第1話 元勇者のおっさんに用事があるそうです
始めましての方、知っている方こんにちは!
感想、評価をいただけると励みになりますのでしていただけると嬉しいです!
「オレは世界を守る為、皆の平和の為に戦った。それがオレの全てだった」
その世界では長きに渡る魔族と人間の熾烈な戦争が続いていた。
そして今、1つの勇者パーティーが魔王を討ち取らんと死力を尽くしていた。
「まだだ! 皆諦めるな! この一撃に全てを込める!」
魔王城最上部の王室。勇者はボロボロになった体に鞭を打ちながら叫ぶ。
あと一撃。あと一撃でも叩き込めれば魔王を倒せる。
魔王も勇者パーティーも共に満身創痍。
勇者は霞む目で何とか魔王の姿を捉え走り出す。
迎え討つ為、己を鼓舞する様に叫ぶ魔王。
人間の何倍もある巨躯から発せられるその声は空気を震わせ、耳を劈く。
だがその程度で止まる者はここにはいない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
力を溜めながら突っ走る勇者に魔王は巨大な剣を片手で振るう。
もう防ぐ力もない。当たれば致命傷どころの騒ぎではない。勇者パーティーの敗北が決定する。
しかし勇者は足を止めない。仲間を信じているから。
「行けぇ!」
タンクの巨大な盾が魔王の剣を弾く。
幾度となく酷使した盾はその一撃で砕け散った。
しかしそれで充分。勇者は全力で飛び上がると剣を構えた。
そこに魔法使いから放たれた魔法が僧侶の力により剣へと吸収される。
「これで……終わりだぁ!」
赤い稲妻の如き光を纏う勇者の剣。
振り下ろされたその一撃は魔王を包み込んだ。
一帯を照らす赤き雷。轟く雷鳴。
その日、人類は勝利を収めた。
※※※
「最悪の目覚めだ……」
嫌な夢を見た。
あらゆる事に夢を抱き、希望に溢れていた過去の行い。そのリプレイ。
男はベッド横のカーテンを開けると窓を開けた。
温かな日光と清々しい風に乗った緑の匂いが鼻を抜ける。
素晴らしい朝になっただろう。悪夢さえ見なければ。いや、悪夢なんて関係なかったか。
雲一つない晴れ空とは異なり、曇天の気分のまま男は部屋を出る。
「おはようございます、ノルバ様。お食事の用意が出来ております」
部屋を出ると若いメイドがいた。白と黒のメイド服に身を包んだ、いかにもな格好のメイドだ。
メイドと言っても住み込みでいる訳ではない。
朝に来て夜には帰る。そうしろと指示してある。
「おはよう。ご飯どうも」
ノルバと呼ばれた男は返事を返すと、眠気を堪えられきれず出てきた欠伸を殺しながら歩いていった。
【ノルバ・スタークス】それが男の名だ。
元勇者の現在無職の35歳。魔王を倒した褒美に王から街一つが容易く収まる程、巨大な土地とその中心に豪邸を与えられてそこに住んでいる。
外に出る必要はなく、メイドに申し付ければ全てが揃う。例えそれが何であっても。
悠々自適、順風満帆な誰もが夢見る生活。
なのだが現実は違う。
魔王を討ち滅ぼす程の力を持った人間が、自身に牙を向く事を恐れた王の策略。
土地から出る事は許されず、人との関わりは使用人のみ。
広大な土地の中でノルバは19歳の頃から16年もの間、過ごし続けている。
逃げればいい。そういった意見は最もだ。
だがノルバは囚われ続ける事を選んでいる。
それは何故か。平和を願っているから。
自分が外に出れば人々を恐怖させる。
それでは魔王と同じだ。世界を救った意味がない。
ノルバは勇者としての責務を果たす為、自身を犠牲にする事を選択した。
「ごちそうさま」
孤独な朝食を終えたノルバは自室へと戻る。
「はぁ……」
そして力なくベッドに倒れこむ。
今朝の悪夢がまだ心を覆っている。
あの時、魔王を倒したのが自分じゃなければ、こんな生活を送っていなかったのだろうか。
毎日並ぶ豪華な食事も、扱いきれない量の金銀財宝にも飽きた。
