第10話 元勇者のおっさんは旧友と出会うようです
数日後、屋敷裏の庭にてノルバはフューと共にいた。
「よし、フューいくぞ! そぉれ取ってこい!」
ノルバの投げたフリスビーは迷いなどない様に真っ直ぐ飛んでいく。そしてフューはそれ目掛けて走り出す。
素足で緑を踏みしめ、颯爽と駆けていく。
本来あるべき少女の姿。
ぐんぐんと距離を延ばしていくフリスビーは加えて高さも重ねていくが、フューは獣人の屈強な筋力を使って跳び跳ねると、いとも容易くキャッチする。
「のるばもういっかい!」
戻ってきたフューの満面の笑顔は込み上げる気持ちをせき止める事さえさせず決壊させる。
「凄いな!」
ノルバはわしゃわしゃとフューの頭を撫でた。
フューは変わらず笑みを浮かべているがブンブンと尻尾を振る様子から嬉しがっているのが分かる。
そんな様子を見るとこちらも心が暖まっていく。
しかし、そうなるまでの数日間は目まぐるしいものだった。
風呂を嫌がるフューを何とか洗い、服を着るのも嫌がるが何とか着せて、それを毎日繰り返す。
今も初日程ではないが逃げたり威嚇してきたりと大変だが、そんな大変な日常もノルバにとっては新鮮で心地好いものだった。
それに何より、フューが年相応にはしゃいでいる。それだけで満たされるものがあった。
フューがいつから奴隷に堕ちたのかは分からない。しかし、奴隷生活の中で自我を失い、歳不相応な振る舞いを身に付ける者が多い中で、フューは染まる事なく、今こうして生活出来ている。
それがどれ程難しく、貴重であるかをノルバはかつて嫌と言う程見てきた。
だから懸念していた。しかしフューに関してはそこに重点を置く必要はないだろう。勿論、全くもって大丈夫という訳ではないが。
それよりも培われてこなかった経験を積ませる。それが今自分がフューに出来る事だとノルバは思っている。
この遊びもそうだ。
「さぁ、取ってこい!」
ノルバはフリスビーを先程より強く投げた。
少女の過去から延びる手が背に届かない様に。
「ノルバ様」
不意に背後から声がかかる。
声の主はレイだ。
「王立研究所の方がノルバ様に御用があるとお見えになってます」
「分かった。すぐに行く。おーいフュー! 帰ってこーい!」
ノルバはフューを呼び戻すとポンとフューの頭に手を置く。
「ちょっと今からやらないといけない事があるから一緒に来てくれないか?」
ノルバのお願いにフューはクエスチョンマークを浮かべながらも「わかった!」と快く承諾をする。
そしてノルバがフューの手を引き、玄関前に移動すると、そこにはエルノが待っていた。
「わざわざすまないな。今日はよろしく頼む」
「いえいえ。こちらこそお待たせしてしまい申し訳ありません」
挨拶を交わすとエルノはフューの元へ行き目線を合わせる。
「今日はフューちゃんの首に着いているのを危なくないようにしに来たんだよ。嫌かもしれないけど協力してくれるかな?」
フューは小首を傾げて理解出来ていない様子だが取り敢えずといった様子で頷く。
フューを買い取ったあの日、ノルバはエルノに協力を仰いでいた。
その内容とはフューに着けられた奴隷の首輪の呪いを解く事。
首輪の呪いがある限り、フューに真の自由は訪れない。しかしノルバには解呪する術がなかった為、無理を承知で頼んでいたのだ。
そしてそんな願いをエルノは迷う事なく了承してくれた。
ただ、解呪するのはエルノではない。そもそも奴隷の首輪の解呪事態、世界初とも言える試み。王国一の解呪師に依頼をするという事で今日まで待つ事になっていたのだ。
「それでは解呪師を呼んできます。安心して下さい。解呪師は私に魔法を教えて下さった魔の真髄を極めし方ですので」
エルノは停められているキャビンにその師匠とやらを呼びに行く。
実際にその目で見た訳ではないが、エルノの実力は相当な筈だ。その師匠となれば尚の事。
