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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【027】ポール・ノワール

 十六歳でフランスの三ツ星レストラン「ラ・メール・シランシューズ(静かな海)」に入り、修行を始めた。見習いからアシスタントを経て、わずか2年で魚料理部門の責任者に抜擢される。これは店の歴史でも異例の若さだった。もちろん、腕前に自信があったことは確かだ。だが、その背景には、ラ・メール・シランシューズのオーナーシェフ、マルセル・ノワールが、おれの伯父であったという事実も大きく影響していた。マルセルシェフの妹・・・つまり俺の母は、若くして亡くなった。それ以来、何かと気にかけてくれていた伯父に頼み込み、店に入れてもらった。


 二十一歳になるころには、俺はスーシェフ(副料理長)に昇進していた。だがその年、オーナーシェフのマルセル・ノワールが急逝する。後を継いだのは息子のテオドール・ノワールだったが、料理への関心は薄く、厨房に立つこともなく経営に専念した。料理長にはスーシェフの一人が昇格したものの、マルセルほどの腕前ではなく、店の評判は少しずつ落ちていった。そしていつしか、星も失われていた。決定的だったのは、テオドールが店の資金を私的に流用していたことだ。その事実を知ったシェフやスタッフが次々と辞め、ラ・メール・シランシューズはついに閉店へと追い込まれた。


 十六歳から働きづめだったおかげで、貯金は十分にあった。そこで、以前から興味のあった世界の料理を学ぶため、旅に出た。世界各地を巡ったが、やはり日本の和食への関心が強いと気づく。そこで、日本でレストランを経営する知り合いのフランス人シェフに頼み、東京の伝統的な料亭での働き口を紹介してもらった。和食を学ぶ日々はとても充実していた。ときには、料亭に無理を言って、より専門的な店を紹介してもらい修行させてもらうこともあった。ウナギの蒲焼もそういった店で覚えたものだ。(この時は大阪で修行したため、関西風の蒲焼だ)


 二十九歳のある日、いつものように厨房で魚をさばいていた。そのとき突然、包丁を握る右手にしびれが走った。次に目を開けたとき、おれは病室のベッドにいた。診断は脳卒中。再び包丁を握れるかどうかは、リハビリ次第だが、元通りになるのは難しいかもしれないと告げられた。しかし、それ以上に衝撃的だったのは意識を失っている間の体験だ。夢にしては鮮明過ぎる体験、おれは別のポール・ノワールとして異世界を生きていたのだ。


 ポール・ノワール。ホルフィーナ王国の東の生まれだが、十六歳のときに両親を亡くし、商人ギルドに登録して商いの道へ進んだ。なぜか人並み以上に食材の目利きに長け、その才を生かして各地で仕入れた食材を運び、出店で売る行商人となる。やがて「ポールの食材はどれも質がいい」と評判が広まり、食品商としての功績が認められ、上級職「食材鑑定士」の称号を得るに至った。


二十九歳のある日、突然、意識が揺らぎ、地球での俺の記憶がなだれ込んできた。「食品鑑定士ポール」の手元には、厳選された豊富な食材がある・・・。それならば、やるべきことは決まっている。市場で調理器具を買いそろえ、食材の販売と並行して出店で料理の提供を始めた。


調理器具は限られ、火も薪か炭火に頼らなければならず、調味料も思うように揃わない。最初は塩だけで調理する料理が中心だったが、やがてウナギのタレ作りに成功。蒲焼を売り出すと客の反応は上々で、ポール・ノワールの出店の評判は、まさに『うなぎ登り』となった。


 こちらの世界で眠ると、地球でのポールの生活に戻るが、右半身に痺れが残り、病室から動けない生活に嫌気がさし、自然ともう一人の自分にのめり込むようになった。


 そんなある日、ミルフォードで大規模な戦闘があり、復興のために人が集まっていると話をききつけ、おれも食材をそろえてミルフォードの街に向かった。街に到着すると、さっそく出店で『イールの蒲焼』の提供を始めた。こちらの世界ではウナギは英名のイールで通っている。ミルフォードの街でも評判は上々で、蒲焼は飛ぶように売れた。


