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第14話 元勇者のおっさんはダンジョンをクリアするそうです

 第三階層は平坦な道だった。それまでの苦労を労うかの様に静まり帰った一本道。ここに辿り着いたパーティーは第四階層に備えて準備を整えている。

 ノルバ達もまた例に漏れず小休憩と準備を行っていた。


「次で最後の階層だよな」


 ノルバは革で出来た水筒の水を浴びる様に飲みながら聞く。


「そうだ。ここからが一番の難所だ」

「だよな。どんなボスがいるのか」


 実地調査と魔法調査の結果、このダンジョンは四層で構成されている事が判明した。

 第一階層は原住民の住む村【チェシニーの住みか】。第二階層は奈落の上に造られた不可視の通路【深淵の胃袋】。第三階層、無害な一本道【女神の抱擁】。そして最後の第四階層【戻らずの間】。

 第三階層までは調査により細かに調べがついていた。

 しかし第四階層の戻らずの間だけは詳細が分かっていない。

 その理由は誰も第四階層から戻って来た者がいないから。

 魔法で調べればいいと思うかもしれないが、魔法で分かるのは表層だけ。即ち分かるのは階層だけで、実際の中身を調べる為には現地に赴き経験する他ない。

 故に第四階層だけは一切の情報がない。

 そういった事情があるからかもしれないが、ここ第三階層には人が多い。皆怯えているのだ。誰も戻って来れぬ過酷な地に挑む事を。

 そこは例えどれだけの実力と覚悟があっても等しく人間であるという証明なのかもしれない。

 だがしかし、いつまでも立ち止まってはいられない。

 休憩を終えたノルバ達は誰も挑まぬ死地へと足を延ばす。


「手筈通りに頼むぞ」

「任せろって」

「プラチナランクとして恥じぬ戦いをしよう」


 息巻くノルバとシャナ。その半歩後ろ、エルノも速まる鼓動に手をやり、力強く頷くのだった。

 扉を越えると焦げ付いた臭いが鼻腔に刺さる。

 白む視界の中、何が起きたのかは想像出来た。色を得ていく光景を見ると広大な広間の中央に鎮座するドラゴンの姿があった。


「アイツがダンジョンのボスか」


 二足歩行の翼のないドラゴン。

 圧倒的な存在感もさる事ながら、離れていても押し潰されそうな程のプレッシャーを放っている。

 まるで力を封印されているかの様に黒の装甲に覆われた全身。唯一頭部の装甲の隙間から生える赤い炎の様な毛だけが、それが生物である事を証明している。

 辺りの床の黒ずみは挑戦者達の成れの果て。

 その数の多さと艶やかに光る装甲から手も足も出ずに殺られたのだと分かる。


「一度戻って他の方々にも報告しましょう」


 エルノが提案するが最後尾につくシャナは首を横に振る。


「扉が機能してない。帰れないよ」

「そんな……」


 扉は光を失いただの門と化している。

 うろたえるエルノ。だがそんな状況にも関わらず前の二人は何処か気分が高揚している様子だった。


「一度入れば引き返す事は叶わぬ場所。帰らずの間とはよく言ったものだ」

「来ちまった以上はやるしかねぇよな」

「待って下さい!」


 思わずエルノは呼び止める。

 そうでもしないとこのまま挑んでしまいそうだったから。


「他のパーティーを待ちましょう。私達だけでは危険すぎます」


 エルノの提案は正しい。今回のダンジョンは国からの依頼だ。早い者勝ちではない為、全員で協力して攻略した方が生存率も成功率も高まる。

 だがしかしノルバは拒否する。


「無理だな。見てみろよ」


 ノルバが指す方向をエルノが見ると、俯いていた筈のドラゴンが首を持ち上げこちらを向いている。

 思わず息が詰まる。装甲越しに向けられている目が獲物としてこちらを捉えている。

 心臓が帰れと警告している。しかし帰る道はない。行き場のない不安に押し潰されそうだ。そんな時、エルノの肩にポンと手が置かれる。


「大丈夫だよエルノ。私達がいる」


 大きな手。かつては共に手をとり歩んでいたのにいつの間にか放れてしまったあのか細かった手。

 もう一度共に歩みたいとここまで来たのに、漸く隣に立てたと思っていたのに、結局は後ろを追っているだけだ。

 悔しさと悲しさで胸が張り裂けそうな程痛む。


「エルノしっかりしろ!」


 突如、ノルバの喝が飛ぶ。


「何考えてんのか知らねぇが目の前の敵に集中しろ! お前はアルの弟子なんだろ! アイツのしごきに耐えれてんのなら弱い訳がねぇ! お前の力、見せてやれ!」


 そんな心を見透かした様なノルバの言葉はエルノの霧を吹き飛ばす。

 何を今更弱気になっているのか。追い付けたなんて思い上がりで状況も見れずに勝手に苦しんで馬鹿馬鹿しい。

 自分が努力している様にシャナもまた努力し続けている。簡単に追い付けなくて当たり前なのだ。だから無理を承知で王国一と名高い魔法使いに弟子入りをした。きっとそこで思い上がってしまっていたのだ。

