第15話 元勇者のおっさんは家に帰るそうです
全色の絵の具を中途半端に混ぜた様な景色が続いた。
蠢きき続ける色が漸く落ち着くとノルバ達の目の前には暗い外の景色が広がった。
戻って来た。それはノルバ達、ダンジョン攻略者だけでなくダンジョン内にいた者達もだ。しかし残念な事に犠牲になった者はここにはいない。
「お疲れ様」
不意に宝の山と共に戻って来たノルバ達の背後から労いの言葉をかかる。一同が振り向くとそこにいたのは既に帰った筈のアーリシアだった。
そんなまさかな状況にエルノは驚いた表情を見せる。
「お師匠。帰られたのでは!?」
「えぇ、帰ったわよ。一週間前にね」
「え?」
理解が出来ずエルノは言葉を漏らして固まる。
一週間も経っている。ダンジョンに入ってから一日も経っていないのに。
エルノの困惑した様子を見てシャナが説明をする。
「ダンジョンは別の時空にあるから行きと帰りの時空の揺らぎで時間の進みが変わるんだよ」
「そうだったのね……」
きっとダンジョン参加者にとっては常識なのだろう。
アーリシアの言葉に反応したのはエルノだけ。エルノは自身の勉強不足に気恥ずかしくなり耳が赤くなる。
そんなエルノをよそにリッカは宝物庫にあった瓶をアーリシアに差し出す。
「こちらが今回の報酬になります」
「へぇ……、こんなのがダンジョンの報酬なのね」
興味深そうに瓶を覗きながら振るアーリシアにノルバは聞く。
「アル。お前それ持ってってどうすんだよ。王国のもんだろ、それは」
「あら言ってなかったかしら? 私、王立研究所にいるのよ」
「あぁ」とノルバは納得したような様子を見せる。
確かにどこで何をしているかは言っていなかったが、思い返してみれば王国組織に所属していなければ出ない発言があった気がする。
「ところでどうだった? エルノは」
「上出来だ。一人でも攻略出来てたんじゃないか?」
「随分と甘ちゃん判定ね」
「え? お師匠、ノルバさん、一体何を言って……」
唐突に出てきた自分の名前にエルノは目を開き困惑しながらも話に割って入ってくる。
「何ってアンタの事、お願いしてたのよ。今回が初めての実戦だったでしょ。だから通用するか見てやってほしいってね」
「き、聞いていません!」
「そりゃ言ってないからそうでしょ」
眉を寄せエルノはまさかと隣を見ると、シャナは苦笑いしながら頭を掻く。
ふと、ドラゴン戦で抱いていた違和感の正体が戦で結ばれる。ドラゴンの装甲を剥がす為の攻撃をシャナ達は任せてきたが、その後の攻撃を見るとそんな必要はなかった様に思えた。つまりあれも実力を見る為の行動。
脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてどうにかなりそうな気分だった。
真っ赤な顔を隠す様に手で覆うエルノ。
「ごめんね」
たまらず謝るシャナだが周りなど見れないエルノの耳には届かない。
「メンタルは鍛えないといけないわね」
嘆息して言ったアーリシアは瓶を肩から掛けているバックに入れた。
その時―――
「のーるばーー!!」
超速の大砲の玉がノルバの腹部にめり込む。
吹き飛ばされ背中から落ちたノルバが「いってぇ」と顔を上げる。すると体にはフューが涙と鼻水にまみれてしがみついていた。
「のるば! のるばぁ!」
「申し訳ございません。フューちゃんも我慢していたのですが日に日に調子を崩していってしまい。見ていられず、連れて来てしまいました」
頭を深々と下げてレイが現れる。
「いや、オレが悪い。まさかここまで時間のズレがあるとは思わなかった。フュー、ごめんな」
尚もしがみつくフューの頭をノルバは優しく撫でる。
家族を失ってまだ日も経たない。にも関わらず一週間も放っておく結果になってしまったのだ。フューにとっては捨てられた。また家族を失った。そう思って当たり前だ。
本当に悪い事をしてしまった。
フューを両手で抱えて立ち上がるとアーリシアが耳打ちしてくる。
「アンタ達はさっさと帰りなさい。諸々の事はこっちでしておくから」
「そうか助かる」
それまでの朗らかな空気はどこへやら。張りつめた空気がノルバとアーリシアの周囲に広がっている。
それは敵意への牽制の為。シャナやエルノはともかく他の王国兵や冒険者の鋭い視線が先程から痛い程にノルバに向いている。
正確にはノルバではなく、その胸にいるフューに対してだ。
根深い異種族への差別が幼い少女に向けられているのだ。
「レイ、帰ろう」
「はい」
いつからフューがここにいたのかは分からないが今まで変わらずにいたという事はアーリシアやレイが守ってくれていたのだろう。
感謝と不甲斐なさを胸にキャビンに乗り込もうとすると一人の冒険者が近付いて来る気配をノルバは察知する。
物珍しさからの行動か男はニタニタとした気味の悪い笑みを浮かべ剣を手に持っている。
ここでフューに辛い思い出を重ねさせたくはない。
気狂いとしか思えぬ男の行動にノルバは怒りを通り越した呆れの中、顔だけで振り返り男を見る。
そして軽く目を見開いた瞬間、男は剣を落として尻餅をつく。その顔は青ざめて恐怖に染まった表情をしている。
ただ軽くプレッシャーを当てただけ。未熟者は殺気を当てられても気付かない事があるが、生憎とここに集まっているのは熟練の猛者ばかりだ。相手の力量が分からないバカではない。
「どうしたの?」
小首を傾げるフューにノルバは一瞬にして顔を戻してニコリと口角を上げる。
「何でもない。早く帰ろう」
「うん!」
思わず息を飲むプレッシャーにエルノ達は声を掛ける事が出来なかった。