【023】ミルフォード防衛戦(2)
進軍を開始して約三十分が経過し、部隊がミルフォードの街の中心部を通過した頃、北西から避難民の波が押し寄せはじめた。
その混乱の中で、北西方面の被害状況が徐々に明らかになってきた。また、セキネ先生の『解析』の能力によって、北西に多数の悪魔の群れが存在していることが確認され、状況は深刻であると判断された。
部隊がさらに前進するにつれ、南東へ逃げようとする民間人の列とぶつかる形となり、進軍速度にも影響が出はじめた。避難民の中には負傷者や、家族とはぐれた子どもの姿も見られたため、一部の衛生兵を残して救護所を設置し、応急処置や保護の対応に充てることとなった。
「これは・・・ひどすぎる」
サラスさんが思わず息をのむ。
さらに北西に進んだ地点では民家が焼き払われ、先行していた正規軍は壊滅に近い被害を受けていた。
南東での戦いでは、正規軍と地方軍による混成部隊が圧倒的な勝利を収めていたため、深く実感することはなかったが、目の前に広がる凄惨な光景に、初めて「戦争」の重さがのしかかってくる。
胃の奥がムカつき、先ほど口にした食事やフルーツが喉元までこみ上げてきた。カナミやミレーユさんも、言葉を失ったまま目を背けている。マクセンさんは、怒りに満ちた声で何かを叫んでいた。
「ここまで大きな戦いは、おれたちも経験がないな。ミレーユとサラスにとっては、厳しい初陣になってしまったな」
コラントさんとユミルさんは二人を気遣っているように見えるが、実際には自分自身に言い聞かせているのかもしれない。
この辺りまで進んでくると、複数の悪魔たちが次々と襲いかかってくるようになり、その都度撃退しながら前進を続けていた。さらにおよそ1km進んだ地点で、アリアル軍団長からの緊急招集を受け、俺たちは急ぎ彼の元へ向かった。
「たった今、北西正規軍の一部が悪魔に包囲され、戦闘を続けてはいるものの、多勢に無勢で進退窮まっているとの報が入った。このまま見捨てれば、戦線全体の士気に関わる。そこで私自ら一点突破を試み、彼らを救出しようと思う。ベルトウィン殿には、私の代わりに部隊の指揮をお願いしたい」
「アリアル殿、私は剣しか知らぬ男。これほどの軍を指揮する器ではありません。敵中突破は、私にお任せいただきたい。アリアル殿こそ、悪魔どもの本隊を討つべきお方です」
しばしのあいだ、客将たちを危険にさらすことを懸念するアリアル軍団長と、「一点突破こそ我が本分」と譲らぬベルトウィンさんの間で、静かな応酬が続いた。最終的には、ベルトウィンさんとサミュエルさんを中心とする十名に、百名の小隊を加えた救援部隊を編成し、ただちに作戦が遂行されることとなった。
「みなさんと、再び同行出来ること、大変嬉しく思います」
そう言っておれたちに合流した小隊の隊長は、南東で最初に出会った正規軍の小隊長、トーマス・ハウアーさんだった。
「ベルトウィン殿、我がミルフォード南東軍で最も勇敢な小隊をお預けいたす。北西軍の救出、何卒よろしく頼む」
「剣聖ベルトウィン殿と、同じ戦場に立てること、一生の誉といたします」
こうして、おれたち十名と、トーマスさんの小隊百名は、北西軍救助のために、悪魔に気付かれぬよう、救助要請の地へと行軍を開始した。
しかし、いくら隠密行動を取ろうが、ミルフォードの街は平坦な地形で、身を隠す場所などない。たびたび襲い来る悪魔を撃退しつつ、包囲されている北西軍の元へと向かうこととなった。それでも前へ前へと進むおれたちの部隊の上空に青色の閃光が走った。
「全員、その場に伏せろ! 魔法攻撃が来るぞ!」
サミュエルさんの鋭い叫びに反応し、周囲の兵たちが一斉に地に伏せる。直後、眩い閃光が地面を貫き、土煙を巻き上げた。空は煙に包まれ、上空の様子はほとんど見えない。だが、続く閃光が、今まさに部隊を狙って降り注ごうとしているのは明らかだった。
咄嗟に保護の力を展開し、迫る閃光を受け止める。赤く輝く結界が光を吸収していくが、第二、第三と続けざまに閃光が襲いかかる。