「昔は楽しかったなぁ……」
雫が線を描き、ベッドへと消えていく。
皆でバカ笑いして過ごした日々。
どれだけ辛く険しい道でも、仲間となら苦ではなかった。笑い飛ばして突き進めていた。
だが今はどうだ。孤独に16年。もう全てがどうでもいい。
よくやったのではないだろうか。そろそろ終わってもいいのではないだろうか。
そんなよからぬ決断が脳裏を過ったその時、部屋の扉がノックされる。
扉を開けると先程のメイドが立っている。
「あの、国の兵の方がノルバ様にご用だと」
「王国がオレに……?」
ここにオレを閉じ込めて一切干渉してこなかったそんな王国が今更何の用事だと言うのか。
疑心を抱きながらもノルバは玄関へと向かう。
そして巨大な玄関の扉を開けるとそこには二人の男の兵を引き連れた女の兵が威風堂々とした姿で待っていた。
全員が国章が施された鎧を身に纏っている。
王国兵である事は確定だ。
そしてその中で女の兵の兜にだけ赤い羽根がトサカの様に付いている。
二人の上司といったところか。
「何の用だ?」
「ノルバ・スタークスだな。国王陛下がお呼びだ。共に来てもらう」
ノルバの質問に女兵は感情のない声で事務的に返した。
こちらの意見など聞く気はないと言わんばかりの態度。
だがノルバも「はい分かりました」と言う男ではない。
「嫌だね。何でオレが行かないといけないんだ。用があるなら自分から来いとあのジジイに言っておけ」
そう言い扉を閉めようとすると、それを阻む様に女兵が扉を掴む。
「キサマに拒否権などない。それに封書を送り、事前に通達してあった筈だ」
「封書だぁ? 知らねぇよ、んなもん。オレに連絡寄越す奴もいねぇからゴミだと思って燃やしちまったんじゃねぇか?」
話は終了。ノルバは扉を閉めようと力を込めるが、女兵も負けじと扉を押す。
「オレは行かねぇ……ッ。だから帰れよ……ッ」
「そうはいくか……ッ。国王陛下の命だ……ッ。必ずキサマを連れていく……ッ。それとキサマは一つ勘違いをしている……ッ。エルデル王は逝去され、現在はリーヴェル様が国王に即位されている……うわぁっ!」
突然扉を閉じようとする力がなくなった。
力を込めて扉を押していた女兵は、そのままの勢いで屋敷内へと頭から突っ込んでしまう。
その衝撃で兜は外れて転がっていく。
「キ……キサマァ! いきなり力を抜くな!」
「え? あぁ悪い」
すぐさま顔を上げると女兵はノルバを怒鳴りつけた。
声色で分かっていた事だが随分と若い。
20代だと思われるが、童顔な造形は10代だと言われても分からないだろう。
それよりも目を引くのは兜の中にどうやって収めていたのか謎な腰まで伸びた艶やかな銀の髪だ。
鎧を着ていなければ誰からも愛される街娘という立ち位置にもなれるポテンシャルがある。
だが女兵の紅い眼光がそれを許す事はないのだろう。
修羅場を潜り抜けてきた目をしている。
それだけでなく研鑽をし続けている者の目だ。
「……何だ。私の顔に何か付いているのか?」
訝しげに女兵は立ち上がると鎧に付いたホコリを払いながら聞いた。
「いや別に。それよりもどういう事だ。あのジジイが死んだって」
「キサマ……先程から言葉を選べよ」
ノルバの無礼きわまりない発言に苦言を呈しつつ、女兵は兜を拾って被り直す。
そしてノルバの態度に不満を抱きつつも説明をする。
「1ヶ月前の事だ。エルデル前国王は急死なされた。持病の悪化だそうだ」
「ザマァねぇな」
「キサマ! いい加減にしろ!」
度重なる無礼な物言いに女兵はたまらず胸ぐらを掴む。
刺し殺す様な目がノルバを睨み付ける。
「何だよ。放せよ」
怯む事なく睨み返すノルバ。
互いに引かず一触即発の状況。そんな状況にそれまで静観していた男兵達が慌てて仲裁に入る。
「リッカ隊長、お止めください!」
「我々は争う為に来たのではありません!」