 エルノは大きく深呼吸をする。

 いつか隣に立つ為にどんな困難にも立ち向かい、何度挫けようと立ち上がる。そんな初心を今更ながらに思い出す。


「ノルバさん、シャナ、ありがとうございます」


 目元を拭いエルノは前を向く。

 その顔に不安はもうない。


「私達でダンジョンを攻略しましょう」

「では行くとしよう。あちらさんも待ちかねている」


 リッカに続きノルバ達も広間へと降りる。

 痺れる様なプレッシャーに思わずノルバの剣を持つ手が震える。


「怯えているのか?」

「バカ言え。武者震いだ」

「そうか、ならいい。先陣は任せるぞ」

「あぁ、任せろ」


 ノルバが地面を蹴るとその姿は一瞬にして消える。

 地面を砕く音と跡だけが軌跡を描くとノルバは最後に大きく大地を踏み締め、一筋の光の線と共にドラゴンの首を斬る。

 しかし―――


「かってぇな」


 傷付かない。それなりの威力だった筈だ。しかし装甲には汚れ一つありはしない。


「魔法で何かやってんな」


 触れた感覚で分かった。

 装甲の素材は分からないが、その上に魔法が重ねられており層が出来ている。

 ただの斬撃やなまっちょろい魔法では装甲に攻撃が届く事はないだろう。

 経験に基づく予測が頭を巡っていると、ドラゴンは煩わしいハエの攻撃に鬱陶しさを感じたのか、発達した前腕で宙で体勢の整えられていないノルバははたき飛ばそうとする。

 ドラゴンにとっては軽い一撃。しかし人間にとっては致命傷になる攻撃だ。

 ノルバは羽毛が肌を滑る様にドラゴンの爪に剣を当てると全力でかちあげた。

 その威力は凄まじく、ドラゴンの腕は大きく上に上がり、ノルバも反発力で地面に叩き付けられる勢いで落ちる。

 しかしドラゴンの相手は歴戦の勇者。叩き付けられる前に体勢を整えて着地する。

 思わぬハエの反撃に装甲越しの目がノルバを威圧する。だがノルバは臆するどころか(あざけ)てみせる。


「おいおい、相手はオレだけじゃねぇだろ」


 ノルバの視界の奥にはシャナがいた。

 ノルバが最初の一撃で注意を引きシャナが続く。作戦通りの動きだ。


「くらえッ!」


 シャナは炎を全身に纏い大地を蹴る。荒ぶる炎に包まれた髪が風になびくはたてがみの如く。二本の短剣で斬りかかるは火炎獅子。炎を宿した百獣の王の鉤爪(かぎづめ)はドラゴンのであろうと臆せず穿つ。

