07.嘘
「……どういう意味ですか?」
ロラさんが、怪しげに私にそう聞いてきた。
「例えば、ロラさん。私は元々海賊です。」
「存じております。」
「ですが、私は騎士を殺したことがないんです。」
「え?」
そう、ようは思い込み。
海賊は、騎士を殺すもの。
先程ある程度の力を見せた私なら、余計何人かは殺してきたと、そう考えるのが普通。
それと同じだ。
この薬も、身体の魔力量を減らす薬だと言われれば、誰もが安全な薬と解釈してしまう。
それが医者のいうことなら、なおのこと。
「要は言い方の問題です。この薬には、魔力の放出量を上げる効果と、魔力保有量を増やす効果があります。」
「それって……。」
「はい。サーシャさんが飲んでいたのは、魔力を減らす薬ではなく、魔力保有量を増やす薬です。」
そう、全てが逆だったのだ。
魔力の放出量を上げるのは、あくまでこの薬の副作用。
この薬の本当の効果は、魔力保有量を増やすことだ。
これだけ聞くと、一見いい薬のように聞こえるかもしれない。
だが、そもそも生き物はすべて、魔力保有量の上限が決まっている。
それは身体に依存するものであり、その魔力保有量が身体の限界を超えてしまったからこそ、サーシャちゃんはこのように苦しんでいるのだ。
そんなサーシャちゃんにこの薬を与えたらどうなるのか?
そんなの、誰だって分かる。
「そして、エレナさん。」
「…………なんだ。」
「実はこの薬をサーシャちゃんに飲ませるにあたって、一番の問題はあなたなんです。」
「それは、私に嘘が効かないからか?」
そう。
エレナさんには、精霊の力で嘘が通じない。
だから、このように、敢えて副作用のある薬を選ぶしかなかったのだ。
「そうです。だから、その医者は敢えてこの薬を選びました。」
「だろうな。」
「では、そんなエレナさんの力を知る者は、どれくらいいますか?」
「ッ――――!?」
そもそも、精霊使い自体、この世界でも数人しかいない。
だからこそ、精霊使いは稀少な存在であり、その能力も契約した精霊によって異なることから、大まかな内容しか知られていない。
「そして、この薬ですが、恐らくフレカメ草が使われています。」
「フレカメ草?」
「はい。リベラ精皇国で採れる薬草です。そして、この国には、聖属性を後天的に発現されることのできる秘薬があったはずです。」
「ぇ…………。」
その一言に、オリビアさんは呆然とそう漏らした。
それも仕方のないことだと思う。
だって今私が言っているのは、精皇国がこれに関与しているって言っているようなものなのだから。
「…………エレナ?」
「…………あぁ、彼女の言う通りだろう。サーシャが後天的に聖属性を獲得したのは、エルフの秘薬、精霊の雫のせいだ。」
エレナさんは俯き、申し訳なさそうにそう言った。
「精霊の雫?」
「リベラ精皇国の一部の貴族のみが保有する秘薬のことだ。服用することで、聖属性を得られる。」
「待って、お医者様は人族よ?」
「それくらい、人族の医者を買収すればいいだけの話だ。」
「…………………………………………そんな薬が、この世にあるの?」
「………………あぁ。ハイエルフが万が一聖属性持たずに生まれた場合に、後天的に聖属性を発現できるようにするための秘薬だ。」
「はい……エルフ。」
精皇国の守護者たるハイエルフは、基本その絶大な魔力に加え、精霊と契約することで、精皇国の守護者足り得る力を得ている。
しかし、持って生まれる属性は、必ずしも遺伝するとは限らない。
いくら親が聖属性持ちでも、子供がそうでない場合もある。
そして、精霊と契約できるのは、聖属性を持つ者のみ。
だから精霊は、ハイエルフが生まれた時に、必ず一つ、精霊の雫を送るらしい。
そして、ハイエルフが聖属性を持って生まれた場合、その雫を才能のあるエルフに譲る。
そういう伝統が、ハイエルフにはある。
昔、そうエロフが教えてくれた。
「…………なる…………ほど。それを服用させられたから、…………サーシャは…………聖属性が発現し、魔物と契約ができなくなったのね。」
「…………はい。」
「ぁ…………。」
「奥様ッ!!」
あまりのショックに崩れ落ちるオリビアさんのもとへ、シャーリィーさんが慌てて駆け寄る。
「ちなみに、サーシャさんの専属メイドがロラさんになったのも、その医者の指示ですか?」
「…………あぁ、そうだ。」
