【014】ナミリ、ナンパに成功する。
武器屋というと、筋骨隆々な親父が「一見さんお断り」とばかりに腕を組み、客を品定めしているような威圧的な空気を想像していた。だが、エムセブルグの街の武器屋に立っていたのは意外にも、白いシャツをきちんと着こなし、長身ながら細身の男。物腰も柔らかく、実に丁寧に対応してくれる。
「お持ちのショートソードより長めの剣をお探しでしたら、こちらのロングソードなどいかがでしょう」
店主の勧めに従い、ロングソードを手に取る。握った瞬間、ずしりとした重量が腕に伝わり、軽く振ると刃が空気を切る感触が残った。やや重さはあるが、扱いに慣れれば十分に戦える手応えを感じる。
ロングソードのガード(鍔)からグリップ(柄)にかけて、金箔を用いた綺麗な装飾が施されている。磨き上げられた刀身は美しく、刀鍛冶の技術の粋をつぎ込んだ逸品なんだろう。
「このロングソード、いくらになりますか?」
「こちらは、銀貨八枚となります」
今使っているショートソードは銀貨一枚。ロングソードなら相場は銀貨四枚ほどだ。目の前の剣は装飾も見事だが、値は一般的なものの倍近い。少し惜しいが、これからの旅を思えば、こうした業物を手にしておくべきだろう。そう判断し、店主に購入の意思を伝え、カウンターに向かって支払いを済ませようとした、そのとき――
「ちょっと待って」
振り返ると、そこに立っていたのはおれよりも小柄な女性だった。金色の長髪が武器屋の窓から差し込む光を受け、きらめいている。カナミよりも白い肌に、切れ長の青い瞳。少し冷たい印象を与えるが、見つめるほどに吸い込まれそうな強い魅力があった。鉄の鎧ではなく、麻の長袖の上に袖なしの革鎧を重ね、さらに両腕の手首から肘にかけて鉄製の籠手を装着している。
「その剣は、あなたには扱えないと思う」
「ちょっと、エレンさん、商売の邪魔しないでくださいよ」
「あなたは、もう少し、客の適正に合う武器を勧めることができるように勉強したほうがいいわよ」
店主とは馴染みなんだろうか。店主からエレンと呼ばれた女性は、ショートソードが陳列されている店の一角に向かった。
「あなた、剣をやる人間の体つきじゃないよね。魔法は扱えるの?」
「は、はい。火の魔法と回復魔法が使えます」
「剣を扱う体つきじゃない」と言われると、さすがに少し恥ずかしい。もっとも、事実その通りだ。剣術の経験はなく、護身用のショートソードを振るったのも、せいぜい数度、小型のモンスターに立ち向かったときだけ。
「じゃあ、これなんてどうかしら。柄に魔導の細工が施されていて、魔力を扱うときの負担を減らしてくれるわ。あんな飾りだけのロングソードより、あなたにはきっと合っていると思う」
そう言って差し出されたのは、グリップに赤い石を埋め込んだ一本の剣だった。手に取って握ると、体内をめぐる魔力の流れが整えられていくのがはっきりと分かる。これなら、今まで以上に少ない力でより多くの魔力を扱えるだろう。
迷いはなかった。おれは、その魔導のショートソードを選んだ。
支払いを済ませて店を出ると、ちょうどロングソードのメンテナンスを頼んでいたエレンさんも姿を現した。武器選びを助けてくれた礼を伝えると、彼女は軽く肩をすくめて言う。
「あの店の店主は、武器の目利きや手入れは一流だけど、客に合った武器を選ぶのはあまり得意じゃないからね。気をつけるといいよ」
手には大きな革袋を抱えていて、街の住人かと思い尋ねてみると、エレンさんは首を横に振った。
「冒険者だよ。今日、この街に着いたばかりなんだ」
それならと考え、武器選びのお礼も兼ねて、夕食をご馳走したいと申し出た。
「夕食をご馳走してくれるのはありがたいけど……本当にいいのか?」
「ええ。今日は宿泊している宿で食事を取る予定なので、ぜひエレンさんもご一緒に。もしまだ宿が決まっていないなら、そのまま泊まれるように宿主に話を通しておきますよ」
「えっ、同じ宿に泊まれって……それ、もう誘ってるの? ちょっと展開早すぎない?」
若干引き気味のエレンさん。その反応に、確かに誤解されても無理はないと気づき、内心で冷や汗が流れた。