「トーマスさん、ベルトウィンさん! この人数を守るには、広範囲の防御結界が必要になります。皆さんは、先に進んで北西部隊を救助してください!」
「しかし、ナミリ殿! あなたお一人で、あれを相手にするつもりですか!?」
トーマス小隊長が指示した先には、漆黒のローブをまとった悪魔、アークロードの姿が浮かび上がった。漆黒のローブの隙間から漏れ出す魔力は、空気そのものを震わせるほど禍々しく、常人なら立っていることさえ難しいだろう。
アークロードは無言のまま、掌を天に掲げ、まるで水をこぼすかのように魔力が滴り落ち、波紋となって空間を歪ませる。
その魔力の水滴は、今しがた展開した結界へと容赦なく降り注いでいた。ダメだ。範囲が広すぎて部隊全体を守りきるこができない。兵士数人がアークロードの攻撃を受け、その場に倒れこむ。そして、その閃光が、おれ達の仲間にも容赦なく突き刺さる。
「サラスさん!避けて!」
おれの悲鳴に似た叫びもむなしく、サラスさんの右胸をアークロードの閃光が貫く。声を上げることもできず、サラスさんの体が地面に叩きつけられた。
「サラスーーー!!!」
サラスの兄、ユミルさんがサラスさんに覆いかぶさり、降り注ぐ魔力の雨を受け止めようとする。咄嗟に『保護の力』でユミルさんたちを覆い、かろうじて直撃を防いだ。
「ユミルさん! サラスさんの出血を止めることはできますか?」
「ナミリさん、防御魔法、ありがとう!」
血に濡れた手をサラスさんの傷口に当てながら、ユミルさんが顔を上げる。
「白魔導は不得手だが、出血を止めることくらいはできる!」
さらに、ユミルさんが言葉を続ける。
「サミュエル様、ベルトウィン様、ここはナミリさんと私でなんとかします。北西部隊の救出に向かってください!」
「そんなことできないよ!」
カナミやミレーユさんが留まろうとする。
「ここにいては、ナミリ殿の足手まといとなります。一刻も早く北西部隊を救出しましょう! この救助作戦には、セキネ殿の敵探知とカナミ殿の後方支援が欠かせません! お気持ちは分かりますが、ここは我々に従ってください!」
ベルトウィンさん、サミュエルさんの説得を受け、留まろうとしていた皆が北西に足を向ける。
「アークロードなんかに負けないでよ。ナミリには圧倒的な神々の力があるんだから!」
「全然余裕。早く行けって……」
カナミの声を背中で聞きながら、おれは防御結界を張り続けた。しかし、アークロードの攻撃はとめどなく降り注ぎ、攻撃に転じる隙がない。「何か攻撃に転じる手はないか……」そう思った瞬間、結界の隙間から誰かが飛び出し、アークロードに斬りつける。
「前衛が必要でしょ。わたしが残るわ!」
そう叫びながら、一閃を浴びせたのはエレンだった。しかし、アークロードは魔力障壁を展開し、エレンの剣は届かなかった。
「まだまだ!」
二手、三手、渾身の連撃を繰り出すものの、全て魔力障壁にはじき返される。
「ユミルさん! サラスさんの意識はありますか?」
「ダメだ! 気を失っている!」
火の結界を張り続け、魔力の消費が著しい。
このままでは、アークロードを打倒す前に、こちらの魔力が尽きてしまう。事前に受け取っていたマナポーションは三本。なんとしても短期戦に持ち込まないと、全員やられてしまう。
(何かいい手はないか……。)
ヒンドゥー三柱神の力。あの神々の加護なら、何か突破口があるはずだ。おれは結界を張り続けながらも、深く呼吸を整え、心を落ち着かせていく。
三柱神。ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ……その存在を感じるよう、意識を集中させる。
創造、維持、破壊。
その時、一本の槍の姿が脳裏に浮かんだ。
『三叉槍』シヴァ神の右手に握られた三又の槍。その三つの刃は、「過去・現在・未来」「創造・維持・破壊」など、三重の原理をつかさどる。今の魔力では、『三叉槍』を呼び出すことは難しいが、刃のうちの一本だけなら……。
「エレン! この刀を使ってくれ!」
『三叉槍』の刃のうち、『破壊』の刃を刀として呼び出しエレンに託した。