 爆炎と共にドラゴンの体が揺れる。

 しかしそれだけ。体を押されてふらついたに過ぎない。

 長く鞭の様にしなる尻尾で振り払うと、シャナは吹き飛ばされて土煙にまみれた壁に消える。


「シャナ!」

「無事だ!」


 土埃を払うシャナの体に傷はない。

 ノルバがシャナの元へ行くとエルノ達も合流して来る。


「二人共無事そうだな」

「あぁ」

「軽い攻撃でも相当な威力だった」


 まずは情報共有。ノルバは自身の予測を伝える。


「アイツの装甲には魔法が掛かっている。オレの攻撃はもちろん、さっきシャナの攻撃した場所を見ても魔法が剥げた痕跡はなかった。あれを剥がすには相当な一撃がいるぞ」

「感触的に魔法による攻撃の方が有効だと思う。だからエルノに頼みたい」

「私が!?」


 思わぬ話の振りにエルノは困惑した様子を見せる。

 だが拒否する間もなく囲いは作られていく。


「オレもそれでいいと思う。エルノが魔法を放つまでの間、オレとシャナで時間を稼ぐ」

「では私はこのままエルノ殿を守ろう」

「えぇ!? ちょ、ちょっと待って下さい。それならお三方の誰かが……―――」

「んじゃエルノ頼むぞ。あちらさんも待ちくたびれてるからな」


 ハエが集まり作戦を立てている。それを分かっているのか、今にも動き出しそうな様子でドラゴンはこちらを見ている。

 動かれる前にノルバが駆けていくとシャナも「頼んだよ」とその場を去っていく。


「諦めるんだな」


 淡々としたリッカの言葉。

 本当に誰も味方はいないと悟ったのかエルノはぶっきらぼうに杖を構える。


「分かりました。やってやります。やってやりますよ!」


 半ば自暴自棄にも思える気合いの入れ方にリッカの口元は緩むのだった。

 ドラゴンの息遣いが聞こえる。苛立っているのか尻尾だけはずっと地面を叩き続けている。

 どうしたものか。このまま時間が過ぎてくれれば楽に終わるのだが。

 そんな怠けた考えをしながらノルバはドラゴンの近くを走る。

 先に動いたのはドラゴンだった。

 侵入者であるハエを殺さんと尻尾でノルバを潰しにかかる。


「当たんねぇよ」


 薄氷の張った湖を割るかの如く砕け散る地面。

 ノルバはスピードを上げて回避すると、そのままの速度で方向転換をしてドラゴンに突っ込む。

 それと同時にバチバチという音と共にノルバの剣が火花に似た青い光を放ち始める。

 先の戦闘で魔法による攻撃が有効打になると分かった。

 ノルバは剣に雷を纏わせるとドラゴンの腹部に電撃の斬撃を見舞う。

 キマイラなら一撃で沈む威力。しかし目の前のドラゴンには効かない。

 だがダメージはなくとも衝撃は伝わる。

 そこに今度は再度炎を纏ったシャナが追撃をする。


「これはさっきより甘くないぞ!」


 上体の反れた体に加わる火炎獅子の一撃。

 先程とは非にならない威力に流石のドラゴンも地面に倒れる。


「すげぇなその炎」

「アナタの方こそ」


 まるで余裕の二人だが決して気は抜いていない。

 ぬるりと立ち上がるドラゴン。四足を地面にくい込ませる姿からはより強いプレッシャーと殺気が漏れ出ている。


「さぁて、気張れよシャナ」

「あぁ」


 這いずり襲い掛かって来るドラゴン。

 スピードもさる事ながらその一歩一歩に容易く命を屠る威力が込められている。

 しかしノルバとシャナにとって避けるには容易い速度だ。

 左右に飛んで回避するとその間をドラゴンは抜けていく。が、急停止するとグリンと首だけで振り返り、火球のブレスを連発する。


「あっちぃな」


 十数発の人間など一飲みの火球は周囲をガラス細工を作る様に歪めながらノルバ達を襲う。

 だがどちらも歴戦の猛者。まるで火の粉を振り払うかの様にして、意図も容易く斬り捨てていく。

 そんな中、無造作に放たれた内の一つがエルノ達の方に飛んでいる事にノルバは気付く。


「リッカ!」

「分かっている! 案ずるな!」


 エルノの前に立つリッカは左腕を前につき出す。 

 それは守るべきを守る為に身につけた難攻不落の城塞。堅牢なる巨大な盾はあらゆる障害を弾く。

 身の丈の何倍もの大きさの盾が出現すると、それに触れた火球はそよ風と一体になるかの様にして消滅する。


「ありがとうございます」

「礼はいい。やるべき事に集中しろ」


 突き放す様な言葉だがそれが信頼故の発言だとエルノは理解していた。

 託された。自分の使命を全うする為、エルノは杖を握り締めて魔力を込め続ける。

 その間、ノルバとシャナは戦い続ける。

 先の行動から距離を取れば火球が放たれる。

 リッカを信用していない訳ではない。だがエルノの安全を考えれば近接戦闘を行う方がいい。

 二人は言葉を交えるでもなくお互いの行動を理解し刃を振るい続ける。

 決定打にする必要はない。その場に留めれればそれでいい。

 そしてついにその時は来る。


「お待たせしました! お二人共離れて下さい!」


 極限まで練り上げられたエルノの魔力を表し煌々とひかる杖。

