38.仮初の信頼【3視点】
◆メラルダ◇
「…………。」
「図星か………。」
確かに、それなら落ち着かない理由も分からなくは無い。
けど、この調子ではこの後のことにも支障をきたしかねない。
バチストは今、その人のことで頭がいっぱいだろうから。
「………………あなたは、ここに残って。」
「っ…………。」
「ここでの仕事は終わった。私は、戦場に行く。」
「なんだと………………っ!?」
聞いてないと言った表情で固まるバチスト。
まぁ、それも当然だよね。
だって、あなたには伝えてないもん。
「私は、オリビアさんとの約束がある。勿論、もう終わっちゃってるかもしれないけど。…………それでも、やれる事はやりたい。」
「だが、それは自殺行為だっ!」
「別に、真っ向から戦うわけじゃない。私なりに努力するだけ。」
本当は、バチストにも協力してもらおうと思ってた。
エレナさんにこの事を伝えた時も、そう言われたから。
でも、状況が変わったのなら、仕方ない。
「だがそれはっ」
「やめてッ!!!」
やっぱりか…………。
バチスト……あなた、私と誰かを重ねてるよね?
それが、誰なのかは知らないけど。
でも、今考えると、あの襲撃の時、私はあなたから、一切の殺意を感じなかった。
だからシャーリィーさんも、あなたに気づくことができなかったんだ。
そして、今もバチストは、私を守るためではなく、エレナさんとの取引や、自分の家族のために戦ってる。
まぁ、それが当然なんだけどね。
ただ私が、甘えてたってだけの話。
だから、もう終わりにしよう。
「………………大丈夫。エレナさんには、私から拒絶したって言っとくから。報酬は、問題ないよ。」
「そういう意味ではッ!!」
バチスト、あなたはずっと幻を見ていたんだ。
心のピースを埋める、代用品をね。
そうして、私は周囲に誰もいないことを確認してから、自分のピアスを外した。
「………………私は、貴方の庇護を受けたくない。」
「っ…………。」
「私は海賊。あなたの幻と一緒にしないで。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆バチスト◇
「振られちゃったのかい?」
「お前は…………?」
メラルダがいなくなってから、突然現れたこの若い男は、私をからかうようにそう言うと、余裕のある笑みを浮かべた。
しかし、不気味なことに、その表情とは裏腹に、その目はちっとも笑っていない。
少なくとも俺は、そう感じた。
「ただの騎士さ。」
「…………何の用だ。」
「案内してあげるよ、君の家族のもとへ。」
「なっ………………!」
唐突に出たその言葉に、思わず言葉を失う。
すると、男は不思議そうに首を傾げた。
「何をそんなに驚いているんだい?君は、そのために残ったんだろう?」
「……………………あぁ、そうだ。」
…………その通りだ。
そのために、俺はこれまでの人生を捧げてきたんだッ!!!
しかし、俺の返答を、この男は気に入らなかったらしい。
ついにその表情にも笑みが消え、まるで価値のないゴミでも見るかのように俺を見る男。
「そうか………………。いいよ、ついてきな。」
それから俺は、長時間馬車に揺られた。
具体的な時間は分からない。
ただ、騎士でありながら馬車に乗っている時点で、この男が只者ではないことは明らかだった。
「着いたよ。」
「ここは…………。」
そこは、大きな宿だった。
周囲には宿や、飲食店が立ち並び、少し離れた所からは、人々の喧騒も聞こえてくる。
そうして、何よりも目立つのが……。
「城…………。」
屋敷ではない、大きな城だ。
だいぶ離れてはいるが、それでもはっきりと見える程に大きなそれは、王城と考えて間違いないだろう。
つまり……。
「王都か……。」
「あぁ、そうだよ。この付近は封鎖中だけどね。」
宿の周りには、全体を囲うように一定間隔で騎士が配置されていた。
また、少し離れたところには、通路を塞ぐように騎士達が立ち並んでおり、その向こう側からは、多くの人々が顔を覗かせている。
「ここには、奴隷商に囚われていた人々がいる。勿論、君の家族もだ。」
「っ…………。」
気づけば、俺は駆け出していた。
「止まれッ!」
「離せッ!!」
騎士に道を塞がれるも、無理やり押し通る。
「貴様ッ!」
「いいよ、大丈夫。」
そうして、入口の豪奢な扉から中に入ると、そこには無数の人がいた。
その種族は様々で、俺と同じガルシアの者もいれば、他の国の者達も多くいた。
しかし、その中のほとんどの者達に共通しているのは、目に覇気がないこと。
