


「まだまだご用意しておりますので、お楽しみに」


給仕が次の皿を並べる。


「こちらは、仔羊の旨味を閉じ込めたスープでございます。香草とともにお召し上がりください」


「透き通ったスープだが、味わいが実に濃厚ですな。香草も実にいいアクセントになっていますね」

スプーンを口に運び、飲み終えたベルトウィンさんがふぅっと息を吐く。


「ウィッチロードじゃ、こんな料理絶対食べられないな」

「そうだな。今日はナミリさんに付いて来て大正解だ」

コラントさんとユミルさんはスープを一気に飲み干している。


「次は魚料理でございます。スズキと、仔羊の骨から取ったジュをお楽しみください」

淡白なスズキの身と、爽やかな仔羊の風味が見事に調和し、これがメイン料理と言われても違和感のない一皿だ。これまでの濃厚な仔羊の味わいをリセットし、食事の流れに爽やかな変化をもたらしてくれる。


「ジュって、何なんですか?」

「ジュとは、肉を焼いたフライパンに液体を加え、残った旨味や焦げを溶かし込み、煮詰めて作るソースです。今回はワインを使い、仔羊の骨を煮出して調理しました」

エレンの疑問にポールさんが丁寧に説明してくれる。


「仔羊の骨も余さず使うんですね。料理って奥が深いなぁ」

ポールさんの説明にカナミもうんうんと唸っている。


「それでは、メイン料理の仔羊のパイ包み焼きをご用意いたしました。ハーブとマッシュルームのデュクセルを詰めた仔羊ロースを生地で包み、赤ワインソースを添えております。冷前菜と同じくロースですが、風味の違いをぜひお楽しみください」

口に含むと、パイ生地の中からじゅわっと肉汁があふれ出す。爽やかな冷前菜のロースとは異なり、仔羊の深い味わいが存分に引き出されている。


「同じ仔羊のロースを使いながら、全く別の嗜好を楽しませてくれるとは。なんとも、おもしろい趣向ですね」

サミュエルさんが、微笑みながらワイングラスを傾ける。


「デザートは、ミントとレモンのシャーベットです。本日は肉料理がメインでしたから、こちらでお口をさっぱりと整えてください」

ひと匙口に含むと、ミントの清涼感とレモンの爽やかな酸味が一気に広がり、重く濃厚だった仔羊の余韻がすっと消えていく。今日の料理の〆にふさわしいデザートだ。


「これだけ見事なコース料理を提供できる料理人が私たちと一緒に旅をしてくれるというのは、明日からが楽しみで仕方ないですね」


「うむ、実に素晴らしい料理だった。王宮でもこれほどの腕を持つ料理人は数えるほどしかおらん。私の専属シェフに迎えたいほどだ」


どうやらミランダ様も大いに満足されたようだ。冗談めかしてセキネ先生に、ポールを譲ってほしいとまで言っている。まさか、この世界でこれほど完成されたコース料理を味わえる日が来るとは思わなかった。


「ポール、貴様は『食材鑑定士』と聞いたが、調理師として商人ギルドには登録しておらぬのか?」


「はい。長らく食材の販売を生業としておりましたため、調理師としての登録はしておりません」


「それならば、今日の料理の礼として、王族権限で『一つ星シェフ』の推薦状を用意しよう。ポールなら二つ星や三つ星がふさわしいかもしれぬが、いきなり一つ星を飛ばすのは認められておらぬからな」


「とんでもない、『一つ星シェフ』でも身に余る光栄です。格別のお心遣い、誠にありがとうございます」


フランスの三ツ星レストランで副料理長まで上り詰め、その後は世界各地の料理を研究し、最後には日本の料亭で修行を積んだポールさんなら、この世界でも三ツ星の称号を得ていても不思議ではない。もっとも、こちらの世界でも料理を星で格付けしているのは、おそらく過去に地球と意識を共有した料理人がいたからなのだろう。


ここでミランダ様が話題を変える。


「ところで、ベルトウィン殿、サミュエル殿。今回の皆様のお働きに報いるべく、王都へ使者を送っております。王都からの沙汰が届くまで、ミルフォードでごゆるりとお過ごしいただきたいのですが、よろしいでしょうか」


「我々はもともと王都へ向かうつもりでしたので、まったく問題ございません」

サミュエルさんとベルトウィンさんが一度目を合わせ、そう答えた。


「もし日程に余裕があるようでしたら、私たちは数日ほど街を離れようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、王都からの沙汰は少なくとも一週間はかかると思うから、かまわないぞ」

ミランダ様がセキネ先生に応える。


「しかし、街を離れて何をするつもりだ?」

「私は、冒険者ギルドに地理学者で登録しているため、この地の地理調査を行いたいと考えております」

「なるほどなぁ。しかし、詳細な地図なら軍で所持しているから、それを特別に見せても構わないぞ」

「ありがとうございます。是非そちらも参考にさせていただければと。しかし、学者という生き方は、やはり自分の目で確かめてみたい生き物なのです」


近くに遺跡があるから――とは口が裂けても言えず、地理調査という名目で街を離れることにした。ところが、ここで思わぬ事態に直面する。エレン、ユミルさん、サラスさんの三人が、どうしても同行したいと言い張るのだ。しかも、この申し出を断る理由がまったくない。三人とも、おれたちの護衛を買って出てくれたのだから。少しだけ考える時間をもらい、軍庁舎に用意してもらっているセキネ先生の部屋に集まった。


「言っても信じてもらえないと思うけど・・・言ったら何か問題あるのかな?」

「そうですね・・・。実は、この世界の古文書を調べると、『表裏一体の現象』についての記録が多く見つかるんです。突然、今まで持っていなかった力に目覚めた騎士の伝説や、ある日、信じられない魔法を操るようになった大魔導士の話。ほかにも、見たこともない建築様式で次々と木造の屋敷を建てる建築家の逸話や、神業のような腕を持つ外科医の記録もあります。今でも使われているケガの後の感染症を防ぐ薬を作り出した人物がその外科医だとか・・・」


──いや、最後のやつ、どう考えても江戸時代にタイムスリップした外科医のドラマやんか。


「それってあのドラマだよね」

カナミも同じことを思ったようだ。


「いや、セキネ先生の時代(1997年)にはまだ無いし」

「あっ、そっか」

「ていうか、カナミがあのドラマ、知ってるん意外やわ・・・」

「私のお母さん、主演の人の大ファンやねん。ってか関西弁でてるで」


二人で顔を合わせ笑ってしまった。

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