一体どんな化物が出てくるのかと、ノルバは期待と興奮を胸に固唾を飲む。
しかしそんなノルバの感情は予想だにしない方向で裏切られる事になる。
「師匠、お願いします」
「やっと私の出番ね。待ちくたびれちゃったわ」
聞き覚えのある声だった。
それは長く苦楽を共にして片時も離れる事はなかった、聞き飽きたを通り越してノルバの人生に組み込まれている声。
「嘘だろ……」
思わず言葉が漏れる。
もう二度と会う事はないと思っていた。会えないと思っていた。
心の何処かで割り切り諦めていた戦友が今目の前にいる。
「アル!」
「久し振りねノルバ。すっかりおじさんになって」
アーリシア・フレグラット。愛称アル。
かつてノルバと共に魔王討伐を成し遂げた魔法使いがどういう訳かノルバの目の前にいる。
「どういう事だよ。何でお前がここにいるんだ」
「何でってそりゃあねぇ、私が王国一の解呪師だからに決まってるじゃない」
「おいおい冗談だろ」
開いた口が塞がらないとはこんな状況を言うのだろう。
まさかこんな形で再会するなど思っていもいなかった。
それに―――
「……てか本当にアルだよな」
「何よ。久し振りの再会だってのに失礼ね」
黒の尖り帽子にローブ。まさにステレオタイプの魔法使いの格好。
それは昔から見慣れているから、趣味嗜好が変わっていないのだろうと理解は出来た。
しかし、それに加えて変わっていないものがもう一つあった。
それは容姿。かつて魔王を討伐した16年前から何一つとして変わっていない。
ノルバと同じ35歳の筈だが、その容姿は十代そのまま。
まるで自分だけが時間の流れの外にいたのではと錯覚する光景にノルバは目の前の戦友が本物であると疑わずにはいられなかった。
「女は美を追求するもの。その中で見つけたのよ。若さを維持する秘訣をね」
「はっ……。化けもんが」
それは罵倒ではない。皮肉と尊敬を込めた精一杯の誉め言葉だ。
それは若さを維持するなんてレベルじゃない。若返りの領域。
おそらくは魔法の一種。そんな神域に踏み込む様な発見を軽々とした調子で口にするアーリシアにノルバはやはり本物だと確信をする。
どんな困難も苦とせず乗り越えては新たな茨道に素足で踏み込んでいくアーリシア・フレグラットその人だと。
「思い出話は後にして早く終わらせましょ。この子を解呪すればいいのね」
「あぁそうだ。頼む」
アーリシアがフューの首輪に手を延ばすと、フューの体が強張る。
野生の勘というやつだろう。
アーリシアの持つ強大な力を察知したのだ。それがフューの手を通じてノルバにも伝わってくる。
そんな様子にノルバは優しく声を掛ける。
「大丈夫だ。この人は危ない人じゃない。フューを助けに来てくれたんだ」
「そうよ。安心しなさい。私がその首輪から救ってあげる」
「お前もうちょい言い方ってもんをだな」
「始めるから黙って」
「はい」
視線を向ける事もなく発せられた冷たい言葉にノルバの頭にアーリシアのかつての振る舞いが想起されて素直に黙る。
アーリシアの手が首輪に触れる。
その目は鋭く、過集中している証拠であり、余計な口を開けば八つ裂きにすると警告している。
フューも理解しているのか、ノルバの手をぎゅっと握り目を瞑って耐えている。
それは一瞬だった筈だが、アーリシアの放つ空気による緊張で、その場にいる全員にはあまりにも長い時間だった。
幾度となく見た困難に立ち向かう際のアーリシアの姿。それが再度目の前にある。
それが意味するのはこの解呪の難易度の高さ。
一秒か一分か、はたまたそれ以上か。アーリシアの「いいわよ」という言葉に詰まっていた息がどっと吐き出される。
「終わったのか?」
「まだよ。首輪の魔導回路の解析が済んだだけ。今から解呪を始めるわ」
「時間掛かるか?」
「一分もあれば終わるわよ。失敗なんてしないから安心して見てなさい」
「心配なんてしてねぇよ。頼んだぞ」
