【013】ゴードウィン男爵からの依頼
ホルフィーナ王国の王都は、エムセブルグの街から西へ進み、サウスポートを経由してさらに二つの都市を抜け、小高い山を越えた先にある。
おれがそこを訪れたのは、これまでに一度きり。八歳のころ、親父の交易に付き添って旅した時のことだ。幼かったせいで細部の記憶はほとんど残っていないが、ただ長い日数をかけて旅をしたという感覚だけは、今も鮮明に覚えている。
「急な話で驚いているのですが、王都にはいつまでに向かえばよろしいのでしょうか?」
「うむ。詳細は、家令のエドウィンから聞いてもらうとよい。エドウィン、説明を頼む」
おれの質問を受けて、ゴードウィン男爵に丸投げされたエドウィンさんが、今回の討伐計画について説明を始める。昨日、セキネ先生と話し込んでいた人だな。
「家令のエドウィンです。お見知りおきを。お三方の昨日の活躍、伝え聞くだけで素晴らしいものだと感銘を受けました。
まず、王都での討伐隊の編成は約一か月後を予定しております。エムセブルグから王都までは、交易商の足で半月程度なので、日程には余裕があります。王都の東方の山に、アークジェネラルの出現が確認され、約二百体の悪魔が集落を構築しつつあるとの報告が入っています。
これを壊滅させるための討伐軍を王の元で編成中となり、各地の貴族に対し、兵を供出するように求められています。
我がエムセブルグ領に割り当てられた兵役人数は五名ですが、エムセブルグは四方の林道の警備活動に全ての兵を割り当てているため、正規兵の供出は難しく、傭兵を雇い対応する方針でした」
話が見えてきたぞ。つまりその傭兵代わりにおれ達を供出しようとしているんだな。
「五名ってことだけど、あと二人はどうするの?」
ん? カナミは、受ける前提で話をしている? アークジェネラルって、最低でも中級悪魔、最悪の場合は、上級に位置づけられる悪魔じゃなかったっけ? すごく危険な依頼をそんな簡単に受けちゃうんですか?
「あとの二人は、一名は傭兵に依頼し、もう一名は、エムセブルグ家の者が同行し、隊の責任者の役割も担ってもらいます」
「じゃあ、断る理由はないんだけど、もちろん依頼料もそれなりなんですよね?」
「うむ。そこは最大限努力することは約束しよう」
カナミは、男爵のお墨付きをいただいて、満足そうな様子だ。おそらくセキネ先生は、昨日の宴の中で、悪しき者の駆除はもちろん、移動用の足の確保と移動による遺跡探索、依頼遂行中の食と住の確保や、報酬による今後の生活費の確保といった、遺跡巡りを行うために必要な要素をすべて兼ね備えたゴードウィン男爵の悩みを聞き、三人が傭兵として王都に赴く案を提案したのだろう。
「すみません、一つ問題がございまして、わたしはこの街に交易に来ているので、交易で得た売り上げ金を村に持ち帰る必要があります。また、長期間、家畜の世話を、他の村人にお願いするのも気が引けます」
「なるほど。では、ナミリさんの牧場は、ゴードウィン男爵家で一年間借り上げ、借り上げ料を先にお支払いするというのはいかがでしょうか。
また、家畜の世話は、エムセルの村の者を男爵家で雇い入れますので、村にもメリットは大きいかと思います。あと、今、お手持ちの売上金は、雇用役に持たせますので、お届けすることは可能かと。ゴードウィン様、この案よろしいでしょうか」
「かまわん。進めてくれ」
さすが、家令に選ばれるだけのことはある。問題解決が早い。おれも就職したらエドウィンさんのような出来る男になりたいものだ。
「では、牧場の借り上げ金は、本日から一年間で金貨三十枚。お返しする際は、今と同数の家畜を保証いたします。こちらでよろしいでしょうか」
