第13話 元勇者のおっさんはダンジョンモンスターと戦うそうです
長い階段を下り第二階層へと繋がる扉の前に辿り着いた一行。
光の幕を越えれば第二階層。何事もなく第一階層はクリア出来たがこの調子でいけるとは限らない。
リッカは扉の前で一度足を止め、メンバーの気を引き締める。
「気を抜くなよ」
「分かってるって。早く行こうぜ」
「その心持ちを変えろと言っているんだ」
案の定な返事にリッカは苦言を呈しつつ第二階層へ踏み入る。
途端、空気が変わる。
先程までの木々草木の爽やかな匂いは遮断され、下から吹き上がる風が体に打ち付ける。
「想像以上に暗いな」
ノルバの言葉通り視界が悪い。
彼方に光る次の階層に繋がる扉以外に光りはなく、そういう構造なのかうっすらと周囲は確認出来るが三メートル先も見えやしない。
だがそれだけならまだいい。問題は次の階層に辿り着く為の道がない事だ。
下は奈落。落ちれば命はない。
ではどうするのか。その答えは簡単だった。
そもそも道がない訳ではない。正確には見えないだけなのだ。
「エルノ殿、頼めるか」
「はい」
リッカに言われエルノは杖を構える。
「シャインフロア」
そして魔法の名を発すると光の粉が周囲に降り注ぐ。
その光は見える筈のない道にも積もり、目的地までのまるで空白だらけのパズルの様に配置された答えが照らし出される。
しかしそれは同時にそこ以外を踏めば命の保証はないという証明でもある。
「私の後に続け」
先陣を切ってリッカが照らされた道に進む。
足場は丈夫でちょっとやそっと暴れたくらいでは壊れる気配はない。ノルバ達も続いて道を進んでいく。
その時、突如として横殴りの突風が吹く。
体が浮き上がる程に強烈な風に、吹き飛ばされまいとノルバ達はすぐさまその場にしゃがみ込む。
他のダンジョン参加者も同じくしゃがんだり、魔法を使い突風に対処する。
しかし、全てのダンジョン参加者が対処出来た訳ではなかった。
「うわぁーーーーー!!」
暗闇の中きら叫び声が響く。
瞬く間に小さくなっていく声。風に流され落ちたのだ。
パーティーメンバーが落ちたメンバーの名を叫ぶがこの暗闇だ。助けようがない。
闇夜に溶けて消えていった声に悲しみの声だけが重なる。
「大丈夫か!? こっちは誰も落ちてないか!?」
ノルバはすぐに自身のメンバーの安否を確認する。
全員揃っている。ノルバは安堵の息を漏らすと立ち上がる。
「ここで落ちれば誰も助けられない。細心の注意を払っていくぞ」
「元よりそのつもりだ」
「はい」
「了解だ」
エルノの魔法で進行方向を照らしつつ慎重に進んでいくノルバ一行。
途中何度も突風が吹くが乱れる事なく第三階層への扉へと向かっていた。
そんな時だった。風はない。にも関わらず暗闇から悲鳴が聞こえた。
「全員警戒しろ!」
リッカの指示などなくとも全員が武器を構え、周囲を警戒する。
四方八方から悲鳴がこだまする。
何かがいる。
「エルノ! もっと周りを照らしてくれ!」
「はい!」
エルノは魔法を使おうとする。しかしそこにリッカは冷静に、だが慌てた感情を隠しきれないまま指摘をする。
「そんな事をすれば足場が見えなくなるぞ!」
「うるせぇ! このまま死んだら一緒だろうが! エルノやれ!」
エルノが辺りを照らしたのと同時、何かがノルバ目掛けて急襲してくる。
音も気配もなく現れたそれは鳥と言うにはあまりにも巨大で羽のない翼を持っている。
翼竜の類いのダンジョンモンスターだ。
その人など軽々と収まる程に大きなくちばしでノルバを咥えに掛かるが、ノルバも簡単にやられる訳もなく。その場に飛ぶとノルバはダンジョンモンスターを口元から真っ二つに斬り裂いた。
そして勢い付いたダンジョンモンスターはそのまま奈落へと消えていった。
「気ぃ抜くなよ。まだまだ来るぞ!」
言葉通り、開けた視界には次々に翼竜が映り込んでくる。
通常ならば相手にもならないレベルだ。しかし今は下手に動けない場所に加え、味方との距離も近い為、大きく動く事が出来ない。
恐怖が足を絡めるそんな状況で、ノルバ達は何とか翼竜を討ち倒していく。
他パーティーも翼竜を迎え討つが足場の少なさや翼竜に押されて奈落へと落ちていく者が後を絶たない。ひたすらに死の恐怖だけが伝播していく。
漸く襲撃が途切れた頃には第二階層にいたパーティーは半数程に減ってしまっていた。
「ハァ……ハァ……。あんな奴らがいるなど聞いていないぞ」
「でもまぁ、何とか凌げて良かった」
「エルノ、怪我はない?」
「ありがとう。大丈夫よ」
一呼吸おき、再度進行していくノルバ達。
道中には血の滴る床や人や翼竜の死体で溢れていた。それだけでなく仲間の死で戦意を喪失した者も少なからずいた。
だが手を差し伸べる事はしない。ダンジョンでは何よりパーティーメンバーの命が重視される。気を抜かずとも死が間近にある場所だ。非情かもしれないが、他パーティーの救命を優先している暇などないのだ。
「さっさとこんなとこ抜けちまおうぜ」
ノルバは第三階層へと続く扉をくぐっていくのだった。