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世界遺産は異世界に  作者: 石太郎
第1章 ナミリの旅立ち
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【001】弓使いの少女たちとの出会い

小説「世界遺産は異世界に」に目を通そうと思ってくださった方々に感謝いたします。


この小説は、異世界の主人公たちの行動を通して、地球の世界遺産や、日本の文化遺産に触れる旅の物語です。できるだけ多くの遺産を紹介できるよう努力したいと思っています。


もし、少しでも気に入っていただけたら、リアクションや評価を付けていただければ幸いです。


 そこは、まるで古城だった。


丁寧に積み上げられた石で構築された塀が、巨大な岩を幾重にも積み重ねて建造された、見上げるような高さの搭を囲っている。


しかも、その巨大な塔は一つではなく、五つもそびえ立っていた。積み上げられた岩の隙間からは、草木の根が顔を覗かせ、その長い年月を物語っている。


何十年……いや何百年という時を経て風化した遺跡。


圧倒的な存在感と神秘性を放つこの建造物は――先週までは、少なくともこの場所には存在しなかったはずだ。


おれはいつも通り、交易路として拓かれた林道を東へ真っ直ぐ進んできただけで、道を間違えるはずがない。たとえ道を誤ったとしても、このような巨大建築物に、今まで誰一人気づかないはずがない。



 おれの住むエムセルの村は、牧畜を主な産業としており、今は隣町へ羊の乳から作ったチーズを届けている最中だった。


しかし、おれはこの遺跡に心を奪われてしまい、知的探求心の赴くまま、気づけばその敷地へ足を踏み入れていた。


突如として姿を現したこの巨大な建造物は、冷たい石を積み上げて造られているはずなのに、胸の奥を熱くするような――未知の文明の息吹を感じさせたのだ。


――あくまでも知的探求心からである。


これだけ大規模な遺跡だ。もし本当にまだ誰の手も入っていないのだとすれば、貴重な“何か”を発見できるかもしれない。


そう、決して「金銀財宝が眠っているかもしれない」という邪な気持ちからではない。


街にチーズを持ち込んだところで、売り上げはたかが知れている。生活費を差し引けば、安い酒場で一杯やれる程度のものだ。


それに比べ、目の前に現れたこの塔に、金銀財宝――いや、“貴重な発見物”があれば、街を治める貴族へ献上することも、古物商に売り払うこともできる。そうなれば、かなりの収入になるはずだ。



 おれは今、そういった知的探求心(下心)を思いっきり後悔している。



犬というよりは、どちらかと言えば猫に近いだろうか。とはいえ、大人が四つん這いになった姿よりも遥かに大きいその生き物は、人の手のひらほどの長さの大きな二本の牙をこちらに突き立てるように向け、いつでも飛びかかれるよう身構えていた。


そんな危険なモンスターが三体、おれを確実に仕留めようと取り囲んでいる。


森に現れるのはせいぜい蛇ぐらいだと思っていたから、手元にある武器は、ほとんど手入れされていないショートソードが一本だけ。


ああ、短い人生だった。わずか二十年の人生。

終焉を覚悟したその瞬間――


――ビュッ!


空気を裂くような音と共に、大きな二本牙のモンスターの一体が矢に貫かれ、そのまま崩れ落ちた。


「このロープを登って!」


ほぼ同時に、目の前へロープが投げ込まれる。残りの二体は、次の一撃を警戒するように後ずさっている。


おれは垂れ下がったロープに手をかけ、一気に駆け上がって建物の二階層に身を乗り上げた。


助かった……!


安堵の息を吐いたその先に、これまで見たこともないほど立派な弓を携えた少女が立っていた。


「大丈夫? ケガはない?」


少し年下だろうか。腰に差しているショートソードはどこの町でも買えるものだが、左手の弓は、漆黒の木肌にわずかな朱色がさしている。丸みを帯びた珠柱(たまばしら)が幾重にも連なった独特の格子窓、そこから差し込む夕日が弓の朱色を一層引き立たせている。


肩まで伸びた黒髪に、この辺りでは滅多に見かけない漆黒の瞳。


それとは対照的なほど白い肌。


背丈はおれより少し低く、華奢な腕からは、とてもあの大柄なモンスターを一撃で仕留めるような矢を放てるとは思えない。


身に纏っているのは、東方の国の衣装だろうか。


おれたちが着るような、首元や袖口を開けただけの一枚布とは違い、胸元から腰へ斜めに重ね合わせた布を、腰の帯で留めている。


「もしかして、あなたも“あちらの世界”とこちらを行き来している人?」


――“あちらの世界”? 行き来している?

