36.現実【2視点】
◆シャーリィー◇
「あれが、ガルシア軍……。」
認識阻害の結界越しに、野原を進軍する軍を観察する。
「やはり、展開しているわね。」
皇主様はこの作戦を練る際、自ら最前線に出ることを希望なされた。
その理由は、軍の進行を止めるため。
しかし、ガルシア軍は基本、索敵陣形をとることが多く、幅広い展開でいち早く敵を発見することを主としている。
また、これは索敵だけではなく、広く軍を展開することで、皇帝がどこにいるのかを予測しずらくする効果もあった。
だからこそ、こうして私達は茂みで息を潜め、皇帝を探しているのだ。
「それにしても……多いのぅ……。」
「はい。」
リシェ様の仰る通り、ここから見るだけでも、今ここにいるアトキンス騎士団の六倍はいる。
というのも、そもそも魔帝国の総人口は、実は人族のような寿命の短い種族の暮らす国を除けば多い方だ。
その理由は、精皇国などとは異なり、多種多様な種族で構成されていることにある。
その中でも代表的なのが、
――石化の魔眼を保有する種族、メデューサ
――魔剣を操る種族、黒騎士
――糸を操る種族、アラクネ
――魔法に長けた種族、ダークエルフ
――魔力の掌握に長けた種族、魔女
その他、魔帝国には多くの魔への耐性の強い種族が暮らしている。
そして、これらの種族をまとめあげ、国を創りあげた種族。
――それが、魔神の眷属、魔人。
そして、恐らく皇主様も、魔人なのだろう。
「はぁ…………。皇帝め、精皇国の若造相手にこれ程出すか……。」
「戦争ですからね。」
しかし、リシェ様の言うことも一理ある。
というのも、これほどの戦力を出したという事は、恐らく旦那様の手紙だけではなく、皇主様や陛下|の手紙も、結局皇帝に届くことはなかったのだろう。
つまり……。
「そうじゃな。しかし、これほど戦意に溢れた皇帝を、幾ら娘とはいえ、そう簡単に止められるかのぅ。」
「………………。」
リシェ様はそう言って皇主様を見るが、皇主様はそれを気にも止めない様子で、軍の観察を続けた。
「そういえば……リシェ様は、この戦いで本気を出されるのですか?」
「馬鹿め。サーシャのことは大事に思っておるが、今回儂らの件に関しては、ほとんどの者は無関係。本気どころか、どうやって殺さずに無力化するかを考えておるところじゃ。」
「リシェ様らしいですね。」
リシェ様はそう言っているが、実はこの戦争、双国に被害を出せば出すだけ、ベイリー王国の立場が危ういものとなる。
というのも、本来国同士の戦争に他国が介入するのは御法度。
これは盟約にはないが、暗黙の了解として、現在まで守られてきた。
勿論、この戦争にベイリー王国が全く無関係かと言われればそうではなく、言い方によっては納得を得られるかもしれない。
ただ、それでも今私達がやっていることが、それほどまでに危うい綱渡りであることは確か。
被害を抑えることに越したことはない。
その時、突如脳内に一つの念話が響いた。
「隊長ッ!」
「なんじゃ、見つけたかッ!?」
「はい!皇帝と思わしき者を確認したと、報告がッ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆???◇
「………………。」
「落ち着きなさい。」
震える妹の手を、勇気づけるように強く握る。
「大丈夫、大丈夫よ。」
「…………。」
あの日、マニフィカは主人であったリディアお嬢様を失った。
勿論、こうしてこの進軍に彼女が同行していることからも分かるように、この件は決して彼女の失態ではない。
あの日、マニフィカは体調不良で休暇を頂いており、その日は代わりのものがリディアお嬢様の護衛を務めていた。
ただ、それでも彼女は「あの日、私が不調にさえならなければ……。」と自身を恨み、涙してきた。
でも、それが今日ようやく終わる。
「リディアお嬢様は必ず生きておられるわ。だから、大丈夫よ。」
「………………はい。」
その時、ふと草むらから妙な気配を捉えた。
しかし、魔力探知に変化はなく、どちらかといえば第六感に近いものだけど……。
「陛下っ。」
「あぁ……。」
しかし、陛下と近衛兵らはそうではなかったようだ。
彼はその草むらに警戒を強めつつ、ゆっくりと武器を構えた。
そうして、近衛兵が戦闘態勢をとったのを確認すると、陛下は片手を上げ、進軍を止めた。
「そこにいる者、姿を見せよ。」
それは、一件ただの草むら。
しかし、次の瞬間。
何もなかったところに突如、人の物と思わしき足が出現した。
それは、ゆっくりと。
まるで見えない何かを潜るように姿見せ始める。
「っ………………!。」
「え?」
その瞬間、隣にいたマニフィカが突如、その何者かに向けて走り出した。
その速度は早く、気づいた時には手の届かぬ距離にいた。
慌てて止めようと後を追おうとした時、何者かの腕がそれを遮った。
「ちょ…………。」
「待て。」
それは、陛下だった。
「何を…っ!」
「よく見ろ。」
「見ろって…………。」
見ろって…………何を?