その言葉にハッとしたのかリッカは手を放す。
「感情的になってしまった事は詫びる。だがキサマの言動は許されざるものだ」
「へいへい」
ノルバは首元に上がった服を直しながら適当に返事をした。
その反省のない態度にも腸が煮えくり返る思いだったが、リッカは何とか堪えて話を進める。
「改めて、ノルバ・スタークス。我々と共に来てもらおうか」
振り出しに戻ってしまった。
ノルバは手で顔を隠しながら、天を仰ぎため息をついた。
ここで断ればまた同じ事の繰り返し。
どちらを選ぶか。ノルバは向き直り、答えを返す。
「分かった。行ってやるよ」
「ほぉ。心変わりしたか」
「あのボンボンがどれ程立派な王になったか見てみたくなってな」
「……今の発言は聞かなかった事にしてやるから早く準備をしてこい」
「へいへい」
ノルバは踵を返すと雑に手を振りながら、その場を後にした。
そして暫しの時が過ぎた……。
「遅い! 一体何をしているんだアイツは!」
腕を組み待っているリッカはイライラした様子で足で床を叩いていている。
部屋に突撃してやろうか。なんて事が脳裏をよぎった時、準備を終えたノルバが姿を現す。
「悪い悪い。遅くなっちまったか?」
「遅いに決まっているだろう! 1時間だぞ1時間! 人を待たせておいてのんびり準備するとは何事だ! それに……」
リッカは上から下まで視線を動かすと、更にヒートアップした様子でノルバに詰め寄る。
「何だその格好は! ボサボサの髪に伸びた髭、ダルダルの服! 常識というものを持ち合わせていないのか!? 1時間も何をしていたのだ!」
寝癖まみれの髪、放置された髭、使い古された伸びに伸びたヨレヨレのシャツに色褪せたブカブカのズボンにサンダルという散歩にでも行くかの様な姿。
長時間待たされた挙句出てきたのがこれではリッカがもの申したいのも納得でしかない。
怒るリッカ。しかしノルバは気にする様子なく横を抜けて、庭に停められている馬車へと向かう。
「おい待て!」
思わずリッカはノルバの肩を掴む。
「何だよ。いいだろ? これがオレの正装だ。長年世間と隔絶されていたんでな。これ以外の正装を知らん」
そんな訳あるかと怒鳴りたかった。
だがここでそんな事をしていれば余計に遅れてしまう。
国王の貴重な時間をこれ以上奪う事など許されない。
リッカは震える拳を何とか抑え深呼吸をする。
「もういい、それで行け」
「どうも」
ノルバは背を向けたままリッカに軽く手を挙げると馬車へと乗り込んでいく。
「何という男だ……。我々も行くぞ」
「「はっ!」」
ノルバの行動に呆れつつリッカ達も馬車へと乗り込んでいった。
手綱が揺れると軽快な足音と共に馬車は歩み始める。
いつ以来の馬車か。男兵に挟まれて座るノルバは馬車の縁で頬杖をつき外を眺めていた。
16年間出る事のなかった敷地を悠々と進んでいく馬車。
見慣れた景色。見飽きた光景。
そんな代わり映えのない景色の移ろいも目線が変われば新鮮に思える。
考えてもみなかった。外に出るだなんて。出られる日が来るだなんて。
あの日、王は言葉巧みにあれこれ言っていたが、企みには初めから気付いていた。
もう二度と外へ出る事はないと覚悟して受け入れたのに。
「あんまりじゃないか?」
「何か言ったか?」
つい言葉が漏れてしまったらしい。
ノルバの独り言にリッカが反応した。
「何も?」
「まぁいい。ところでキサマは何故エルデル前国王が逝去なされた事を知らなかったんだ。辺境の地であろうと使用人や紙面で知れる筈だ」
「つまりそういう事だよ」
「俗世には興味がないという事か」
別に興味がなかった訳ではない。
昔は毎日届く新聞を読んで世の中を理解していた。
だがそれは外の世界の話で牢獄にいる自分には関係ない。
知ったところで何の影響もない。それを実感させられる度に心が死んでいく気がした。