 放てば焦土を生み出せる。

 しかしノルバ達は退かなかった。


「このまま引き付ける! いいから撃て!」

「エルノやって!」


 耳を疑った。

 避けられなければ死ぬのだ。なのにそのまま撃てだなんて。

 ここの人達とは相容れない。ずっとそうだ。

 エルノはシャナの隣に立ちたいだけで名誉も報酬も興味はない。ダンジョン攻略なんてもっての他。

 何故そこまで命を賭けるのか。

 失敗したならもう一度やればいい。それが出来る実力はある筈なのに。

 どうすればいいのか分からない。エルノのそんな考えを感じ取ったのか、リッカは変わらぬ調子でだが力強く教える。


「二人が戦い続けているのはエルノ殿を信じているからだ。撃て。撃つんだ」

「私を信じているから……」


 初めてのダンジョン。右も左も分からずついていくので精一杯。きっと迷惑なんだとずっと早く終わってほしかった。

 でもそれは間違いだったんだ。


「「エルノ!」」


 信じきれていなかったのは自分の方。

 自分を下げたつもりでいて仲間を下げていた。 


「避けて下さいね!」


 他のメンバーは初めから信頼を寄せてくれていたんだ。だったらそれに答えるのが礼儀だ。

 星の瞬きが杖の先端に集まる。


「これが私の全力! スターバースト!」


 爆発は太い線を紡ぎ、触れるもの全てを消し炭にして突き進む。

 信頼を乗せたその一撃を当てる為、ノルバとシャナはギリギリまで足止めを続ける。

 そして爆発と言うよりもビームと表現する方が相応しいエルノの魔法が二人に当たるその瞬間、ノルバ達は全力で飛んで回避をした。

 残されたドラゴンは避ける暇もなく爆発の嵐にのまれる。

 爆音の中に混じる甲高いドラゴンの声。

 いくつもの星の輝きですら消せぬ声が聞こえなくなるとそこには地に伏せたドラゴンだけが沈黙していた。


「た……倒したんですか?」


 自分の引き起こした結果を疑い答えを求めるエルノ。リッカは称える様に肩に手を置く。


「よくやった。後は二人に任せよう」


「後は」この言葉が意味する所をエルノは理解出来ず聞き返そうとする。

 だが答えは聞くよりも早くやってきた。

 距離を開けて剣を構えるノルバとシャナ。

 彼らの戦いはまだ終わっていない。


「第二ラウンドだな」

「漸く本気でやれるというものだ」


 黒い装甲の隙間から伸びる赤い毛が逆立つと、装甲全体にヒビが入り砕け散っていく。そして押さえつけられていた本性が解放されるとダンジョンを揺らす絶叫が大地を割る。

 声の主は後ろ足で地面を踏み締め立ち上がると露になった深紅の瞳で二人を見据える。

 先程までのプレッシャーでさえ例えるなら岩を砕く荒波だった。だが今はそれも非にならない。全てを一掃する津波の如きプレッシャー。

 一度立ち会えば立ち向かう事もせずに生存を放棄するレベルだ。


「いいな。この懐かしさ」

「胸が高まる」


 だがそれは常人ではの話。

 ドラゴンの前に立ち塞がる二人の心は人のそれではない。

 理解しがたい言葉を呟きながら二人は更に神経を尖らせていく。

 装甲の剥げたドラゴンには鱗はなく、眼にも引けを取らない人間の皮膚に似た赤い外皮は、大きく膨らんだ筋肉に心臓の様に脈打つ血管が浮き出ている。

 そんな自由を得た体は自由を阻害する障害に牙を向ける。

 腕を振り下ろしただけ。ただそれだけの攻撃が衝撃波を生み地面を抉りながらノルバを襲う。


「さっきとは桁違いだな」


 軽々とかわすノルバだがその目付きは鋭い。


「ならこっちもギアを上げるぞ」


 大きく、だが静かに息を吸い、右足を大きく後ろに引く。踏み込む力で地面にヒビが入っていく。

 雷が鳴く。

 刹那、ノルバの姿が消える。

 その場に取り残された電撃が音を失うと、ドラゴンの大きく裂けた胸元から血飛沫が上がる。そしてその背後では剣に付いた血を払うノルバの姿があった。

 苦しみと怒り混じりの声を上げるドラゴンは振り返りノルバを襲う。

 しかしノルバは剣を下げて無防備な姿を晒している。


「おいおい、相手すんのはオレだけじゃねぇだろ」


 ノルバの視線の先、ドラゴンの後方で炎の柱が上がる。

 それまでよりよ荒々しく赤々と燃えるシャナは竜の体の様な長い炎の軌跡を残しドラゴンへと突っ込む。

 炎の噴射も利用したシャナの速度はドラゴンの認知を越える。

 獅子から竜へ。より獰猛さを増した鉤爪(かぎづめ)がドラゴンの背を穿つ。


「防御を捨てねぇ方が強敵だったな!」


 漏れ出る苦しみの声と共に空へと打ち上げられるドラゴン。

 その威力にノルバは口角を上げ、剣を構える。


「エルノ! 止めといこうぜ!」

「あぁ!」


 エルノに合図を出すとノルバの体に雷が弾け始める。

 そして目の前の敵を討たんと雷と炎の竜が空を飛ぶ。


「どらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 迫る脅威にドラゴンは自身よりも巨大な火球を放つ。

