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第16話 元勇者のおっさんは衝撃の事実を知らされるそうです

 ダンジョン攻略から数日後。

 青い空の元、ノルバがいつものように庭でフリスビーを投げてフューと遊んでいると、ある人物が訪ねてくる。


「随分と楽しそうじゃない」

「アルか。何しに来たんだよ」


 フューからフリスビーを受け取りながらノルバが聞くと、突然目の前にドスンと財宝と金の入った二つの袋が現れる。


「これ、ダンジョンの報酬と前にアンタがクリアしたクエストの報酬金。ずっとギルド行ってないでしょ。シャナって子に頼まれたわよ」

「あー、すっかり忘れてたな」


 フューが王国内に入れない事もあり冒険者ギルドとも疎遠になって報酬金について忘れていた。


「てか多くねぇか。クエストってこんなに貰えるもんなのか?」


 ギルドの印の入った袋を指差すノルバにアーリシアは呆れた様子でため息をつく。


「キマイラ倒したんでしょ。知らないだろうから教えとくけどキマイラはゴールドクラスの魔獣なの。それなりの報酬があるのよ」

「へぇ……」


 興味のなさげに返事をしてフューをくしゃくしゃと撫で回すノルバの反応にこういう奴だったとアーリシアは首を振る。


「アンタね、自分の立場分かってんの? 新人にしてキマイラを討伐しダンジョンも攻略した異次元の冒険者。(ちまた)じゃ噂の存在なのよ」

「別にどうでもいいって。ほっときゃ勝手に消えていく」


「それよりも」とノルバの撫でる手が止まる。すると一気に気温が下がったと錯覚する程に冷たい空気が張り詰める。


「んな事言いに来た訳じゃねぇだろ。わざわざお前が来るんだ。何かあったんだろ」

「ご明察。話が早くて助かるわ」

「またダンジョン行けってんなら断るぜ。自分で行ってろ」


 ダンジョンに赴く際もフューがわんわん泣きでなだめるのが大変だった。そこに加えて一週間も放置して更に傷を深めてしまった。これ以上、傷は重ねたくない。

 しかし次のアーリシアの言葉でノルバはその考えを変えざるを得なくなる。


「魔族が関わってたとしても?」

「何だと?」


 耳を疑った。

 魔族は魔王によって生み出された魔法生命体。魔王なしでは生存出来ない命だ。だから魔王の死亡と共に消滅した。

 それが尚も生存しているなどあり得ない。


「どういう事だ! 魔王は死んだ! オレ達がこの手で殺しただろ! なのに何で今更魔族どうこうの話が出てくるんだ!」


 ノルバは鬼の形相でアーリシアに掴みかかる。

 その鬼気迫る勢いにフューがビクリと毛を立たせるがノルバは気付かない。


「それは分からない。けどこれに魔族特有の魔導回路が隠されてた」


 至って冷静に。だがアーリシアも隠しきれない怒りを抱きながらある物を懐から突き出す。


「これは……ッ」


 手に持った物を見てノルバは驚愕する。

 それは検査をすると持っていかれたフューの姉の奴隷の首輪だった。

 まさか、あり得ない、あってはならない。ノルバの脳裏に最悪の事態が過る。


「こいつは魔王が死んだ後に作られたもんだろ」


 ノルバは知らないが魔族の生み出した魔法道具自体は魔王討伐後も度々見つかっている。

 これは絵師が死んでもその絵師の絵画は消えない事と同じ理由。

 だがノルバの発言通り、奴隷の首輪に関しては魔王討伐後に作られている。

 絵師がいないのに絵画は存在し得ない。

 つまりはまだ魔族が生き残っている事の証明。

 そして魔族の存在が証明する所。それは―――


「何でだ。魔王が生きてるっていうのか」

「今の所は何も。だからその真相を解き明か為にアンタに協力してほしいの」

「模造品ってことは」


 一縷の望みをかけた質問。

 だがアーリシアは断言する。


「あり得ないわ。魔族の魔導回路は人類には再現不可能。それに私が見間違える事なんて絶対にない」


 その言葉を聞いてノルバの首輪を乗せた手が無意識に血が滲む程に握り締められる。


「すぐに行くぞ。部隊の編成はどうなっている」


 足早に武器を取りに屋敷に戻る。

 近付けば息をする事すら躊躇(ためら)われる怒気が漂う中、一つの声がノルバを引き止める。


「のるば……?」


 それはまるで怯える子羊の如く身を縮こませたフューの震える声だった。

 一瞬、ノルバに冷静さが戻る。

 踵を返すとノルバはフューの前にしゃがみ込んだ。


「ごめんな。今からちょっと出掛けて来ないといけなくなった。いつ戻って来られるか分からないけど、レイと過ごしててくれないか」


 撫でる為、頭に手を置こうとするノルバだったが、フューの爪を立てた手がそれを強く弾く。

 その目に涙を浮かべ、フューは叫ぶ。


「やだ! フューもいっしょにいく! いっしょにいく!」


 もう離れないで。いなくなるのは嫌だ。子供の言葉に出来ない想いが込められた心からの叫びだ。

 聞いてやりたい。聞いてやらねばならない願い。

 しかしノルバは硬く重い鉄の扉で心を塞ぐ。


「ダメだ。お前はここにいろ。分かったか、フュー」


 触れようとする者を冷たく突き飛ばす(いばら)の言葉。

 その時のフューの絶望に満ちた顔をノルバは生涯忘れる事はないだろう。

 ノルバは目を逸らす様に立ち上がるとフューを見る事なく屋敷へと戻って行った。そこには悲しみと恐怖と絶望に打ちひしがれ虚空を見つめるフューと静かに見守るアーリシアだけが残っていた。


 ※※※


「良かったの? あれで」


 王都へ移動中のキャビンの中、対面に座るアーリシアは聞く。


「仕方ねぇだろ。今回ばっかりはダンジョンの時と同じ様にはさせられねぇ」


 あの後ノルバはフューと言葉を交えずに出て来た。レイに世話を押し付け、剣を持って半ば逃げる様な形で出発してしまった。

 だがこれでいい。

 万が一にでも追ってくる事があれば守りきれる保証はない。そもそも下手をすれば人類滅亡の可能性だってある案件だ。邪魔をしてもらう訳にはいかない。

 後悔はない。

 ノルバは剣の柄を握り締める。


「聞きそびれちまったが部隊の編成はどうなってる。オレ達だけなんてバカな話はねぇだろ」

「少数精鋭。信頼出来る人だけを集めたわ。時間があればメイシアとガルードも探せたんだけど」


 その名はかつて魔王を共に討伐したパーティーメンバーの僧侶とタンクのもの。

 アーリシアの口ぶりからして王国にはいないのだろう。あの時から随分と時が経っている。各々自分の人生を歩んでいるのだ。喜ばしい事だ。だが今だけはその事実が歯がゆい。


「噂が大きくなって尻尾を隠されちまっても困る。今のメンバーを信じるしかねぇな」

「そうね。頼むわよ」

「あぁ、任せろ」


 例えこの命に代えても。喉元まで上がっていた言葉をノルバは飲み込み、更に強く柄を握り締めるのだった。

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