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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【010】日用品輸送作戦

 アンコールワットの光景が消え、気がつくとおれたちはエムセルの村からエルムブルグの街へと続く森の中に立っていた。


「ここは……」


戻ってすぐには気づかなかったが、見慣れた木々の配置や道の形から、どうやらエムセブルグの街のすぐ近くらしい。


――なんて親切な対応なんだ、ブラフマー様。他のヒンドゥー教徒がヴィシュヌ様やシヴァ様を推していても、おれはブラフマー様も等しく敬わせていただきます!


「街が近いようですね。ここは……ナミリ君がチーズを配達する予定だったエムセブルグではありませんか?」


セキネ先生もすぐに周囲を見渡して気づいたようだ。土地勘があるのか、それとも先生の力――解析や鑑定の力を使ったのか。


「もう、かなり遅い時間だし……とりあえず街に行って宿に泊まろうよ!」


おれたちが返事をする間もなく、カナミはさっさと街の方向へ歩き出していた。


エムセブルグの街は森に囲まれた交易中継の宿場町で、人口は二千ほど。統治しているのはゴードウィン・エムセブルグ男爵だ。宿場町という土地柄、飯屋も多く、食材を持ち込めばかなりの利益になる。おれの家で作ったチーズはもちろん、村の仲間が作ったチーズも一緒に運び、代わりに運送費として利益の一割を受け取っている。残念ながらこの時間では交易所も閉まっており、商品の持ち込みは明日だ。


「やぁ、ウッドウィン。三人分の部屋はあるか?」


声をかけたのは、この街で宿を営む古株の住人、ウッドウィンだ。エムセブルグの住民は、家名にちなんで“〜ウィン”と名乗る人が多い。おれの父とウッドウィンの父は旧知の仲で、森でモンスターに襲われかけたところを父が助けたことが縁となり、いまでも身内価格で泊めてもらっている。


「おお、ナミリか。今日は遅かったな。三人分ってのは珍しいな。部屋は空いてるから安心しろ……って、おいおい、連れの女の子、めちゃくちゃかわいいじゃないか。どういう関係だ?」


「いや、ちょっと森でヤバいモンスターに絡まれてたんだ。それを助けてもらってな」


「……その子がお前を助けたのか? 確かに立派な弓を持ってる。なるほどな」


カナミの弓は、誰が見ても立派な逸品で、宿に到着するまでの道中、腕利きの冒険者と思われる人間がチラチラと見ていたな。


「飯はどうする? 疲れているなら出前を取ってやるから、一階の広間で食べて行けよ」

「あぁ、助かる」


「けっこういい宿ね、ナミリってお金持ちなの? チーズの行商ってそんな儲かるの?」


カナミが驚くのも無理はないか。ウッドウィンの宿は、この街でも五本の指に入る高級宿だ。おれは、この宿の本来の半額以下で泊めさせてもらっているからな。


「お嬢ちゃん、おれとナミリは親父の代からの付き合いで、ナミリの親父さんにはちょっとした恩があるのさ。宿代も飯代も安くしとくから、ゆっくりして行ってくれよな。部屋には風呂もある。いつでも沸かすから言ってくれよ!」


「え!お風呂があるの!最高じゃない!こっちでは中々お風呂に入れないからめちゃくちゃ嬉しい!」


「お嬢ちゃんの故郷では、家に風呂があるのかい?それは羨ましいねぇ」


あっちは、2023年の日本だからね。意識の共有が起こる前は、風呂に入れないことが普通で、気にもしていなかったが、地球の意識が混ざった後だと確かに風呂は恋しいな。それに、向こうのシャンプーやボディーソープが欲しくなる。輪廻転生のアイテムボックスの力で、向こうの品を破壊・保管して、こちらの世界で再生成すれば……。


やってみないと出来るか分からないが、実現すればこっちの生活も地球の生活水準に近づけることができるかも。



「いやー、美味しいですね。ナミリ君に付いて来て正解でしたよ」


ウッドウィンが用意してくれた料理に満足そうなセキネ先生。老舗の高級宿の主であるウッドウィンは、この街の飯屋にも顔がきき、取り寄せてくれる食事は、どれもこの街の名店からのお取り寄せとなる。