「ち、違いますよ! 宿には連れが二人いて、そのうち一人は女性ですから!」
「なんだ、ちょっと期待したのに」
「えっ……」
「冗談に決まってるじゃん。……でもまあ、お言葉には甘えさせてもらおうかな」
そんな軽口を交わしたあと、気がつけば街は夕暮れ色に染まり始めていた。石畳の道に長い影を落としながら、おれたちはウッドウィンの宿へと歩を進めた。
「ちょっとナミリ。居ないと思ったら、どこでナンパしてたの?」
宿の広間では、風呂上がりのカナミが早くもビールを飲んでいた。そんなところにエレンさんを連れて現れたものだから、格好の酒の肴にされる。
「ナミリ、モテ期か? こんなにかわいいカナミちゃんを泣かせるなよ」
「おいウッドウィン、お前まで出来上がってるのか?」
まだ夕暮れなのに顔を真っ赤にしたウッドウィンを見て、この宿は本当に大丈夫かと心配になる。
「仕事しろって顔するなよ。今日は非番なんだ」
「じゃあ宿泊客が一人増えても大丈夫だな? 食事付きで」
「問題なし。ウッドウィンにお任せを~」
完全に酔っ払っている。話が何も繋がっていないことに、気付いていない。酒に強いはずの彼がこれでは、カナミの酒豪っぷりを疑うしかない。
「そんなことより、ナミリもお姉さんも飲もうよ!」
カナミに引っ張られ、テーブルに着かされる。唐揚げや串焼き、魚やイカの料理が並び、にぎやかな宴が続いていた。
「ねぇ、ここって高い宿だよね。大丈夫なの?」
「おれとウッドウィンは兄弟みたいな付き合いだから気にしないでください。それより、二人が完全に出来上がっていて申し訳ないです……」
賑やかな宴は、おれたちが宿に戻ってから随分経つというのに、まだ終わる気配を見せない。気づけばセキネ先生まで加わり、酒と料理を存分に楽しんでいた。
「エレン姉さん、あとで一緒にお風呂入ろうよ。おすすめの石鹸があるの」
「それは楽しみだね。カナミの髪からいい香りがしてるのは、その石鹸のおかげかしら?」
「そうなんです! ナミリがプレゼントしてくれたんですよ!」
カナミとエレンさんはあっという間に打ち解け、女子会状態に。アルコール入りで風呂に入るのだけは心配だ。
「それで、どうして男爵が宿代を払うんだ?」
ウッドウィンの疑問にはセキネ先生が丁寧に説明してくれた。
オーク討伐に合流した経緯から、王都東方の討伐軍に参加する経緯まで……。セキネ先生は、要点をまとめて、分かりやすく話すのが本当にうまい。
「ナミリが魔法を使えるって話、正直どうにも信じられないんですよ。本当ですか? あいつとは長い付き合いですが、小さな火ひとつ起こしたところすら見たことありませんよ」
どうやらウッドウィンは、セキネ先生の説明の中でも、とりわけおれが魔法を扱ったという点に引っかかっているらしい。ならば、ここは実際に見せてやるのが早い。
「カナミ、ちょっと来てくれ」
「なにー、ナミリ?」
「お土産だ!」
おれは『創造』の力で再生成したイカの串焼きを取り出し、カナミに手渡した。
「ありがと! 熱々でおいしいよー!」
うん、思った通りだ。おれのアイテムボックスは『破壊』『維持』『創造』の力で成り立っていて、保管した物は一度「破壊」された状態を忠実に再現してから「創造」されるらしい。一方で、空間魔法使いのアイテムボックスは別空間に保存する仕組みだが、時間の経過の影響を受けるため、生鮮食品の長期保存には不向きだ。
「おい、今のなんだよ! 空間魔法か?」
「まあ、そんなところです。これで信じていただけますか?」
わざとらしく慇懃に答えてみせたが、ウッドウィンはまだ半信半疑の目でこちらを見ていた。
「ナミリの火の魔法、すごかったよね!」
「火の魔法まで……信じられねぇ……」
「カナミ君の弓もすごいんですよ。どんなに遠くても確実に射抜きますから」
「カナミちゃんもそんなに……」
オーク討伐の武勇伝で場が熱を帯する中、エレンさんが少し遠慮がちに口を開いた。
「あの……盛り上がってるところ悪いんだけど、さっきの王都東方の討伐軍の話に出てた五人の傭兵、その一人って……私かも」
ここにいる全員が言葉を失い、呆気に取られたように、エレンさんを眺めていた。