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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
15/58

【015】隆守さんとお付き合いしております。

 昼の十二時。高層階の病室から窓の外を眺めたが、周囲を囲むオフィスビルやタワーマンションのせいで、その高さをほとんど感じない。


下を見ると、昼休憩のサラリーマンが、今日の昼食を求めてせわしなく歩いている。ウッドウィンの宿の広間での宴会は、カナミの発案で『エレンさん歓迎会』に急遽改められ、その日の夜遅くまで続けられた。使用人のウッドウィンを見る目が少し冷たかったが、間違いなく楽しい夜だった。


ウッドウィンの計らいでカナミとエレンさんは、二人部屋に変更してもらい、個室より大きめの風呂を楽しんでいることだろう。部屋に戻ったおれは、早々に風呂を済ませて眠りについた。ふと目が開くと、いつもの大阪の病室だったというわけだ。


「順調に回復していますね。特に脊椎の損傷は、後遺症が残らないか心配していましたが、状態はかなり良さそうです」


白髪まじりの細身の医師が、検査結果を教えてくれた。予後が良好なのは、やはり、あちらの世界で得た、ヒンドゥー教三大神の力のによるものだろうか。本当にそうなら、ありがたいことだと思う。隣で説明を聞いていた母さんも検査結果を聞き、少し涙ぐんでいる。


「隆守、良かったね。最悪、下半身の不随も覚悟していたからホッとしたよ」

「ごめんな、母さん、心配かけてもうて」


母さんに心配をかけたことを申し訳なく思いながら、あちらの世界でもっと多くの遺跡を巡り、一日でも早く元の体に戻らなければと考えていた。


――ガラリ。


スライド式ドアが開き、一人の女性が入ってくる。


「こんにちは。あ……すみません。お母さんもいらっしゃったんですね」


十九歳のカナミだった。この前来たときに連絡先は伝えてあったはずなのに、予告もなく見舞いに現れるとは。今日は少し大きめの白いシャツにジーンズというシンプルな装いで、髪は後ろでひとつに束ねている。


「あら、隆守のお友達? わざわざ、お見舞いに来てくれたのね」


「お母さんがいらっしゃるとは思いもせず、いきなり来てしまって申し訳ございません。私、隆守さんとお付き合いしております、余市 華奈美です」


ん? 何言ってるの? え、付き合ってたっけ? いやいや、おかしいでしょ!


「え、隆守にこんな綺麗な彼女がいたの? 隆守、なんで早く紹介してくれないの」

「あの、えぇっと……」

「すみません、お母さん。私、自分に自信がなくて、隆守さんのご家族に交際していることをまだ言わないでってお願いしていたんです」

「隆守なんか上等な生き物じゃないんだから、そんな気にしなくてもいいわよ」


 気をきかせてくれたのか、「今日はもう帰らないといけないから、華奈美さん、ゆっくりしていってくださいね」と言って母さんは帰って行った。


「カナミ、どういうつもりなん?」

「彼女って言っといたら、自然な形でお見舞いに来れるやん。それとも私が彼女やと不満なん?」


んー、正直不満はないが、やっぱりおかしい……


「カナミ、おれのこと、おちょくってる(からかってる)やろ?」

「あはは、やっぱり関西弁のほうが似合うね!」


そう言いながら、左手(・・)で紙袋を差し出す。


「こん前、お願いされたの買ってきたで。そういえば、こんなんあったなって懐かしくなったわ」


紙袋から取り出したのは、包丁、ピーラー、焦げないフライパンなどの調理器具一式。特に圧力鍋は、あちらの世界では絶対に手に入らない品だ。そして、調味料一式。あちらの調味料は種類が少ないくせにやたらと値段が高い。