何を言われているのか理解できず唖然としていると、背後から別の男の声がした。


「どうやら、まだこちらの世界の人みたいですね」


驚いて振り返ると、そこには黒髪で細身の体つきをした中年の男性が立っていた。膝下まである白い上着をまとい、その顔には、貴族や一部の大商人しか手にできないはずの眼鏡が掛けられていた。


「セキネ先生、この遺跡って何かわかりました?」

「はい。間違いなくアンコールワットですね」


やはり遺跡なのか……? 先週までここに遺跡なんかなかったはずだが……


建造物全体の広さは、おれの住む村より遥かに大きい。そして、この遺跡は最近建造されたものではなく、石垣から生えた草や根が、かなりの年月ここに存在していたことを物語っている。


「アンコールワットはとても有名な遺跡なのでカナミ君も知っていると思いますが、カンボジアの世界遺産で、クメール王朝のスールヤヴァルマン2世によって建立されたヒンドゥー教寺院です。


あまりに立派な建造物なので、クメール王朝滅亡後は、仏教寺院としても利用されています。


最も大きな搭は65メートルにもなり、マンションなら二十階に相当しますね。


壁面に施されたラーマーヤナやマハバーラタの叙事詩を刻んだ彫刻は何とも壮美で石工技術の粋と言っても過言ないでしょう」


セキネ先生と呼ばれる眼鏡の男がこの遺跡についてドン引きするほど熱く語ってくれているが、さっぱり意味が分からない。


この辺りを治める国は、ホルフィーナ王国だ。クメール王朝なんて聞いたこともない。ヒンドゥー教やら仏教といった、おそらく宗教だろうが、そのような宗教も聞いたことがない。


「その……助けてくれたのは本当にありがたいんですが、あなたたちはいったい何者なんですか?」


弓を持つ少女と眼鏡の男が、そろってこちらを見た。


「失礼しました。私はセキネ・トモヤスと申します。日本で考古学を研究している者です」


「わたしはヨイチ・カナミ。日本の高校生。見てのとおり、弓道部所属よ」


……ニホン? ニホンってなんだ? 国の名前か?


そんな国、聞いたことがない。それにキュウドウブって何だ?


「あなた、名前は?」


カナミと名乗った少女が、まっすぐこちらを見つめている。


黒髪に映える白い肌――村では女も畜産や農耕に従事するため、彼女のように透き通る肌の女性は見たことがない。


「ナミリ……です。ここから南にあるエムセルという村からエルムブルグの町へ向かっている途中で、見たこともない建物を見つけまして。


興味本位で中に入ったら……この有様ですよ。


先週ここを通った時には、こんな建造物は影も形もなかったんですけどね……」


「ナミリさんがこの遺跡を見たことがないのは当然ですし、遺跡が急に表れたことについては、正直なところ私も原因がつかめていないのですが、間違いなくこの遺跡は私たちの世界に存在する遺跡です」


 セキネ先生と呼ばれる “ニホン” という国の考古学者によれば、この遺跡は『地球』という世界に存在する建造物で、本来はアンコールワットと呼ばれる遺跡らしい。


なぜこの遺跡がこちらの世界に現れたのかは分かっていない。ただ一点だけ言えるのは――その存在に気づくのは、『地球』という世界と“つながっている人間”、つまり『地球』で生と死の狭間に置かれた者、あるいは死地を経験した者の 意識や記憶がこちらの世界の人間と混じり合っている状態 にある者なのだという。(正直なところ、言っていることの半分も理解できなかったが)


「私たちの世界……? 生と死の狭間……??」


この眼鏡の男、もしかして “スピリチュアル” な人なんだろうか。いや、ちょっと危ない人かもしれない――


……いや、そもそもスピリチュアルって何だ? そんな言葉、今まで聞いたこともないぞ?


さらに眼鏡という高級品を見て毒づいている自分がいる。


――眼鏡ってそんなに高級だったか? コンタクトの方がコストは高いはずだ。……いや、コンタクトって何だ?


 そんなことを考えいるうちに、モンスターに襲撃され逃げ切った安堵感からだろうか、意識が朦朧とし、おれは、そのまま気を失っていった。



 そして、どのくらい時間がたっただろか。



目が覚めると、おれは高層ビルに囲まれた病院のベッドの中だった。



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