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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【017】サウスポートからの船出

 翌日、おれたちはサウスポートの街を目指して、再び林道を進んでいた。


「このあたりで少し休憩して、昼食にしましょうか」


ベルトウィンさんが馬車を止め、皆が腰を下ろす。おれは、今朝ザムル老人が用意してくれていた弁当をアイテムボックスから取り出し、『創造』の力で再生成した。


「何度見ても素晴らしいですね。ナミリ殿の空間魔法は」


「おれのアイテムボックスは、保管中の時間が止まっているんです。だからまだ温かいですよ」


何度か『破壊』『維持』『創造』を試したことで、だいぶ仕組みが分かってきた。アイテムの『維持』(保管)には魔力操作を必要とせず、しかも容量に制限はないらしい。『破壊』した時点で質量はゼロとなり、維持すべき対象そのものが存在しなくなるため、維持に魔力を消費する必要もない。そして質量がゼロである以上、容量の上限がないのも道理だった。


一方で、『創造』と『破壊』には魔力操作の力が不可欠だ。いまのおれの力量では、一日に扱える総量はせいぜい六十キロほど。たとえば四十キロ分を『破壊』に費やせば、『創造』できるのは残り二十キロ分まで、という計算になる。


さらに火魔法や回復魔法を使えば、そのぶん魔力操作の余力が削られ、『創造』や『破壊』に割り当てられる分が減ってしまう。結果として、一日の収納や取り出しの上限も目減りするのだ。


「みなさん、よかったら食後にコーヒーはいかがですか?」


そう言いながら、おれはあちら側の世界で母さんに買い出ししてもらったインスタントコーヒーと紙コップを取り出し、さらに宿場町の宿で詰めてもらった熱湯入りの魔法瓶を机代わりの岩の上に並べた。


「すごい! コーヒーまで用意してくれてるんだ。もしかして砂糖とミルクもある?」

「もちろんですとも、カナミ様」


ベルトウィンさんは、かつて南の大陸へ渡った際に何度かコーヒーを口にした経験があるらしい。一方、エレンはこれが初めてだった。


「……これは苦いな。でも、香りが良くて、なかなか旨いものだ」


「私が南方でいただいたものと比べると、こちらは香りがひときわ際立っていますね。それに、この紙のコップというのも軽くて扱いやすい。飲み終えたらそのまま燃やせるので、水の節約にもなる。実に理にかなっています」


評判は上々だった。とりわけ大のコーヒー好きであるセキネ先生は、まるで子供のように喜んで何杯もおかわりをしていた。


「コーヒーが飲める日が来るなんて……ナミリ君、本当に感謝してもしきれません。これで研究もますますはかどりますよ。今度、さまざまな豆の種類をお教えしますので、ぜひご用意いただけますか」


「さすがセキネ殿、コーヒーにまで深い造詣をお持ちとは。恐れ入りますな」


ベルトウィンさんの言葉は純粋な感嘆のつもりなのだろうが、おれにはどう聞いても追加発注の後押しにしか聞こえない。


こうして食後のコーヒーブレイクを楽しんだあと、おれたちは再び林道を進んだ。昨日の悪天候で道のあちこちにぬかるみが残っていたが、幸いモンスターに遭遇することもなく、数時間の行程を経て無事サウスポートの街へと到着した。


 南から北へと流れる潮風に乗って、無数の帆がたなびいていた。ホルフィーナ王国の港湾都市サウスポートは、南方大陸との交易の要衝であると同時に、都市の東側では大陸を代表する大河のひとつ――ミルヴァリシア川と接している。川幅は場所によって大きく変わるが、対岸が霞んで見えないほど広大な区間もあり、その姿はまるで地球のナイル川や黄河を思わせる壮麗さだった。


