【022】ミルフォード防衛戦(1)
ミルフォード穀倉地帯南東での戦いを終え、地方軍と正規軍が合流した。そして今、南東に展開する正規軍のクロスフォード軍団長とその幕僚が、地方軍を率いるアリアル軍団長の幕舎を訪れている。とはいえ幕舎といっても、進軍を控えているため、日よけ程度の簡素な造りだ。
一般に、正規軍は地方軍よりも格上と見なされがちだが、ミルフォードにおいては、両者に明確な上下関係は存在しない。特にミルフォード南東軍は、穀倉地帯の防衛のみならず、サウスポートに異変があれば第一陣として出動する、極めて重要な部隊である。そのため、アリアル軍団長のミルフォード内での序列は第二位に位置づけられている(ちなみに第一位は、ミルフォード正規軍の総軍団長である)。
クロスフォード軍団長によると、セキネ先生の危惧した通り、ミルフォード中心街に悪魔が集結していた。民間人への被害を避けるため、包囲される前に打って出たものの、アークジェネラルやアークデーモンを含む悪魔の群れに押され、戦況は次第に不利となっていった。
その窮地を救ったのが、ミルフォード南東軍だった……というのが、ここまでの経緯である。
「アリアル殿だけでなく、ベルトウィン殿やサミュエル殿までお揃いとは。アークジェネラルを討ち取る様を遠くから拝見しておりましたが、まさに鮮やかでした。
マクセン殿とエレン殿による電光石火の打ち込み、そして最後にアークジェネラルを射抜いたカナミ殿の一矢、実に見事でした。
しかし最も驚かされたのは、アークジェネラルの風魔法を打ち消した、あの赤い結界です。あれは一体、どのような魔法なのですか?」
「クロスフォード殿、ナミリ殿の魔法は、私たちが知る魔法の範疇を超えています。この戦が終わった後、改めて研究させていただくつもりです」
最初は冗談だったが、今のサミュエルさんは、たぶん本気だ。神の力なんて説明のしようもないし、どうごまかしたものか……頭が痛くなる問題だ。
「たしかに、あの結界魔法はすごかったな。火魔法による結界といえば火柱での防御を想像するが、あれほど透き通った炎のカーテンを展開し、しかも強力な風魔法を真正面から受け止めるとは」
ウィッチロードの皆さんも、興味津々の様子だ。
「なんか、ナミリ、大人気だね」
カナミは少し嬉しそうにしているが、おれの頭の中は、どうやってサミュエルさんたちから逃げるかでいっぱいだった。
話を戻そう。クロスフォード軍団長から、現在の戦況について説明があった。悪魔の群れは四方から進攻しており、ミルフォード正規軍は五つの部隊に分けられた。北西・北東・南西・南東にそれぞれ3,000の兵を展開し、さらに市街地防衛のために3,000が中心街に配置されている。
南東以外の戦線では、南西は悪魔の数が少なく、十分対応可能と見込まれている。北東も隣街から派遣された正規軍との連携で挟撃する計画が進んでおり、万が一にも敗れることはないと判断されている。
問題は北西部隊だ。悪魔の数が多いうえに、援軍も見込めないため、討伐ではなく防衛に徹し、ミルフォード正規軍の軍団長自らが軍を率い、進軍を食い止めるため持久戦を強いられている。
「北西部隊は、敵にアークジェネラル、あるいはアークロード級が含まれていた場合、持ちこたえられるかどうかは五分五分といったところです。万が一、アークジェネラル級が二体以上出現すれば、北西部隊だけでの防衛は極めて困難になるでしょう」
「つまり我々は、ミルフォードの街に入り、北西部隊への援軍として出撃すべき、ということですな」
方針は即座に決まった。アリアル軍団長とクロスフォード軍団長は、ミルフォード中心街への進軍を命じた。進軍部隊とは別に、穀倉地帯南東の防衛と消火活動のために5,000を残し、さらに戦闘で傷を負った兵を後方に置いた結果、中心街へ向かう軍は約5,000となった。
