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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【012】ゴードウィン男爵邸での宴

 「先生!モンスターの位置を教えて!」


アンコールワットで、カナミがラーヴァナ(十の頭と二十の腕を持つ羅刹の王)を射抜いた時と同じように、セキネ先生が静かにカナミの背へと手のひらをあてる。


「あれ、一度に三体の位置が分かるようになってない?」


「ガネーシャ様に感謝ですね」


「距離は200メートルくらいね」


そう言いながら放った矢が見えなくなり、わずかな間をおいて遠方から汚い叫び声が聞こえる。矢が遠方のオークを射止めたようだ。


「どんどん行くよ~」


「おれは、男爵たちの突撃について行ってみる!」


「無理しないでね!」


駆け出すおれにカナミがやや心配そうに声を掛ける。


ゴードウィン男爵の兵団が、オークの群れに突撃する頃には、十体以上のオークが射倒されていた。兵団の突撃から少し遅れて、アイテムボックスから再生成したショートソードを片手に、おれもオークの群れに突入しつつ、さっそくアンコールワットで得た力を試してみる。


三眼の火(トリネートラ)!』


空中に現れた拳くらいの大きさの火の珠が、何頭かのオークの集まりの中央に着弾すると同時に、火柱が上がり、三頭のオークを焼き尽くした。


三眼の火(トリネートラ)は、シヴァ様の力で、本来は、額の第三の目から火を放ち焼き尽くす力だ。某ファンタジーロールプレイングゲームの影響で、吹雪のイメージが強いが、火が得意なんですね、シヴァ様は。


「おお、魔力を扱えるのか!お前達!素晴らしいぞ!」


華麗な槍裁きでオークをなぎ倒しながら、ゴードウィン男爵がおれに声を掛けてくれる。以前の才能なしだった頃のおれには考えられないことだ。


「おい! こっち! 腕をやられた! 援護を頼む!」


少し離れた場所では、一人の兵士がオークの槍に腕を貫かれたのか、激しく出血していた。その兵士を守ろうと、仲間の兵士たちが必死に援護している。


「おれに任せてください!」


腕を突かれた兵士のそばにより、傷口に手を当てる。


『慈悲の力・・・』


兵士の腕の傷は瞬く間に塞がり、流れ出ていた血も止まっていく。『慈悲の力』は本来、ヴィシュヌ神が信徒を窮地から救い出すために用いる救済の力なのだ。


「回復魔法の使い手か! ありがたい! 感謝する!」


周りを見渡すと、オークの討伐は、ほぼ完了しており、この後おれに活躍する機会はなかった。



 「いやー、完全勝利だな!正直、こんなに被害が少ないとは思っていなかったからな」


何人かの負傷兵も、『慈悲の力』で回復させから、全員無傷での勝利ということになる。実はもう、魔力が尽きていて、これ以上の負傷者がいるとちょっとヤバかった。


「三人の協力があればこそだな。改めて名を聞いてもよいか?」


「おれは、ナミリです。エムセルの村の住人で、ゴードウィン男爵の治められる、エムセブルグの交易所に商品を卸しています」


「何? ナミリと言ったな。交易所に商品を卸すということは、商人なのか? 魔導士連盟の登録者ではないのか?」


「はい。商人ギルド登録者で食品商です」


「食品商……」


カナミとセキネ先生も改めて挨拶を済ませた。ゴードウィン男爵が、戦勝の宴を催すとのことで、おれたち三人も招待され、ゴードウィン男爵の兵団に同行し、エムセブルグの街に凱旋することになった。



 エムセブルグの街の中心部にそびえる、ひときわ大きな建物――それがゴードウィン男爵の屋敷だった。もっとも、男爵自身の住まいは、建物全体の規模に比べると意外なほど小さく造られている。


その代わりに、正規兵たちの兵舎は都の高級宿を思わせる立派な造りで、この領主がいかに兵を大切にしているかを如実に物語っていた。



 宴は、ゴードウィン男爵の屋敷に設けられた野外の練兵場で、バーベキュー形式で盛大に催された。オークの群れの壊滅に喜んだ交易商達が、次々と祝いの品を献上する。その中には高価な食材も多く、贅を尽くした食材は惜しげもなく調理され、山盛りの料理として振る舞われていく。


「まずは、ビールと羊肉の串焼きだな」


羊肉は、時間が経つと臭みが強くなり、香草を使わないと食べることができない人も多いが、この羊肉は新鮮で実に旨い。


そしてホルフィーナ王国のビールは、下面発酵で醸造されていて、日本のビールに近い味が楽しめる。そう!この『のどごし』がたまらない!