「…………基本、この薬を飲んだ後、保有量の増えるタイミングは人それぞれです。……………………ただ、一度だけ、必ず変化が現れるタイミングがあります。」
「…………薬を飲ませた時……か。」
「はい。」
あの薬は、一時的に魔力の放出量を上げ、魔力を減らした後、魔力保有量を増やす薬。
その効果が現れるタイミングは人それぞれだけど、薬を飲ませた時だけは、少しとはいえ、必ず魔力になにかしらの異変が起きる。
例えば、魔力暴走が一時的に悪化したりとか。
しかし、人族は他の種族とは違い、魔力適正自体が低い。
だから、薬を飲ませた後に例え魔力量に変化があったとしても、それに気づく可能性は低いのだ。
そしてサーシャちゃん自身も、恐らく元から魔力暴走が酷すぎて、その違いには気づかなかったのだろう。
症状の薄かった時なら気づいたかもしれないけど、それこそ薬の量を調整すればいいだけの話だ。
誤魔化す方法なんて、いくらでもある。
「………ロラ以外は全員、サーシャの部屋の出入りを禁じられていた。折角の治療を台無しにされたくないからとな。」
あの時オリビアさんがフォルジュさんに憤った理由は、毎回サーシャちゃんに会おうとしても、フォルジュさんが今回のように言って、会うのをやめさせていたからか。
「…………恐らく、治療にあたって条件でも出されたのでしょう。守らなければ、治療を中断するというような内容のものを。」
「えぇ。」
実際、魔力過多症は周囲の魔力により悪化することもある。
だから、できるだけ魔力の多いものを近くに入れたくない。
そんなことを、医者はオリビアさん達に言ったんだと思う。
ただ、私の知る限り、少なくともこの場にいるほぼ全員、魔力を体外に出さないように制御できる。
だって今魔力を出しているのって、未熟な私と、ロラさんだけだし。
そのロラさんでさえ、私以上に魔力を抑え、ほんの僅かしか魔力を感じない。
それでもオリビアさん達が医者の条件を吞んだのは、それしか方法がなかったからだと思う。
そもそも、聖属性を持つ魔力過多症の人族の治療なんて、私も聞いたことがない。
多分、世界的に見ても、珍しい症状だと思う。
そんな治し方も分からない病気。
しかも、貴族の子供の治療なんて、一体誰がしたがるだろうか?
「…………ただ、医者でさえ止められない人が、この屋敷には一人だけいますよね?」
そもそも、先も言ったように、この計画はエレナさんをどれだけ上手く騙せるかが重要なものだ。
ただ、いくらエレナさんでも、自分の力をそう簡単に話すとは思えない。
それが例え、同じエルフであったとしてもだ。
それに、医者の計画はあまりにも杜撰すぎる。
何故なら、万が一誰かが条件を破った場合、医者は治療をやめなければならないからだ。
一度許してしまえば、同じことがまた起こる可能性もある。
そしてそうなった時、医者はまたそれを許すしかない。
そうなれば、流石のエレナさんも怪しむだろう。
それに、サーシャちゃんの症状は日々悪化しているはず。
医者は薬のおかげでこの程度で済んでいるとか言ってるんだろうけど、薬の服用をやめれば、それが嘘であることもバレてしまう。
つまり、この状況を作るには、エレナさんの秘密を知っていて、尚且つ、この屋敷でも影響力のある者の補助がなければならない。
「おい…………説明してもらおうか、マイルズ。」
「…………やはり、気づいていたか。」
エレナさんがドスの効いた声でそう言うと、ゆっくりと扉が開き、廊下にいたマイルズさんがそう淡々と言った。
そして、背後には、フォルジュさんを含めた多くの使用人が並んでいた。
「お前だけは、最初の薬の服用時に、サーシャの側にいたはずだな?」
「…………そうだな。」
「………………知っていたのか。」
それは、確認ではなく、断言だった。
確かに、私の場合はサーシャちゃんに触れなければ気づけなかったけど、エレナさんとマイルズさんなら、離れていても気づけたかもしれない。
「あぁ。」
マイルズさんは、みなの前でそれを認めた。
しかし、その顔色に、後悔や反省の色はない。
「まさかとは思いますが、これがサーシャちゃんのためとか、思ってませんよね?」
でも、サーシャちゃんを殺したいだけなら、方法は他にもいくらでもあったはずだ。
それは、精皇国を巻き込みたかったのだとしても、同じこと。
でも、マイルズさんはあくまで医者の計画の補助に徹した。
何故?
