【026】ミルフォード滞在記
食品商ナミリ。それがおれの本来の姿だ。商人ギルドに登録しているれっきとした商人だ。家畜を取り扱い、羊肉や豚肉、羊の乳から作ったチーズ、羊毛などを取り扱っている。そのおれが今、美容のための品々をテーブルに並べ、女性に囲まれていた。
「エレン、これがナミリの洗髪剤か」
「はい。先日までの戦で乱れた髪がこのように整います」
赤髪の麗人。ミランダ・ホルフィーナ。現国王の姪にして、ミルフォード軍を束ねる軍団長だ。他に、カナミ、ミレーユさん、サラスさんがミルフォード軍庁舎に招かれ、真剣なまなざしでおれの『商品』を見つめている。
ミルフォードに滞在すること数日。その間、あちらの世界では、19歳のカナミに頼み込み、大量の美容アイテムを買い込んでは届けてもらった。それを『アイテムボックス』に収納し続けた結果、スーパーの袋、七つ分くらいの美容アイテムをこちらの世界に届けることができた。そして今、美容アイテムの分配会議が開かれている。
「わたしはナミリと一緒に行動するから今回は皆さんにお譲りしますね」
大人の対応を見せるカナミ。だが、おれは知っている。ここに出した美容アイテムの他に、自分用の美容アイテムをしっかり確保していることを。
「一袋で一か月分くらいか。ここにはシャンプー、トリートメント、ボディーソープが8袋ある。カナミを除けば4人だから2袋ずつでいいかな?」
赤髪の麗人からの提案。王族との公平な分配の申し出に、私たちは一袋で十分ですと返す三人だが、その答えとは裏腹に、目線は美容アイテムに釘付けになっている。中でもエレンは、あからさまに視線をそらしていて、逆に目立っている。そんな三人の思いを察したミランダ様は、少し微笑みながらも、無理やり押し付けるような形で、二袋ずつ手渡していた。
って、なんの茶番や・・・。どうでもいいわ!
「あの、出来るだけ定期的にお送りいたしますので、あまりご心配なく・・・」
「ナミリよ。その言葉を聞きたかったぞ!」
日本円で一万円を少し超えるくらいの価格だが、ミランダ様が金貨一枚(日本円で十万円)で全て買い取ってくれ、それを今回の戦の褒美の一部と言って、他の三人の女性たちに分け与えた。高額買い取りしてくれた裏には、今後もよろしく。の意味もあるのだろう。そろそろ、こちらで得た資金を日本に持ち込む方法を考えないとな・・・。金貨を持ち込めば換金できるが、出所不明の金を質屋に持ち込み続けるのもどうかと思うし・・・。
「ナミリ、この商談でだいぶ儲かったんでしょ? 街で何か買ってよねー」
カナミが美容アイテムを辞退したのは、これが狙いだな。女って怖いなぁ・・・。
カナミの希望で街に出かけることにした。ミレーユさんとサラスさんも街をぶらぶらしたいということで、同行することになった。エレンも誘ったが、今日はミランダ様と共にベルトウィンさんの剣技指導を受けるからまた別の日に、とのことだった。
ミルフォードの街の中心街は、悪魔の攻撃を受けておらず、むしろ各地から復興作業のために派遣された人夫で賑わっている。宿は満室、食堂や食事を提供する市も大盛況だ。行商人も数多く訪れている。人々の行きかう雑踏で少しむせそうになる。おれたちは服や装飾品、魔導具などを見て歩いた。そうしているうちに食で賑わう市場に辿り着き、皆で食べ歩きを楽しんでいた。
「ちょっとナミリ! あれ食べたい!」
「あれは、もしかして・・・」
カナミが指差した出店からは香ばしい煙が立ち上っていて、その匂いを嗅いでしまうと日本人なら立ち止まらずにはいられない。出店に近づき、その正体を確認する。間違いない。『ウナギの蒲焼』だ。ちゃんと炭火を使っている。炎は上がらないが、炭は赤くなっている状態、遠赤外線で熱したウナギから油がしたたり落ちている。油が炭に落ちるたびにジュッと音を立てた。
早速、ウナギの蒲焼を四枚注文すると、行商の若いお兄さんがあらかじめ腹開きにされ、食べやすいサイズに切り分けられたウナギにタレを付け、網にのせる。しばらくすると、ウナギから油がしたたり、香ばしい匂いが立ちのぼる。ミレーユさんと、サラスさんはウナギを食べたことがなく、興味深く調理工程を見守っている。
「はい、焼きあがったよ!」
蒲焼を口に含むと、油が染み出し、炭火の香りが口の中に広がる。まぎれもなく久しぶりのウナギだ。あちらの世界では価格が高騰してしまい、中々手が出ない。カナミはもちろん、ミレーユさんとサラスさんもウナギの蒲焼が気に入ったようで、あっという間に完食してしまった。
「はじめて食べたんですけど、これは魚ですか?」
ミレーユさんの疑問に、店のお兄さんが「これはイールという細長い魚ですよ」と教えてくれた。
「このウナギってイールって言うんだ。『ウナギ』じゃないんだね」
カナミが不思議そうにつぶやいた。この世界は地球の神々が作った世界で、この世界の生き物の名前は、あちらの世界、つまり地球の生き物の名前と同じであることが多い。
「イールってあの黒くてヌルヌルしたやつだよね?」
「あれがこんなに美味しくなるなんて・・・」
ミレーユさんとサラスさんもイールは知っているが、この味は意外だったようだ。
出店のお兄さんにお礼を言って、次の店に行こうとしたおれたちにお兄さんがあわてて声を掛けてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。お嬢さんは『ウナギ』を知っているんですか?」
お兄さんの形相に驚きつつ、イールを『ウナギ』と間違えたこと、そして『ウナギ』がこちらの世界にいるかどうかも分からないから、どう説明していいか分からないから答えに詰まってしまう。おれとカナミは、この質問にどう答えていいか分からず、無言で目を合わせる。
「『ウナギ』は『英語』でell、イールと言うんです!」
「え、ちょっと待ってください!英語って、英語ですか?」
おれは驚きのあまり意味の分からない質問をしてしまう。
「はい。そうです! もしかするとあなたたちは私と同じなんですか? 眠りにつくと世界が入れ替わる現象を経験したことはありませんか?」
おれとカナミは言葉に詰まる。間違いない、この人は『表裏一体の現象』によって地球とこちらの世界に意識を共有してしまっているのだろう。おれたちだけならすぐにでも『表裏一体の現象』について、知っている知識を共有しただろう。ただ、今はミレーユさんとサラスさんがいる。そもそも『表裏一体の現象』について、こちらの世界の人たちにどこまで知られていいのかも分からない。
「カナミ、この人はおれの古い知り合いみたいなんだ。悪いけど後はミレーユさんたちと街巡りを続けてくれないか?」
そう言って、まとまった銀貨を手渡し、後をカナミに託す。カナミも状況を把握しているから文句は言わない。
「そうなんだ、それじゃ仕方ないね。ナミリも楽しんでね!」
カナミが二人を連れて場を離れてくれた。これで、このお兄さんと話せる。
「すみません、わたしもあなたと『同じ』です。あなたも地球とこっちを行き来しているんですよね?」
「やはりあなたも・・・。わたしも眠るとこっちの世界に来てしまう、夢なのかどうかも分からない症状に悩まされています。『ウナギ』を知っているならあなたは日本人ですよね?」
「はい。日本人です。あなたはどちらの出身ですか?」
「わたしはフランスです。名前をポール・ノワールと言います」
そしてポールさんが、自分の身の上について話始めた。