だから次第に楽しみだった新聞も読まなくなった。
新聞を持ってくるなと伝えた事もあった。
「あぁ、思い出した」
不意に電撃の様な衝撃がノルバの脳裏に走った。
「何がだ?」
「手紙だよ。送ったって言ってただろ。新聞と一緒に着火材代わりにしたわ。確かにチラッと新聞じゃないやつあった気がしたんだよ。あースッキリ」
話を聞いた時から気になっていた。喉につっかえた小骨が取れた様な感覚だ。
一人清々しい様子を見せるノルバだが、それとは対照的な様子の者が一人。
「キ……キサマァ! あの封書には国王直々に執筆された手紙が入っていたんだぞ! それを着火材だと!?」
正面に座るリッカは怒り立ち上がる。
「悪かったって。なんかずっと新聞は届いてたから混じっちまってたんだ。オレに連絡寄越す奴なんていないから、まさかあるなんて思わねぇじゃねぇか」
慌てて弁明するが時すでに遅し。
怒りのボルテージが上がっていくのが見て分かる。
言わなければ良かった。
王国兵になる程だ。リッカは国王を崇拝しているのだろう。
それに加えてそれまでのストレスもある。
そんな輩に手紙を燃やしたなんて言えば、結果は目に見えていた筈だ。
「落ち着け。落ち着けよ。な? ……やめろ! 来るな! 悪かった! 悪かったって! イヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
ゴンッと漫画で言うなればコマいっぱいにオノマトペが描かれるのではという程に盛大な拳骨がノルバの脳天に降り注いだ。
「おおぉぉ……うぐ……」とノルバもたまらず頭を押さえて悶え苦しんでいる。
ノルバは痛みの中、何とか視線をリッカに向ける。
「加減しろよテメェ……。オレは善良な市民だぞ……」
「善良な市民?」
その言葉を聞いてリッカは思わず笑い飛ばす。
「キサマの事を知らないとでも思っているのか?
魔王殺しの英雄。勇者ノルバ・スタークス。エルデル前国王のキサマへの仕打ちも全て我々は知っている」
「知ってる上でこの扱いかよ。礼儀のなってねぇガキだ」
「敬うべき相手は敬っているさ」
「だといいがな」
一触即発。なんて事にはならず、リッカは席に戻り、ノルバも視線を外に戻す。
そこからは特に会話もなく馬車は進んでいった。
それから1時間経ち、漸く馬車は敷地外へと繋がる正門へと到着する。
二人の門番により巨大な門が音を立てて開いていく。
遂にその時が来た。
足を踏み入れたきり越える事のなかった境界線を今越えていく。
「久し振りに出たな」
だがしかしノルバは至って冷静だった。
感慨深いものはない。一時の外出だ。また戻ってくる。
結局ノルバの心は殻に覆われたままだ。
真の救いはどこにもない。
それよりも、遠くなっていく我が家を見る事で己の置かれた状況が突きつけられている様に感じられ、より殻が分厚くなっている気さえしていた。
「そういや王都までどれくらいだ?」
ノルバはリッカに聞く。
「6時間程だな」
「ろっ……」
王都と離れている事は覚えていたがそこまで距離があったとは。
予想以上の時間にノルバは絶句する。
「ちなみにどこかで休憩とかって……」
恐る恐るノルバが聞いてみるとリッカはどこか誇らしげな様子で答える。
「王室御用達の強い馬だ。休憩など必要ない」
「いや……そうじゃなくてだな。6時間座りっぱかって事で」
「当たり前だ、諦めろ。この馬車だから6時間で着くんだ。それくらい我慢するだな」
休憩なしで6時間もこんな所にいるなんて正気じゃない。
ノルバは頭を抱え俯く。
「さ……」
「さ?」
そして心の底からの想いを外へと吐き出す。
「最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だがしかしノルバの絶望の叫び声は、悲しくも森の木々に反響するだけだった。