「セキネ先生は、どうして生と死の狭間に踏み込んだんですか?」


おれはバス事故、カナミは通り魔。この明るい先生にはどんな辛い過去があるのだろうか。聞いてもいいか迷ったが、やはり聞いておいたほうがいいと思った。


「私ですか? 私は考古学調査で砂漠に行ったときにサソリにブスっと……。危うく死ぬところでしたよ。私には、カナミ君のような後遺症はないので、力を授かった後の治癒がどういう感じかは分かりませんが」


意外と軽い理由でも、死にかければ狭間に踏み込めるようだな。


食事を終え、それぞれの部屋に入り、おれは眠りについた。


* *


目をあけるとそこは見覚えのある病室だった。大阪の総合病院の一室。まだ体を動かすことはできない。時計を見る。朝十時頃か。


意識が戻ったことに安心した母さんは、家に帰ってゆっくり休んでからまた来るって言ってたから当分はおれ一人か。テレビでも見て時間をつぶそうかと思ったが、朝のワイドショーも終わっていて、見たい番組がなかった。


「こんなことなら、本でも買っておいてもらえば良かった」


暇つぶしにスマホでニュースサイトを眺めていると、病室の扉をノックする音が聞こえ、ほぼ同時に病室のスライド式ドアが開いた。


「約束通り、お見舞いきたよー」


そこには、向う側で出会った少女、ではない。少し大人になったカナミがいた。


「えっ、ちょっと、え、どうしてカナミがここにいるんだ?」


「大阪のバス事故の四日後にここに来るよう、あっちの世界のあなたに言われて来たの」


肩までだった髪は、肩甲骨付近まで伸びている。向こうでは綺麗な黒髪だったが、こちらでは暗めの茶色に染めている。2023年で十七歳なら、今は十九歳か。おれより一つ年下のはず。


白のブラウスに、ブラウンのふくらはぎぐらいまでの丈のふわっとしたスカート。足元はローファー。二歳しか変わらないはずが、かなり大人びて見える。服装が与えるイメージってすごいな。


「十九歳のカナミってことは、あちらの世界でこれからの約二年間に何が起こるか分かっているのか?」


「もちろん分かってるけどね。教えちゃうと向こうの歴史が変わっちゃうかもしれないから、教えることはできないの。一つだけ分かると思うけど、二年経っても私は元気だよ」


「それだけ分かれば十分だよ。お見舞い、ありがとう」


「大切なことだからね。これ、お土産」


差し出されたのはドラッグストアの買い物袋。中には、シャンプーとトリートメント、ボディーソープに日焼け止めクリーム、歯ブラシと歯磨き粉・・・お、歯ブラシと歯磨き粉は三人分用意してくれている。


「これってまさか……」

「さぁ、このお土産を『破壊』しちゃってください!」


* *


すごく天気がいい。とてもいい朝だ。ウッドウィンの宿の一室。顔を洗ってから昨日授かった力をさっそく試してみる。


『維持』と『創造』の力。大阪の病院で十九歳のカナミに押し付けられた日用品を再生成する。生成した日用品を持ち、カナミの部屋をノックする。少ししてドアが開く。


「なにー?。連絡なく女の子の部屋に来るってどうかと思うよ」


不機嫌そうなカナミに生成した日用品を手渡す。


「何よこれ。……って、これあっちのシャンプーとボディーソープ! どうやって持ってきたの?! 日焼け止めクリームもある! 完璧じゃない!」


不機嫌そうだった彼女はもういない。日本の美容アイテムにご満悦だ。2025年のカナミから受け取ったことは絶対に秘密にするように念を押されている。


「喜んでいただけて何よりです。日本で『破壊』『維持』の力を使って、保管したものをこちらで『創造』したんだよ。昨日、モンスターに襲われているところを助けてもらったお礼かな」


「ありがとう! ウッドウィンさんに無理言ってもう一回お風呂、沸かしてもらわないと……」


「でも、どうやってわたしが使ってるシャンプーとかトリートメントの種類が分かったの??」


「えっ……。勘、かな……」


約一時間後、交易所に同行したいと付いて来たカナミからは、とても良い香りがした。

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