「これのおかげで、旅の食事がかなり美味しくなったからなー。いいチョイスしてるわ~って思ったもん」


「ほんま、体が動かせんから助かるわ」


そういいながら、『破壊』と『維持』の力を使って、調理用具一式を収納していく。


「あかん、フライパンとか鍋は大きいから、一回で収納できへんわ」

「休んだら、魔力を扱う力も回復するから何回かに分けて送ったらいいんとちゃうかな」

「うーん、そうするわ」

「……あかん。ナミリの関西弁、やっぱめっちゃおもろい……」


仕方ないだろ、あちら側では関西弁はないから、頑張って標準語でしゃべってるんだよ。それにカナミの京都寄りの関西弁も違和感しかないんだが……。



「また明後日くらいに来るね」

「京都からそんな頻繁に来てもらうんは、申し訳ないって」

「大丈夫、この病院は京阪一本でこれるから楽やし!」


カナミが帰った後、味気のない病院食を食べ終えたおれは、少しテレビを見た後に眠りについた。



 ……と思ったら、あちら側の世界、エムセブルグの街のウッドウィンの宿の一室で目が覚めた。本当に寝る時間がないというのはこういうことか。身なりを整え一階の広間に降りると、カナミとエレンさんが朝食を済ませ、紅茶を飲んでいた。そういえば、こっちにはコーヒーはないんだったっけ。次の輸送品はコーヒーだな。


「おはよう。セキネ先生はまだ部屋で寝てるの?」

「セキネ先生なら、私たちより早く起きて、エムセブルグの街の市場調査とか言いながら外に出かけたよ」


 あれだけ飲んでいたのに皆、元気だな。それにしても、ついさっき、十九歳のカナミと話していたと思うと、すごい違和感がある。なんだろう、大阪で会ったカナミに比べると、言っちゃ悪いが見た目が子供だな。二歳の差って、こんなに大きいのか……。そして、エレンさん。元々綺麗だった金色の長い髪が、さらに輝きを増していて、まとまりもよくなっている。それにカナミと同じ、いい香りまで漂ってくる。さすが、Made in Japan。いい仕事してますね。


「あー、しんどい。頭痛い。こりゃ完全に二日酔いだ」


真っ青な顔をしたウッドウィンがフロントカウンターに寄りかかりながら、なんとか立ち姿勢をキープしている。昨日の宴会で、カナミとエレンさんに囲まれて上機嫌で飲んでいたツケってやつだな。このまま見ているのも面白いが、少しかわいそうだな。


「ウッドウィン、ちょっとこっちに来いよ」


ヴィシュヌ様の『慈悲の力』で、ウッドウィンの二日酔いを治療する。こんな使い方して、ヴィシュヌ様のお怒りに触れないかは心配だが、おれの魔法の練習にもなるし、これくらいなら見て見ぬ振りをしてくれるはず。


「おい、ナミリ!? お前、回復魔法も使えるのか? しかも二日酔いを治すってどんな魔法なんだよ」


回復魔法は、主に外傷を癒すためのものであり、病気の治療には向いていない。病気の場合は、白魔導士が特殊な構造の魔導具を使って治療を行う。


とはいえ、その治療効果も、地球における抗生物質の投与に近いもので、病そのものを直接治すのではなく、患者の免疫力を高め、病気に対する抵抗力を補助する程度に留まる。


「ナミリの回復魔法はすごいな。さすが、ゴードウィン男爵から討伐軍への参加を依頼されるだけのことはある」

「エレン姉さん、ナミリは回復魔法だけじゃなくて、火魔法もすごいんですよ」

「攻撃魔法と回復魔法を扱うとは、人は見かけによらないとはこのことだな……」


そんなに、見た目がいまいちですか?この人もメンタルを破壊してくるなぁ……。


「ウッドウィンさん!明日からはお酒、飲めなさそうだから今日もお願いしていい?」

「いいね、私もとことん付き合うよ!」

「はいはい、ウッドウィンにお任せあれ」


んー、美人には弱いな、ウッドウィンは。これは今日も宴会だな。



翌日午前十時。ゴードウィン男爵の屋敷に集まった傭兵のうちの女性二人が、二日酔いで真っ青な顔をしていた……。

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