しかし、その答えは直ぐにわかった。
マニフィカに向けていた視線を、その奥にいる者にあてる。
先程は、足しか見えていなかった。
しかし、その者…………いや、その方姿を、今は完全に目で捉えることができる。
「まさか…………。」
まさか、こんなにも早く……。
「………………お嬢様ぁぁあ!!」
マニフィカが声を上げて、そのお方に抱き着いた。
そのお方は、この戦争のきっかけにして、マニフィカの主。
リディアお嬢様そのひとだった。
リディアお嬢様は、泣きつくマニフィカをそっと抱きしめた。
「ごめんね、マニフィカ。迷惑をかけたわ。」
「いえ…………私こそ…………私がぁ…………。」
その止まらぬ涙が、リディアお嬢様がいなくなってからの長い時間を、彼女がどのように過ごしたかを物語っていた。
一瞬騒然としていた方々も、その光景を見て徐々に口を閉じていった。
本来、親であり、皇帝でもある陛下を前にこのような事をするのは不敬にあたるのかもしれない。
しかし、陛下だけではなく、近衛兵を含めた全ての者が、黙ってその光景を見届けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そろそろ良いか?」
「はっ……!」
陛下の声を受け、慌てマニフィカの元へ走る。
その時、抱きとめられていたマニフィカの力が突如緩んだ。
「マニフィカっ!」
しかし、すぐに彼女をリディアお嬢様が支えて下さった。
「大丈夫、気を失っているだけよ。」
リディアお嬢様はそう言うと、「頼めるかしら?」と小さな身体で支えていたマニフィカを、こちらに差し出してきた。
「はい、ありがとうございます…………!」
そう言って、私はマニフィカを預かると、ゆっくりと彼女を抱き上げ、陛下の元まで下がった。
「申し訳ございませんでした、陛下。」
「よい。」
しかし、陛下は端的にそう言うと、リディアお嬢様に視線を向ける。
先に口を開いたのは、リディアお嬢様だった。
「ご迷惑をおかけしました、陛下。」
「………………怪我はないか?」
「はい。」
マニフィカがそうであったように、陛下もリディアお嬢様のことを心配していたことだろう。
しかし、陛下は一定の距離を置いたまま、それ以上近づこうとはしなかった。
「ところで、その後ろの者達は何だ?」
「………………なんの事でしょう?」
その問いに、リディア様は一瞬目を泳がしたものの、直ぐに何事もなかったかのようにそう問い返えした。
「それよりも、陛下。早速で申し訳ございませんが、一つ、お願いがございます。」
「…………なんだ?」
「この戦争、どうかお考え直しください。」
その言葉に、再び場は騒然となった。
それも当然のことで、そもそもこの戦争の目的はリディアお嬢様の奪還にあった。
しかし、そのリディア様本人が今目の前に現れ、戦争を辞めよと懇願している。
これに混乱するなという方が、おかしな話だ。
「…………我は精皇国に文を送った。しかし、その返答は今尚得られていない。」
「それは、暗殺者ギルドの仕業ですッ!」
間髪入れずに出た暗殺者ギルドという名に、場の雰囲気が更に騒然となった。
暗殺者ギルドは、確かに魔帝国でも知らない者はいない程に有名な集団だ。
しかし、それが存在していたのは私が子供の頃の話。
既に勇者様によって壊滅したと伝わっているけど……。
「…………仮にこの戦争が第三者によって仕向けられたものであったとしよう。だが、それでも精皇国が軍を動かしているのは事実だ。お前はこれを、どう説明するつもりだ?」
「そ、それは…………。」
狼狽するリディアお嬢様。
しかし、それを助けるものは、この場には誰もいなかった。
というもの、確かに今回の戦争のきっかけはリディアお嬢様の誘拐だ。
しかし、何も兵士達全員がマニフィカのようにリディアお嬢様をお慕いしているわけではない。
その動機は様々であり、何も彼女だけが原因でここまで戦意が上がっているわけではないのだ。
魔帝国の住民は、そのほとんどが長寿であり、中にはあの大戦時代を経験したものも少なくない。
中にはその戦争で、エルフによって家族を殺され、恨みを持っている者も少なくないだろう。
そんな彼らに今更下がれと言うには、それ相応の理由が必要だ。
「はぁ…………。やはり、小娘では無理か。」
「何者だッ!!」
その時、突如聞こえた声に、近衛兵が陛下の前へ出て声を上げる。
その声の主は、いつの間にか姿を現していた一人の獣人の少女だった。
見た目で言えば、リディア様より少し年上。
しかし、その雰囲気が、彼女が只者ではないことを示していた。
「久々よのぅ、皇帝。」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回の投稿は2025年3月21日を予定しております。
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