ミルフォードの街……街とはいえ、かつて訪れたエムセブルグの街とは規模がまったく異なる。エムセブルグが日本でいえば村か町程度の規模だとすれば、ミルフォード全域はひとつの県に匹敵する広さがある。
その中心に位置するミルフォード市街は、いわば県庁所在地に相当する都市だ。広大な穀倉地帯を踏まえれば、ミルフォード全体の面積は静岡県ほどと見てよいだろう。
その中心地に広がる街は平坦で、広範囲にわたって市街が広がっており、防壁もない。そのため、防衛の観点から見れば最も守りにくい地形と言える。
夕陽も落ち、空が漆黒に染まる頃、ミルフォード南東から出撃した正規軍と地方軍の混成部隊は、ようやく中心街に到着し、防衛部隊と合流することができた。
ここまでの強行軍で疲れ切っていたおれたちは、防衛部隊の部隊長との打ち合わせをアリアル軍団長、クロスフォード軍団長、ベルトウィンさん、そしてサミュエルさんに任せ、休息を取ることにした。
おれたちが随行しているアリアル軍の陣には、昨日と同様に立派なテントが設営され、簡易ベッドも用意されていた。さらにシャワーまで用意してくれていたので、今日一日の汚れを洗い流したおれたち一行は、それぞれベッドに腰を下ろしたり、横になったりして、静かに体を休めていた。激しい戦いを終えた心身を、それぞれが思い思いの形で癒していた。
「フルーツの盛り合わせをお持ちしました! ナミリさんからの差し入れです!」
今日は、あちらの世界でアイテムボックスに収納しておいたフルーツを、軍の調理番カストラさんにカットしてもらうよう頼んでいた。報酬はメロン一玉と、その他の果物少々だ。
「ありがとうございます、カストラさん。お忙しい中、無理を聞いていただいて」
「いえいえ、こちらこそ。戦場では貴重なフルーツの差し入れ、本当にありがたいです。調理番一同、感謝していますよ」
この世界では甘味が貴重であり、戦場ではなおさらだ。色とりどりの盛り合わせを前に、ミレーユさんとサラスさんはすでにフォークを手に、戦闘準備ならぬ食べる準備万端といった様子だった。
「ベルトウィンさんとサミュエルさんの分、ちゃんと残しておいてくださいね~」
「えっ、はーい!」
え、じゃないだろ。絶対、残す気なかったな。でもまあ、みんなが喜んでくれているみたいだし、フルーツを持ち込んでよかった。そんなことを思いながら、俺も綺麗にカットされたリンゴを口に運ぶ。
もう一つリンゴを取ろうと手を伸ばしたそのときだった。カストラさんが血相を変えてテントに飛び込んできた。
「大変です! 北西の空が、急に真っ赤に染まりました!」
慌ててテントを出て北西の空を見上げると、漆黒の空がまるで夕陽が再び昇ったかのように、いや、それ以上に赤く染まりきっていた。皆が不安そうに空を仰ぐ中、ベルトウィンさんが駆け戻ってきた。
「ミルフォード市街の北西が、悪魔の攻撃を受けています! 残念ながら、北西の正規軍は突破された可能性が高いとのことです。全員、ただちに武装し、次の指示が来るまで待機してください!」
おれたちの陣は、ミルフォード市街南東、中心からおよそ3kmほどの地点にある。一方、北西の端は中心から5km以上離れており、両者の距離は少なくとも8km。この距離では、セキネ先生の『解析』による探知も届かない。
しばらくして、防衛部隊から伝令が駆け込んできた。
「敵は北西正規軍を突破し、市街地へ侵入しています。敵の主力には、アークロード一体、アークジェネラル二体以上が含まれているとの報告です。南東の正規軍および地方軍は、『後詰2,000を残し、援軍されたし』との要請です!」
万が一に備えた後詰部隊2,000の指揮はクロスフォード軍団長とその幕僚に託され、アリアル軍団長率いる3,000の兵が北西へ急行することとなった。おれたちも、その一隊に加わり、北西を目指した。




