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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【018】セキネ先生の日誌

 ミルヴァリシア川を順調に北上している。キャラベルの船上では、カナミが酷い船酔いになってしまい、おれが専属治療役として『慈悲の力』をゆる~くかけ続けながら寄り添っている。


そんなおれを、興味深々とばかりに、ずっと見ているのがサミュエルさんチームのミレーユさんだ。サミュエルさんの話によると、ミレーユさんはまだ十七歳ながら、優秀な魔法使いが多く集まるウィッチロードの中でも、群を抜いて優れた回復魔法の使い手だという。


エレンと同じく、金色の髪に青い瞳を持ち、髪は腰までありそうだが、真っ白なローブに隠れていてはっきりとはわからない。身長もエレンとほぼ同じだから、後ろ姿だけでは二人を見分けるのは難しいかもしれない。顔立ちは対照的で、エレンが切れ長の目をした美人タイプなら、ミレーユさんはぱっちりとした大きな目を持つ童顔だ。


「船酔いを治療してしまう回復魔法なんて、ウィッチロードでも見たことがありません」


「おれの回復魔法は、ちょっと変わっていまして。口で説明するのが難しいんですが……」


ヴィシュヌ様の力ですよ、と言っても信じてもらえないだろうし、そもそもこちら側の人たちは、地球の神を知らないからなぁ。


「ナミリ――……。ずっと私のそばにいてね……」


おれは、彼氏か。


心の中でツッコみつつ、あちらの世界の十九歳のカナミは、勝手にお付き合いしているとか言ってたなと、大阪の病院での出来事を思い出していた。


少し離れた所では、ベルトウィンさんと、エレン、それにマクセンさんが木刀を持ち、剣術の型稽古に勤しんでいる。


セキネ先生はというと、マクセンさんの船の船員と釣りを楽しんでいる。


細身でいかにも学者然としたセキネ先生は、最も船酔いしそうに見えるが、考古学調査で何度も船に乗っていて、意外にも船には強いのだという。


 夕食には揚げたての魚の唐揚げが並んでいた。


「どうです? 私が釣り上げた魚の唐揚げですよ。今日は良く釣れましたよ」


上機嫌のセキネ先生とは裏腹に、「船酔いに揚げ物って何考えてるの」と真っ青な顔のカナミが毒づいている。


半日ほど酔い止め用の『慈悲の力』を使っていたから、そろそろ魔力残量が底を尽きそうだが、食事を取れないのはかわいそうだから、強めに治癒してやるか。


「ナミリさん、少しお疲れではないですか?」


おれの様子を見て心配そうに声をかけてくれたのはサミュエルさんだった。


「カナミの船酔い治療で一日中魔法を使っていて、もうすぐ魔力切れになりそうです……」


「それはそれは……。サラス、マナポーションを出してください」


そう言って、サラスさんは空間魔法『アイテムボックス』からマナポーションを取り出して手渡してくれた。これが正統派のアイテムボックスか。


異空間に手を差し入れ、まるでカバンから物を取り出すように、アイテムの一部が現れ、次第に全体が露わになっていく。


そして完全に姿を現すと、取り出しは完了だ。それに対して、俺の『創造』は粒子が集まりながら物質を構築していくように見えるから、出現の仕方がまるで違う。


「いいんですか? こんな高価なアイテムをいただいても?」


マナポーションの製造工程は、魔力を集め、液体化する。その液体を魔力を透過しない特殊な砂で作ったガラス瓶に詰めることで出来上がる。魔力を集める装置は非常に高価で、金貨数千枚(数十億円)はするらしい。さらに、魔力を保つガラス瓶も高価で、容量わずか100ミリリットル程度のものでも銀貨一枚ほどの値がつく。


「ウィッチロード領の産業は、魔力集積装置と魔法瓶の製造と販売です。当然、領内には製造施設が整っていて、全て自前で調達しているので、市場価格よりはるかに小さなコストで調達しているんですよ」