解放されたにも関わらず、その顔に笑顔は戻らず、それどころが、今も尚、牢の中にいるかのように、うずくまっているものも少なくない。
「これは…………。」
「………………君は、何か勘違いをしているようだね。」
すると、先程置いていった男が、いつの間にか背後立ち、呆れながらそう言った。
「騎士団に保護されれば、彼らの未来は安泰。無事、元の生活に戻れる。………………そんなことを考えていたよね?」
「それは………………。」
………………あぁ、そうであると思っていた。
いや、それが当然だとすら考えていた。
だが、今目の前に広がる光景が、それはないと否定している。
「もちろん、全員がそうではない。元の居場所に戻れる者もいるだろう。だが、我が国はここにいる全員の面倒を、ずっと見続けることはできない。」
「っ………………!」
「もう分かったかい?彼らの大半は、帰る方法も、今後の生活の保障もないのさ。」
無論、中には例外もいるだろう。
どこかの貴族や、有名な商人の家族などであれば、本国や関係者が迎えに来たり、場合によってはこの国の貴族や騎士が送り届けることもあるかもしれない。
しかし、それは極少数の話。
恐らく、この宿にいる大半は、あと数週間でここを追い出されてしまう。
「勿論、生活する手段が完全に無いわけじゃない。というより、その為にあるのが冒険者だと言ってもいいだろう。だけど、冒険者というのは、命かける職。よっぽど腕に自信が無い限り、好んで選びはしないだろうね。」
「………………。」
「ついておいで。」
奪われたのは、時間だけじゃない。
彼らは、日々を生き抜く手段すら奪われたのか……。
「同情したかい?」
「………………いや。」
何故、こいつがわざわざこれを俺に話したのか。
その意味を、俺はなんとなく理解した。
男に案内されるまま、俺はただその後ろを歩いた。
その間、誰一人としてすれ違うことなく、喧騒が部屋から聞こえてくることも無く、ただただ静かな通路が続いていた。
「ここだよ。」
「……………………。」
目の前には、一つの扉。
その横には、二人の名前の書かれた紙が貼られていた。
――コリーヌ様
――ジュベル様
「っ……………………!」
「さぁ、行ってくるといい。」
「感謝する…………!」
そうして俺は、ゆっくりとその扉を開けた。
「………………あなた?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆リディア◇
「久々よのぅ、皇帝。」
その一言に、場は凍りついた。
それも当然のことで、皇帝にこのような無礼な態度をとるものなど、普通は親戚を除けば敵くらいだからだ。
「………………?…………返事もなしか?」
「…………っ。ぶ、無礼ものッ!!」
しかし、すぐにその状態から抜け出した近衛兵の一人がそう声を上げ、得物を構える。
「まぁ、落ち着け小僧。まずは儂の話を聞け。」
「ッ…………!どこまでもふざけた態度をッ!」
本来、獣人、鬼、龍、超越者には、喧嘩を売らないというのが常識。
その理由は単純で、そもそも力の差がありすぎるからだ。
しかし、この近衛兵の男は、残念な事に、怒りでそれを忘れてしまったらしい。
「おい、落ち着け!」
「皇帝陛下に変わり、私が制裁をッ!」
同じ近衛兵が止めようとするも、既に遅く、その男はリシェ殿に向けて駆け出した。
その片手には槍が握られており、それを無駄のない動きで、接近したリシェ殿に振るう。
それは威力、速度ともに近衛兵に相応しい一撃だった。
――しかし。
「はぁ………………。これもそなたの力量じゃな、皇帝よ。」
「なっ………………!」
その槍は、リシェ殿の指二本によって、容易に受け止められた。
「…………儂と喧嘩をしたいのか?そなた。」
「………………いや。」
そう言うと、陛下は先走った近衛兵に「下がれ。」と一言命じると、陛下自らが前へ出て、リシェ殿と対峙した。
「………………アトキンスか……。」
「ふん、やっと話をする気になったか…………じゃが、少々遅かったのぅ。」
「………………そのようだな。」
そう言って、二人は空を見上げた。
「な…………なに………………あれ………………。」
それは、誰の言葉だったか。
二人に釣られて空を見ると、そこには自然現象とは思えないほどに、大きな黒雲が渦を巻いていた。
「始まったのぅ…………。」
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