――もし仮に、医者がマイルズさんを騙せていると思っているとしたら?
マイルズさんが医者の補助をしているのではなく、利用しているのだとしたら?
「………………サーシャさんの魔力は、生まれつき通常の魔物との契約ごときで補えるもではなかった。」
「メラルダ様?」
「だから、あえて騙されたふりをして、…………………………上位精霊と契約させようとした?」
でも、もし本当にそれがあってたとしたら……。
「…………なんて、浅はかな考えなんでしょうね。」
「っ――――!!お前にッ!お前ごときに何が分かるッ!!!誰にも言えず、ただそのためだけに娘を苦しめるしかなかったマイルズ様の気持ちがッ!!!」
「お兄様ッ!!」
フォルジュさんが怒声を上げ、私の胸元を掴み上げた。
つまり、図星だったのだ。
「フォルジュさん……もし、例えその通りにいったとして、その先に何があるか、考えたことがありますか?」
「な、なにをッ!」
「戦争ですよ。」
「っ――――――。」
「莫大な力を得た種族は戦争を始める。そんなの、世界の常識です。特にエルフの暗躍なんて、どうせダークエルフの殲滅。エルフの貴族は特にその思想が強い者がいると、昔の仲間が言ってました。」
「それは…………。」
フォルジュさんの手の力が弱まると、シャーリィーさんがその手から無理やり私を引きはがした。
そうして、私をゆっくりと車椅子に戻してくれる。
私はシャーリィーさんにお礼を言うと、フォルジュさんを正面から見た。
その瞳に自身を映し、間違いを気付かせるように、はっきりと。
「例え思惑通りにいったとしても、その先はサーシャさんを利用したガルシア魔帝国との戦争。そして恐らく、もうすぐエルフがサーシャさんを助ける条件として、一時的な引き渡しを要求してきます。つまり、その先に未来はありません。サーシャちゃんを戦争の道具にし、使い終わったら殺すでしょうね。」
そうして、平然とした様子でこちらを見ているマイルズさんを見る。
ほんと、どうしてそんなに平然としてられるんだか……。
どうせ、マイルズさんは一時的にサーシャさんがを引き渡したあと、サーシャさんがその身に合う精霊と契約をしたタイミングで、奪還しようとか考えてたんだろうけどさ。
「マイルズさんがどうやって精皇国に情報を流したのかは知りませんが、………………精皇国を舐めすぎです。」
そんな見え見えの計画では、医者は騙せても、エルフは騙せない。
そもそも、私程度を騙せない時点で、エルフを騙せるはずがないのだ。
何かあった時の対策だって、きっともう終わってる。
多分サーシャちゃんを引き渡した時には、アトキンス家で解決する問題ではなくなっているだろう。
「…………ただまぁ、ここからはみなさんの自由です。勝手にしてください。」
「…………メラルダ様。」
「……ごめんなさい。申し訳ないけど私と一緒に来てくれる?彼らも、あなたが私を監視しているなら安心でしょうから。」
「……かしこまりました。」
そうして私は部屋を出た。
出る時も、その後も、私を止める者は、誰もいなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回の投稿は2025年1月6日を予定しております。
また、誤字報告も合わせてお願いいたします。