そう説明してくれたのは、黒魔導士のユミルさん。おれより三歳年上の二十三歳。青い髪に、青い瞳、身長はおれより小さいので、165センチくらいだろうか。あちらの世界なら、理系の大学院生にいそうな雰囲気だ。サラスさんは、ユミルさんの妹で、兄妹よく似た顔立ちをしている。兄のユミルさん同様、小柄で、155センチ未満だろうな。年齢はミレーユさんと同じ十七歳でカナミと同い年だ。


「ちなみに私のアイテムボックスは、生活用品以外、ほぼマナポーションで埋め尽くされています」


サラスさんは、そう言って苦笑いを浮かべた。


正統派の『アイテムボックス』は、ほとんど魔力を消費せずに使える反面、収納容量に限界がある。つい「おれの『アイテムボックス』には容量制限がないんですよ」と口を滑らせたせいで、あやうくサミュエルさんの実験対象になりかけてしまった。


「では、ありがたくいただきます」


マナポーションを一気飲みし、胃に染み渡ったと感じた瞬間、体に魔力がめぐってくる。


「うわっ、すごいですね。こんなに即効性があるとは思いませんでした……」


「そりゃ、効き目が一時間後じゃ、戦闘中に役に立たないからね。それにしてもナミリさんは、魔法使いなんだから今までにも何度も飲んだことあるだろ。大げさだなぁ」


「すみません、ユミルさん……。初めてなんです」


 マナポーションを一度も使ったことがない魔法使いだと、食事中は散々からかわれたが、サミュエルさんの一団は皆気さくで、ベルトウィンさんが引率するこちらのメンバーともすぐに打ち解けた。


魔法使いにしては色黒で大柄なコラントさんは、おれがローブを持っていないと知ると、全ての魔法に適性を持つグレーのローブをプレゼントしてくれた。ローブの色には、それぞれ対応する魔法の扱いを補助する力があり、赤は火、青は水、緑は風、白は回復魔法といった具合に役割が分かれている。


コラントさん自身は火魔法の使い手だが、簡単な補助魔法も扱えるため、予備として持っていたグレーのローブを俺に譲ってくれたのだった。


「おお、ローブを羽織るだけで、それっぽく見えるものだな」


「思ったより似合うよね、ローブ姿」


エレンとカナミからの評判も上々だ。ありがとう、コラントさん。いつかこのご恩は返します!



 夕食を終え、サミュエルさんたちと少し話した後、夜の運航は私たちにまかせてくださいと言うマクセンさんの言葉に甘えて、ハンモックに揺られながら眠りについた。そういえば、今日はカナミが見舞いに来るって言ってたっけ……。


* *


 目を開けると、相変わらず、そこはいつもの病院だった。起床してからしばらくの間、本を読んで過ごしていた。昼過ぎになって、カナミが見舞いに来てくれた。


「待ちわびて、そわそわしてたやろ」

「してません」

「今日は標準語なんや?」


そう言って、カナミはクスクス笑った。


「さっきまで向こうにいたんだよ。そんなコロコロ切り替えられるかよ」

「そのうち慣れるし。今日はお母さん、いはらへんの?」

「朝に見舞い来て、もう帰ったわ」

「無理して関西弁、使ってる?」

「無理してへん。こっちが普通や。そやけど、こんな頻繁に見舞い来てくれて大丈夫なん?」

「うん。だって、あっちではもう二度とナミリに会われへんから……」


「えっ……」


それってつまり、二年後にはもうおれはいないってことか? どちらかの世界で、おれに何かが起こって死んでいるとか、カナミとは会えない事情があるのか……。


「ウソに決まってるやん」


カナミはそう言って、爆笑した。「「えっ」てマジ顔、めっちゃウケるし」とか言ってるし……。


「今日、持ってきたんはこれ」


そう言って渡されたのは、水のいらないシャンプー(ドライシャンプー)とボディシートだった。


「今頃、船で風呂に入れへん生活してるやろ? これ、向こうの私に渡しといてな」

「まあ、そうなんやけど……。よう覚えてるな」

「セキネ先生の記録日誌があるからなー。さすがに、いちいち覚えてへんで?」


なるほど、カナミがこれほど的確に『あちらのカナミにとって必要なもの』を持ってきてくれるのが不思議だったが、セキネ先生の日誌を読んでいるなら納得だった。


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