金貨三十枚、こちらでの貨幣価値では金貨一枚が日本円換算で十万円程度の価値があるから、三百万円程度になる。牧場から得られる利益の二年分に相当する額だ。
「そんなにいただけるんですか?! それでしたら、お断りする理由はございません」
「よかったね、ナミリ!今日はウッドウィンさんの宿でご馳走よろしくね!」
たかるのが早くないですか? カナミさん……
「ウッドウィンの宿に泊まっているのか。屋敷に部屋を用意することも出来るがどうする?」
「いえ、ウッドウィンさんの宿には部屋にお風呂があるので、宿がいいです!」
「ははは、たしかにウッドウィンの宿であれば居心地も十分であろうな」
男爵からも認められているのか、ウッドウィンの宿は。なんか、毎回、格安で泊めてもらっていることに後ろめたさを感じるな。
「二日後に出発する予定となりますので、明後日の午前十時に屋敷までお越しください。旅に必要なものはこちらで用意いたしますが、個別に用意するものがあれば、あらかじめ街で整えておいてください。あと今日、明日の宿代はこちらでお支払いいたしますので、その点はご心配なく」
こうして、エドウィンさんから支度金として銀貨三十枚(こちらは一枚一万円。日本円で三十万円程度の価値だ)を受け取り、昼食をいただいてから屋敷を後にした。
「ナミリ、帰ったか!今、男爵家からお達しがあって今日明日の宿代は男爵家持ちだとさ。お前達、いったい何やったんだよ」
「まあ、後で話すよ。もちろん宿代は、正規の値段で受け取るんだろ?」
「いや、少し上乗せしてもらっているから、今日の晩飯はおれがおごるぜ」
宿に戻ったおれ達を見るなり、開口一番、ウッドウィンによる事情聴取が始まりそうだったが、疲れているのでここは流しておこう。
「ウッドウィンさん!私さっそくお風呂に入りたいんだけどお願いしてもいいですか?」
「カナミちゃん、お任せあれ!」
んー、カナミはすっかりウッドウィンのお気に入りになっているみたいだな。
「私も、これまでの旅の記録をまとめたいので、お部屋に失礼しますね」
そう言うと、セキネ先生も早々に部屋に籠ってしまった。
一人、暇になってしまったな。牧場の借り上げ料をもらったことだし、街に出て、少し買い物でもするか。本格的な旅と戦闘を行うには、あまりにも装備が貧弱するぎるもんな。
「ウッドウィン、話は晩飯でも食べながらでどうだ? おれは少し買い物に出てくるよ」
「ああ、それでいい!」
オーク討伐からまだ、一日くらいしか経過していないが、すでに市場にはサウスポートから海産物が運び込まれているようで、二日前にチーズを卸しに来た時とは見違えるような賑わいを見せている。
交易再開直後は、物の値が上がっているので、早い者勝ちといわんばかりに、サウスポートからの流通が盛んになっているようだ。屋台も立っていて、おれはイカの串焼きを一本購入し、三大神のアイテムボックスに収納した。
熱々の串焼きを保管し、再生成すると熱々の状態で取り出すことができるか? そんな、ふとした疑問が湧いたからだ。少しつまみ食いをしようかとも考えたが、きっと今日の晩飯にサウスポート産の海産物が並ぶんだろうなと思い、やめておいた。
市場を抜けた先には、店舗街があり、日用品や衣類、武器・防具、それに魔導具を取り扱う店が並んでいる。村の人間に買い付けを頼まれた時くらいしか来ないエリアだ。エムセブルグの街は、人口の少ない街だが、交易拠点ということもあり品揃えには恵まれている。
おれは、これからの長旅に備え、何着かの普段着と、少し大きめのテントと寝袋を購入した。今までは、軽さを優先して簡易テントと毛布を使用していたが、アイテムボックスのおかげで多少重量があろうが、簡単に持ち運びできる。
日用品を買いそろえたおれは、今日の本命、武具を新調するために武器屋に向かった。