温もり
その後もあすかは、瑛太と連絡を取り合っていた。
あすかが「これって何かな?」と何気なく話したことに瑛太は分かりやすいように説明をしてくれたり、自分が分からない時はスマホで検索をかけてURLを送ってくれた。
なんだろうね、などあやふやなままにせず分かるまで教えてくれるところや何気ない会話でも調べてくれるところに誠実さを感じていた。
瑛太は、仕事の帰りが遅く22時を過ぎることが多かった。新商品の開発担当をやっており、商品のデザインから収支、生産計画の指揮を取っており、チームで取り組むが内容がある程度分かっていないと遅れが出るからと各担当の業務内容を細かいところまで目を通して確認しており仕事に対する真摯な姿にあすかは徐々に心を惹かれていった。
ある日の平日夜、瑛太が振替で休みのため待ち合わせをし、例の夜景を見に行くことになった。待ち合わせ場所に着くと、瑛太の車が待機しており車内からはジャズが流れていた。
夜景スポットに着き車を降りると、6月初旬とはいえ夜風はまだ肌を刺すように冷たかった。あすかは薄手のカーディガンとストールを着ていたが、瑛太は半袖のTシャツ一枚だけ。
「寒くないですか?」あすかは心配して尋ねると
「大丈夫。ありがとう」瑛太は笑顔で答えましたが、小さく肩をすくめ手を腕にあてているのがあすかの目に留まった。
瑛太は寒いのを我慢している…
「これ、よかったら使ってください。」あすかはストールを差し出すも
「ありがとう。でも、あすかさんが寒くなっちゃうから」瑛太は少し困ったように、しかし優しく断わった。
あすかの気遣いは嬉しいけれど、自分がストールを使ってあすかが風邪を引いてしまったら申し訳ないと思ったのかもしれない
「私はカーディガンもあるし大丈夫。瑛太さん半そで1枚だと寒すぎるよ」
「大丈夫。あすかさんが寒くなってしまう方が嫌だよ、ありがとうね。」
それでもやはり寒そうにしている瑛太を見ていられなくなったあすかは、瑛太に近づき瑛太の腕を両手でさすり始めた。
恋心というよりは心配する母親のような純粋な気持ちから出た行動だった。
「寒くない?少しは温かくなったかな?」あすかは心配そうな表情で、瑛太の顔を見上げると、少し驚いたように目を丸くしましたが、すぐに視線を逸らし、少し上を向く瑛太。
なんだかあすかの行動に少し戸惑っているようだったが、あすかは少しでも温かくなるように優しく瑛太の腕を温め続けた。
しばらくの沈黙の後、瑛太は少し躊躇いがちに
「あの…やっぱり少し寒くて…抱きしめても、いいかな…?」
あすかは、自分のしたことが、そして瑛太の言葉の意味を理解した瞬間、顔が真っ赤になり心臓がドキドキと高鳴り全身が熱くなるのを感じた。
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
せっかくのお休みに夜景に誘って体調を崩してしまった申し訳ない、寒さが少しでもやわらげば…その一心での行動だったが自分のしたことがとてつもなく大胆に感じて、恥ずかしくなった。
予想外の展開に、頭の中が真っ白のあすか。それでも、「は…はい…」と首を縦に振りこたえました。
その瞬間、瑛太は優しくあすかを抱き寄せた。あすかは瑛太の胸の中で顔をうずめ、温もりを感じながら鼓動の速さを聞いていた。
ひんやりとした空気が漂う、でももう二人は寒くなかった。
その後は夜景を見下ろす静かな場所で、瑛太はあすかのストールを肩から掛け、あすかを後ろから優しく抱きしめた。
あすかは、ストールと瑛太に包まれながらきらきらと優しく照らす夜景を見ていた。
そのきらめきが二人の頬をほんのりと照らし、静かな夜が二人の心を繋いでいた。