 しかし二頭の竜にとっては紙切れも同然。

 竜は火球を突き抜けるとドラゴンの体を貫いた。

 風穴を開けて落ちるドラゴンは光の泡となって消えていく。

 その光はまるでダンジョン攻略を祝う様に輝いており、ノルバとシャナは光の泡に包まれながらゆっくりと降りてくる。


「よくやった二人共」

「やりましたね!」


 出迎えるエルノは笑顔に満ちている。エルノだけではない。基本的に仏頂面のリッカでさえ今は顔が(ほころ)んでいる。


「何言ってんだ。まだ終わってねぇだろ」

「え?」


 ノルバの言葉にエルノは笑顔が固まる。

 しかしそれは杞憂だった。


「宝をゲットしなくちゃダンジョンを攻略したとは言えねぇだろ!」


 まるで子供の様にテンションが上がるノルバを見てエルノはほっと胸を撫で下ろす。

 そうだ。帰るまでが遠足であるようにダンジョンもボスを倒して終わりではない。しっかりと宝を持って帰らねば。

 しかし―――エルノはある問題点に気付く。


「あの……そのお宝はどこに……?」


 広間には何もない。ドラゴンが消えてエルノ達だけが取り残されているだけだ。

 もしかするとまだ終わっていないのか。そんな不安がエルノの脳裏を(よぎ)る中、突如として広間中央の紋様(もんよう)が輝き始める。


「来たぞ来たぞ!」


 興奮を隠しきれず前のめりになるノルバ。その目には紋様からせり上がって来る黄金の扉が映る。

 その扉こそがダンジョン攻略者だけがくぐる事を許される褒美だ。


「開けるぞ!」


 人がアリに見える程に巨大な扉。

 ノルバが扉に手を掛けると重々しい音を立ててゆっくりと開いていく。


「おぉ……」

「凄いな」

「……」


 シャナ、リッカ、エルノはその中に広がる光景に目を奪われる。

 そこに映っていたのは文字通りの宝の山。

 一歩踏み入れば金銀財宝のプールが出迎える。

 ノルバにとってはこれ程の宝もちっぽけなものでとうの昔に見飽きている。

 だがそんな事は過去の話だ。ダンジョン攻略の果てに辿り着いたこの光景を見飽きる事などないのだから。


「すげぇな、おい!」


 子供が新しい玩具を手に入れた様な輝きを目に映し、ノルバは宝のプールを満喫する。

 本当に子供みたいだと見守る女性陣。放っておけばずっと続きそうな状態ににリッカは一つ咳払いをした。


「楽しむのもいいが我々は遊びに来た訳じゃない。早く出るぞ」


 法令順守。堅物な言葉にノルバは眉をひそめるが何か悟ったのなニヤッと笑う。


「あれか。お前羨ましいんだろ。来いよ。今は国の事なんて忘れて楽しめよ」

「……ッ!」


 顔を真っ赤にするリッカ。図星だ。


「う、うるさい!」


 しかしリッカは邪念には従わず、ずかずかと宝の中を掻き分けて真の宝の元へと進んでいく。


「つまんねぇ奴」


 しょうがないなとノルバも体を起こすとリッカの後を追った。


 宝の間の中央。そこだけは宝の波は押し寄せておらず広々としている。そしてその更に中央にあるこの場に似つかわしくない何の装飾もない質素な角柱の上には、ポツンと、だが存在感を示して置かれている物があった。


「何だよそれ」

「さぁな」


 リッカが恐れずに置かれている(てのひら)程の(びん)を手に取ると中の液体が揺れる。

 用途は分からないがここで開けていい筈の物ではない事は確かだ。

 リッカは瓶をポーチに入れようとする。

 するとその時、ダンジョンが震え始める。


「何ですか!?」

「転移が始まるんだよ」


 慌てるエルノにシャナは冷静に今から起こる事象を教える。

 ノルバとリッカも理解しているのか至って冷静だ。

 空間が歪みだし視界が揺らぐ。

 そして一瞬にして宝と共にノルバ達の姿は消えてしまった。

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