フューとアーリシアを残すと、ノルバ達は離れた位置から二人を見守る。
解呪には解呪師と呼ばれる呪いに卓越した人物がいれば後は何もいらない。
しかし解呪は必ずしも成功する訳ではない。契約の腕輪の様に呪いが暴走する事だってある。
そうなれば被呪者と解呪師両方が命を落とす場合もある。そんな命の保証がない仕事。それが解呪師だ。
だがノルバもエルノも心配はしていなかった。二人共アーリシアの実力を知っている。疑う方がおかしいレベル。そんな信頼がアーリシアにはある。
しかしだからと言って安心して見られる程、二人に余裕がある訳でもなかった。
固唾を飲んで見守る中、遂に解呪が始まる。
首輪にかざされた手が光を帯び始めると、呼応するかの様に首輪も光始める。
白から赤、黒へと段階的に移り変わっていく。解呪の進行具合を示しているのだろうか。
そして黒い光が放たれ始めるとフューの全身に黒い渦が浮かび上がり始める。
同時にフューの顔が苦悶の表情に変わる。
小さな体に無理やり押し込まれた紋様はまるで寄生虫が宿主から剥がされない様に蠢いている。
それが呪いであるのは明白。
しかしノルバはかける言葉も差し出す手も持ち合わせていない。今は歯を噛み締める事しか出来ない。
「頑張るんだフュー……」
ノルバは苦痛に耐えるフューを祈る様に見続ける。
「ァァ……ッ」
呪いが剥がれ始める。
シールを剥がすかの様に取れ始めた表面の紋様は、そうして一気に体外に溢れ出す。
何処に入っていたのか。全身からおびただしい量の呪いが空へと走っていく。
あまりにもおぞましくおどろおどろしい光景は根源的な恐怖さえも刺激する。
常人ならば本能に従い逃げるだろう。
しかしその場にいる者は誰一人として逃げない。
逃げる事はフューの苦しみから目を背ける事と同義。子供が耐えているにも関わらず大人が逃げていい理由などないのだ。
一片残らず溢れた呪いは空に追いやられると、何とかしてフューの元へと戻ろうとする。
しかしそんな事はアーリシアが許さない。
結界の中に封じ込めるとその中にまた別の光が発生し、つぶてとなって呪いを穿っていく。
逃げ場のない檻の中で呪いはそれでも生きようともがく。
その姿はまるで助けを求め逃げ惑う人々の様で、だが無慈悲にもその肉体は抉られていき、そして遂には掌サイズまで小さくなる。
すがる様な懇願する様な、そんな姿が見えた気がした。
しかしその訴えを聞く者はいない。
無情にも最後の一片は穿たれて消えていくのだった。
「終わったわよ」
終了の合図を聞くとノルバは一目散に力なくへたり込むフューの元へ行き肩を掴む。
「大丈夫か!?」
疲労困憊なのだろう。フューは項垂れる様に頷き返す。
「よく頑張ったな」
抱き締めるノルバに疲労の色を一切見せないアーリシアが口を挟む。
「いいえ、まだ完全には終わってないわ。首輪を外さないと解呪が成功してるかは分からない」
「……そう、だったな。フュー、首輪を外すぞ」
ノルバは首輪に手を掛ける。
疑っている訳ではない。絶大な信頼はある。
しかしそれでもノルバの心は穏やかではなかった。
「いくぞ」
鼓動が、呼吸が速まる。乾く口で唾を飲みながら慎重に首輪を外していく。
果たしてその結果は―――
「良かったわね」
解呪成功。
安堵の息が漏れ出る。
もうこれでフューは奴隷の呪いに怯える必要はなくなった。
「良かったなフュー! 解呪成功だ!」
喜ぶノルバ。しかしフューは疲れきっている為、無反応に近かった。
それどころかノルバの腕の中で力尽きた様に意識を失ってしまう。
「フュー!」
「落ち着きなさい。解呪には体力を使う。眠っただけよ」
「……分かってる」
そう。分かっている。
自身が解呪された経験だってある。解呪がどの様なものかは理解している。
それでもノルバはアーリシアの様に常に冷静でいられる人間ではない。
