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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【002】バスとトラックが正面衝突したらしい

 

 波離 隆守(なみり たかもり)、二十歳。大阪の大学に通う学生だ。


通学のため、いつものようにバスに乗り、資格試験のための参考書に目を通していた。


参考書に集中していたおれには、何が起こったか分からなかったが、突然の強い衝撃で座席から吹き飛ばされ、激しい痛みを感じた直後、意識を失った。


居眠り運転のトラックが突然、反対車線に飛び出し、バスと正面衝突してしまったこの事故は、運転手を含め六名が死亡、十八名が重軽傷を負った悲惨な事故だった。


その被害者の一人におれが含まれていたわけだが、投げ出された衝撃で頭蓋骨を骨折し、救急搬送先の病院で、緊急手術となった。


* *


目が覚めた時、病室には母親が付いていてくれた。


おれは、手術が終わってからも三日間、意識が戻らなかったそうだ。


幸い、頭蓋骨の骨折による脳への影響はなかったものの、頭蓋骨の他に、右上腕の骨折、全身打撲、脊椎損傷の重傷で、脊椎の損傷は後遺症を残す可能性もあるという。


当分の間、大学を休学し、入院生活となり退院後もリハビリが必要だと聞かされた。


 「先生、波離(なみり)さんの意識が戻りましたよ」


恰幅の良い看護師が、医師を伴って病室に入ってきた。


白衣をまとった細身の医師は眼鏡をかけ、短髪には僅かに白髪が混じっている。年の頃は四十代といったところだろう。


(……夢の中で、似たような雰囲気の男性に会ったような気がする)


この世とは別世界でアンコールワットを探索し、弓の少女に助けられた夢のことを鮮明に思い出す。夢と呼ぶにはあまりにも生々しくて現実感があった。


そういえば、“地球で生と死の狭間を経験すると遺跡が見えるようになる”って、言っていたな……。

まさに、今のおれの状態じゃないか。……そんなまさか……な。


医師は「まだ長く話すのは難しいでしょう」と言いながら、簡潔に怪我の状況を説明してくれた。

続く簡単な検査を終えると、そのまま病室をあとにする。


母さんは付きっきりで泊まり込んでくれていたようで、病院の配慮もあって病室は個室を用意してもらっていた。


少し会話をするだけで脳を揉まれているかのような、不快感と痛みを感じる。


「おれは大丈夫だから家に帰って休んで」と伝え、そのまま眠りについた。


* *


 どれくらい眠っただろうか。……というか、ほとんど寝ていない気がする。


目を開けると、そこは、夢で見たアンコールワット遺跡の内部だった。驚いて辺りを見回すと、肩に弓を掛けた少女と目が合う。


「先生! ナミリさんが目を覚ましました!」


格子窓から差し込む夕陽に照らされた少女……たしか、カナミという名前だったはずだ。どうやらこちらの世界でも、おれは意識を失っていたらしい。


しかし、つい先ほどまで病室にいたはずなのに、次の瞬間には薄暗い石積みの建物の中にいるなんて……。これがいったい、どういう状況なのかまったく理解できない……。



「おかしいな。さっきまで病院にいたはずなんだけど」



もう一度、ゆっくりと周囲を見回す。冷たい石の壁、薄暗く湿った空気……

目の前に広がるのは、どう見ても病室とは程遠い光景だった。


「そうですか。病院にいたんですね。病気ですか? それとも怪我ですか?」


少し離れた場所からこちらに近づいて来た眼鏡の男性が、まるで問診でもするかのような落ち着いた口調で問いかけてくる。


「怪我です。乗っていたバスが事故に巻き込まれて……頭蓋骨を骨折したほか、右腕も折れて、脊椎まで損傷してしまって。医者には、しばらく入院生活になると言われました。事故のあと三日間、意識が戻らなかったそうです」


そう説明しながら、自分の頭に手を当て、右腕をそっと動かしてみる。――痛みはない。

その感覚に、改めて“病室の自分”とは違う身体なのだと実感した。


「なるほど。バス事故が原因で生死の境にあったということですね……。


おそらく、『地球』側のナミリさんに意識が戻る前にこちらの遺跡へ到達してしまったのは、三日間目を覚まさなかったせいでしょう」


話の流れでつい「バス」と口にしてしまったが、この男はそれを当然のように受け止めていた。こちらの世界では移動手段といえば馬や馬車が一般的で、ましておれのような小さな村の平民にとっては徒歩が当たり前だ。


それなのにバスを理解しているということは、この男が「日本」の人間だという話も、決して出まかせではないのだろう。


「ナミリさんがいた地球の西暦は分かる?」


黒い瞳の弓使いの少女は、西暦を知っているのか……。そういえば、『地球』の話もしていたし「日本」の話もしていたっけな。今なら弓道部も理解できる。


「2025年です」

「2025年……!? ほぼ私と同じ時代だ!」


一瞬、驚いた表情をした後に、嬉しそうにしながら、なぜか手を差し出されたので釣られておれも手を出し、しっかりとした握手と交わす。


「……えっと、ほぼってどういうことかな?」


「わたしは、2023年だからね。私は今、2023年を生きているの」


「あんたが2023年……?」


いったい、何を言ってるのか理解できない。


「生死の狭間を彷徨った人間は、こちらの世界と意識が繋がってしまうことがあるようです。


ただ、こちらでは同じ時を生きていても、『地球』でも同じ時代を生きているわけではないということです。ちなみに私は今、1997年を生きています。


少し難しい話なのでゆっくりと説明しますよ」


そう言うと、セキネ先生は今、おれの身に起こっているこの不思議な現象について話し出した。

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