サウスポートの街に入るや否や、おれたちはすぐにミルフォード行きの船へと向かった。停泊していたのは、三本マストの中型キャラベル。交易船というより高速航行を重視した造りで、移動を目的とした今回の旅にはまさに理想的な船だ。ベルトウィンさんの姿を認めた船長と数名の船員が、小舟を漕いで出迎えにやってくるのが見えた。


 「ベルトウィン様、お待ちしておりました! 船はいつでも出航できるよう準備万端です!」


声を張り上げて駆け寄ってきたのは、真っ黒に日焼けした肌と岩のように鍛え上げられた体を持つ男だった。髪や髭には白いものが混じり、その風貌はまさに熟練の航海士といった趣だ。


「マクセン! わざわざ出迎えてくれてすまない。昨日は天候が悪いと聞いたから、宿場街で待機していたんだ。皆さんに紹介します。彼はマクセン、この船の所有者であり船長。そして、私の剣の弟子でもあります」


「マクセンと申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。私に船を任せていただければ、必ず目的地までお連れしますよ」


見た目の豪胆さとは裏腹に、その挨拶は驚くほど丁寧で誠実だった。おれたちは順に自己紹介を済ませ、ミルフォードまでの船旅を引き受けてくれることに感謝を述べた。


「ベルトウィン様、ゴードウィン男爵のお計らいにより我々も同乗させていただけるとのこと、誠にありがたく存じます。ただ……エムセブルグ兵といえば騎兵や重装歩兵を主力とされるはず。今回ご同行の皆様は、ずいぶんと軽装に見受けられますね」


「これはこれは、サミュエル殿。お久しぶりです。今回の編成は少々特殊でして、前衛が私を含め二名、魔法使いが一名、ハンターが一名、さらに敵の動向を察知する役目が一名。確かにエムセブルグ家では珍しい構成ですな」


ベルトウィンさんの言葉に、おれは改めてサミュエルという人物に目を向ける。彼はサウスポートの東にあるウィッチロード男爵領の筆頭魔法使いだという。ウィッチロード家は代々、魔法と魔導の研究を重んじてきた家系で、兵の編成も魔法兵を中心に据えているらしい。


「正直なところ、今回の討伐対象がアークジェネラルと聞いた時点で、我々の役割は支援が中心になると覚悟していました。悪魔相手では、魔法の効き目も限られますからね。その点、ベルトウィン様や、そちらのエリーナ殿のような剣士は、まさに討伐にうってつけの戦力でしょう」


「私もエレン殿には期待していますよ」


「ちょっと、ベルトウィン様! からかわないでください!」


「ベルトウィン様が一目置かれるとは! ぜひ、このマクセンとも手合わせをお願いしたいものですな」


軽いやり取りの後、サミュエルさんから部下の紹介を受けた。気安く呼んでいるが、彼自身もれっきとした貴族階級の人物である。


サミュエルさんはこの国でも希少な風魔法の使い手で、その権威として知られているという。部下は四人――男性二名に女性二名。


まず、火魔法を操る魔法使いのコラントさん。もう一人の男性は、攻撃魔導具を駆使する黒魔導士のユミルさんだ。


女性は二人。回復と補助魔法を担うミレーユさん、そして空間魔法を操るサラスさん。特にサラスさんは輸送や移動支援を得意としており、おれにとってはどこか親近感を覚える存在だった。


「ミレーユとサラスは今回が初めての討伐同行……いわば初陣なんだが、相手がアークジェネラルとなると心配でな。ナミリ殿、ぜひ同じ魔法使いとして、二人を支えてやってほしい」


サミュエルさんはそう言ってくれるが、魔法を扱えるようになったのは、つい数日前。どう考えても、おれのほうが素人だ。


「まぁまぁ、皆様! 食料や必需品の積み込みはすでに完了しております。では、出航といたしましょう!」


マクセンさんの号令に従い、おれたちはキャラベルに乗り込み、ミルフォードへと船を出した。今の季節は南から北へ風が吹くため、上流に向かう船でも帆を使った高速航行が可能で、三日もあれば到着できる見込みだという。

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