それでもアーリシアの言葉で落ち着きを取り戻すと、ノルバはフューを胸に抱き立ち上がる。
「アル。ありがとな。お前のお陰でフューを助けられた」
「そういうのいいから早くその子ベッドで寝かせてあげなさい」
「あぁそうだな」
ノルバはフューを屋敷内へと連れていくとそっとベッドに寝かせる。
苦悶の表情はなく穏やかな寝息をたてて眠っている。
そんなフューの頭を軽く撫でるとノルバはその場を後にする。
外に戻るとアーリシアと話していたエルノがこちらに気付き話し掛けてくる。
「フューちゃんは大丈夫ですか?」
「あぁ、心配ない。ぐっすり眠ってるよ」
「そうですか。良かった」
その情報にエルノは胸を撫で下ろすと続けて「あの……」と何か気になった様子で質問をしてくる。
「ノルバさんとお師匠はお知り合いだったのですね」
「そうだ……―――」
「そうなのよ~。私もびっくりしたわ~」
言葉を遮られたノルバが不満気な表情を見せるがそこには触れずエルノは質問を続ける。
「ちなみにどういったご関係なのですか?」
「パーティー……―――」
「元カレよ♪」
ボッとエルノの顔が赤く染まる。
「おい」
「何よ。本当の事じゃない。それとも何よ。私と付き合えてた事が黒歴史だとでも言いたいのかしら?」
「あぁそうだよ。いいかエルノ。アルの言葉を真に受けるなよ。コイツは恋愛なんてする奴じゃねぇ。実験対象が欲しいだけだ」
ノルバから忠告を受けるが耳の先まで真っ赤になったエルノの頭にはノルバ言葉など一切入っていかない。
両頬を押さえ、父と母の馴れ初めを聞いた少女の様に行き場のない感情に困惑している。
そんな状態にノルバは「えぇ……」っとアーリシアを見やると、アーリシアはやれやれといった様子で両手を軽く上げる。
「魔法だけじゃなくてそっち方面の教育もしておくべきだったわね」
「どうすんだよ」
「大丈夫よ。元に戻すから」
アーリシアが手元に杖を召喚し「はい、ショックボルト」と呟くと電撃がエルノの全身を駆け巡る。
荒療治だ。ノルバはかつての自分への仕打ちが思い出され背筋がゾッとした。
「色恋の話も出来ない様じゃこれから先やってけないわよ」
「はい! 申し訳ありませんでした、お師匠!」
痛がる様子すら見せずに背筋を伸ばして立つ姿から相当なしごきを受けているのは想像に容易い。
アーリシアのスパルタを受けているのは気の毒だが、かつての仲間が弟子を取り、自らの人生を歩んでいるという様子にノルバは嬉しさを感じていた。
「そうだノルバ。アンタ、奴隷の首輪もう一つ持ってるでしょ。それ渡しなさい」
アーリシアは突然振り向くと思い出した様に要求を突き付けてくる。
「無理だって。フューのきょうだいの首輪なんだ。フューが片時も放さずに持ってる」
「解呪してないんだから何か起きたら大変でしょ。持ってきなさい」
有無を言わさない正論だ。
渡すべき。しかしノルバは素直に従えずにいた。
「形見なんだよ。分かるだろ? 危険かもしれないが持たせてやっておきたい」
そんなノルバの訴えを、しかしアーリシアは突き放す様に返す。
「駄目よ。いたずらに危険な状況を作る事は許さない。アンタのそのわがままでここいにる人が不幸になっても良いって言うのなら止めはしないけど」
言い返せなかった。
分かっている。自分の発言がエゴで我儘で自分勝手だと。
だがそれでもノルバには唯一残った繋がりを引き離すという選択肢を選ぶ決断が出来なかった。
このままでは平行線。いや、負けるだろう。
それならば妥協案を出すしかない。
「だったら」とノルバは一か八かの提案をする。
「解呪したら返してくれないか。フューには残してやりたいんだ。お前なら分かるだろ。繋がりを断ち切られる事の辛さを」
情に訴えるなんてみっともない。
勇者とは思えない姿だが、そんな醜態を見てアーリシアはクスリと笑った。