「ちょっと、ナミリ! あれ食べたい!」

女の子の声が聞こえた。やはり蒲焼の煙は人を呼び寄せる。


蒲焼を四枚焼き上げ、客へと手渡す。香ばしい匂いに顔をほころばせながら、彼らはゆっくりと味わってくれた。自分の料理を嬉しそうに食べてもらえる。この瞬間こそ、何よりも幸せだ。女の子のうち二人は、それが何の料理か分からなかったようで、「イール」だと教えると、そろって目を合わせて驚いていた。


「このウナギってイールって言うんだ。『ウナギ』じゃないんだね」


いや、ウナギとイールは同じだよ。心の中でそう思いつつしばらくして違和感に気付いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。お嬢さんは『ウナギ』を知っているんですか? 『ウナギ』は『英語』でell、イールと言うんです!」


「え、ちょっと待ってください! 英語って、英語ですか?」

英語を知っている。もしかしてこの女の子は、おれと同じで地球の記憶があるのではないだろうか。


「はい。そうです! もしかするとあなたたちは私と同じなんですか? 眠りにつくと世界が入れ替わる現象を経験したことはありませんか?」


そう問いかけると、四人のうち一人の男性が残り、話を聞いてくれた。名はナミリという日本人の青年だ。まず彼に、これまでの身の上を話す。するとナミリさんは、自分と、ウナギを知っていたあの女の子も同じように地球と意識を共有していること、さらにもう一人、日本人の考古学者がいることを教えてくれた。そして彼らは、この意識の共有を「表裏一体の現象」と呼んでいるのだという。おれはナミリさんに誘われ、セキネ先生という日本の考古学者に会うため、ミルフォード軍庁舎へと同行した。


 ミルフォード軍庁舎の一室で、日本の考古学者、セキネ先生と呼ばれる人物を紹介され、彼らの知ることを教えてもらった。


まず、薄々感じてはいたが、この世界には言葉の壁がない。誰もが統一された一つの言語を話しており、おれがフランス語で話しているつもりでも、相手は日本語を話しているつもりでいるらしい。


セキネ先生とカナミさんは、これまでにも何人かの『表裏一体の現象』を経験した人間に会ったことがあるという。彼らの出自は地球でもさまざまで、古くは1600年代のポルトガル人に会ったこともあるそうだが、それでも言葉は不思議と通じた。


さらに、遺跡を巡ることで、その遺跡にまつわる神や英雄から力を授かり、さまざまな能力が使えるようになること。そして、その力を得ると、地球側の自分のケガや病気までもが癒えること・・・。驚くべき話を次々と聞かされた。


「皆さん、わたしを皆さんの旅に加えていただけないだろうか? わたしはまだ、あちらの世界でも料理をあきらめきれない。もし、右半身のしびれが取れるならもう一度、包丁を握ることが出来る。わたしは戦うことはできませんが、あなたたちの食事は全て任せていただきたい!」


おれは、迷うことなく三人についていくことを決めた。


「おいしい食事がいただけるなら大歓迎だよ! 私とナミリは年下だから呼び捨てでいいからね。あと、セキネ先生はそのままセキネ先生かな」

カナミさんが勝手に快諾してくれたが、後の二人もうなずいているからOKということだろう。


「では、さっそく今日の夕食は腕によりをかけて作りますね!」

軍庁舎の厨房を借り受けに出ようとするおれをナミリさんが引き留める。


「それでしたら、これを使ってください」

ナミリさんは、空間魔法で取り出した地球の調理器具一式と調味料を預けてくれた。


「これは・・・。これだけあればどんな料理でも作れます! ありがとうございます!」

そう言っておれは厨房に駆け込んだ。


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