「やっぱ、ビールだよねー」


「お、カナミも飲んでるな!ってお前、未成年だろ! 酒はやめろよ……」


「こっちの世界は、お酒に年齢制限がないの、知ってるでしょ?」


そう、この世界、少なくともホルフィーナ王国には、酒に対して年齢制限がない。というか、法律で定める年齢制限という概念がない。酒もたばこも結婚も自由だ。おれも十六歳ごろに酒を知り、仕事の後の一杯を楽しみに、日々の仕事をこなしている。


「おお、ここにいたか!兄ちゃん!」


兵士の一人が声をかけてきた。この兵士はおれが、腕の傷を治した兵士だ。


「兄ちゃんの回復魔法がなかったら、今回はちょっとヤバかったよ!」


「あの時の兵士さんですね。傷の具合はどうですか?初めての回復魔法だったんで、上手く治療できているかどうか心配してたんですよ」


「いや、傷は綺麗に治ってるけど、初めてとか、なんの冗談だよ。あれだけの出血を止めるんだ、中級の回復魔法くらいの力はあるだろ。兄ちゃん、もう酔ってるのか?おもしろい奴だな!」


覚えたての回復魔法は、小さな傷口を瞬時にかさぶたにする位の力しかない。どれだけ才能に差があったとしても最初はそんなものだ。違いがあるとすれば、それを三歳で習得するか十五歳で習得するか、それが才能の差だ。



 その後、おれが治療した兵士達のうちの何人かが、礼を言いに来てくれた。


カナミはというと、弓の腕前が、よぽど兵士達に気に入られたようで、何人もの兵士に囲まれて酒を飲んでいる。いや、もしかすると弓の腕前じゃなく、見た目が気に入られているのかもしれない。


宴の雰囲気をより良くするためか、光の魔導具を使った照明ではなく、複数の焚火が、宴の場となっている練兵場を照らしている。火のゆらぎに照らされ、ほのかに(あけ)に染まったカナミを見て、少しかわいいなと思ってしまった。


「ナミリー、飲んでるーー??」


さっきまで兵士に囲まれていたはずのカナミが、おれの首に腕を巻き付けながら絡んできた。焚火に照らされていないカナミも(あけ)に染まっている。って、おい。ただ酔っぱらってるだけやん。


「カナミ、めっちゃ酔ってるやん!」


一瞬、ポカンとこちらを見る。


「いいね~。関西弁!大阪なら、やっぱそっちやんね」


そういえば、カナミも京都だったな。ただ、残念なことにホルフィーナ王国は、関西弁圏ではないので普段使いはできない。


兵士たちが、焼きあがった鶏肉(普通に焼き鳥だな)や、豚肉、野菜などを取り分けて運んできてくれる。他にも珍味、立派な貝の干物(地球のアワビの干物に近い)や、この辺りでは珍しい、牛肉の干物(同じくビーフジャーキーだ)も振舞ってくれた。


彼らなりのおもてなしなんだろう。酔っ払いのカナミが、おれから離れず、動くことが出来ないから、好意に甘えて兵士たちが持ってきてくれた食事と酒をその場でありがたくいただいた。


少し離れた場所で、ゴードウィン男爵とセキネ先生、それに雰囲気がセキネ先生によく似た、エムセブルグ家の執事か何かだろうか。いかにも、切れ者といった雰囲気の男性が話し込んでいる。


あれは良くないことを企んでいる顔だ。付き合いは浅いが、セキネ先生の『悪い顔』が、少し読めるようになってきた。



その日は、ゴードウィン男爵の客間に泊めてもらい翌朝を迎えた。ちなみに大阪のおれは、まだ体を動かせないのでスマホでサブスクを楽しんでいるうちに寝てしまったようだ。



翌日……



「近日予定されている、王都東方の大規模モンスター討伐隊に協力してもらい、エムセブルグ家の力となってくれること、感謝する」


ゴードウィン男爵の屋敷の広間で、男爵ご本人から深々とお礼をいただきましたが……。


えぇっと、ゴードウィン男爵様、そんな話、初耳なんですが。


さては、セキネ先生、昨日、男爵と切れ者風の執事(仮)とそんな約束しちゃったんですね。セキネ先生をチラッと見ると、すぐに目を逸らした。これはもう、断れる状況じゃないんだなと察したおれは、大規模モンスター討伐とやらの説明を聞くしかなかった。


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