「変わらないわねアンタは。いいわよ。後でちゃんと返してあげる。けど一旦持ち帰らせて。機能が停止していない首輪は珍しいの。少しだけ検査させてもらうわ」
「分かった。助かる」
そうしてノルバはフューの元へ行くと、大事に懐に入れられた奴隷の首輪を引き離す。
「少しだけ預からせてくれ」
聞こえている筈もない。
しかししっかりと言葉を伝えて後にしようとすると背中に「のるば?」とか細い声が触れる。
振り向くとフューが体を起こし、眠気を堪えた目でこちらを見ていた。
「起こしちゃったか。ごめんな」
「ううん。のるば、それあげる。フュー、なくてもだいじょうぶ」
「聞いてたのか」
いつから意識を取り戻していたのか。それとも夢の中で聞いていたのか。
何より獣人の聴覚の高さは相当なものだ。
決して近くない距離に加えて、壁に隔たれていても内容を把握出来るのだから。
驚きもあったが、今重要なのはそこではない。
ノルバはフューの元へ戻り頭を撫でた。
「ありがとうな。フューが預けてくれたって言っておく」
「うん」
「もう少し休んでろ。まだ疲れてるだろ?」
ノルバが体を横にさせて布団を掛けると、フューは瞬く間に眠りについてしまう。
相当な疲労なのだ。頑張って起きてくれたフューにノルバは感謝を抱きながらアーリシアの元へ戻るのだった。
「ほらよ。フューが持っていっていいってよ」
「起きてたのね、あの子」
「また寝ちまったけどな」
受け取った首輪をローブの内ポケットに入れながら、アーリシアは「そう……」と返した。
そして突然空気が変わる。
「ねぇノルバ」
その言葉の圧には覚えがある。
アーリシアが無理難題を押し付けて来る時の圧だ。
だが何処かかつてとは違う。昔と同じならば自身の探究の為に魔物討伐や希少植物の採取をやらせていたが、それらを頼み込んできた時よりも深刻さを醸し出している。
「何だよ。早く言えよ」
「そうね……」
歯切れが悪い。
相当都合の悪い事と見える。
だが元勇者に依頼する程だ。余程の案件なのだろう。
ノルバは黙って続きを待った。
そして迷った様子を出しながらもアーリシアは口を開く。
「ダンジョン攻略に参加してくれないかしら」
「ダンジョンだ?」
思わず気の抜けた声が出た。
てっきりとんでもない無理難題をさせられるのかと思ったら、何て事はないダンジョン攻略。
勿論、ダンジョンは危険だ。少しの油断で命を落とす。
しかしそれでも思い込んだ末の発言にしては軽すぎる内容だった。
「この前キマイラを倒したんでしょ? 調べたらダンジョンが出現したせいで生き場を追いやられてあんな場所に出たらしいのよ」
「そうだったのか」
「で、その実力を見込んでダンジョン攻略に参加させたいって攻略班が言ってるのよ。行くわよね?」
正直言うと行きたくはない。
だがアーリシアの言葉には「行きなさい」という意味が嫌という程含まれている。
断れば何をされるか分かったもんじゃない。
過去の恐怖で思わず体が震える。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
「あら、優しいのね」
白々しい奴めと思いながらも、ノルバは飲み込んで続けていく。
「で、いつ行くんだ?」
「三日後に迎えに来るから準備しておきなさい。分かったわね」
「へいへい」
そうしてアーリシア達は去っていった。
解呪もタダではない為、多額の報酬を持たせて。
「もう少しお話されていかなくて良かったのですか?」
帰りのキャビンの中、エルノは素朴な疑問をぶつける。
「いいのよ。元気に過ごしてる姿が見れただけでも充分だから」
「そういうものなのですか」
エルノは理解に苦しむといった表情を見せるが、アーリシアは「そういうものよ」とそれ以上は言わなかった。
しかし目は口ほどにものを言う。外を眺めるその目には優しさに満ちていたが、何処か隠しきれない悲しみも映しているのだった。